逢魔が時



迷った。

近くにいた虎若と顔を合わせてため息をつく。


「ここどこだと思う?」


「裏々山だと思うけど…そういえば、竹谷先輩がここには入っちゃいけない。って言っていたような」


学園から歩いてきた距離を思うと、裏々山のはず。

と、頬をかくと、虎若はため息をついた。そりゃそうだ。竹谷先輩に怒られるのは滅多にないから嫌だもの。


「ごめん。僕は方向音痴だから当てにならないと思う」


「だよなぁ。えっとー三治郎耆著持ってる?」


「そういう虎若こそ、持ってないの?」


「……今日は手裏剣を持ってる」


懐から手裏剣を出して見せてくる虎若に、あははと空笑いを送った。


「残念。僕は苦内を持ってる」


「ということは、」


「残念ながら耆著は持ち歩いていないという事だね」


がっくりと肩を落として、空を見上げる。方角を知れれば、虎若が道案内してくれるだろう。

けれど、今日は曇り空で、その上木が生い茂っていて空は若干見える程度だ。

これだと太陽で方角を知るというのはちょっと難しい。


「とりあえず、歩いてみる?立ち止まっていても良いけど」


「ここで立ち止まっていてもどうしようもないもんなぁ…どっちの方向に進む?」


「わからないけど…あっち?」


「じゃあこっちに行こう」


僕が指差した方向の逆へ向かう虎若をあわてて追いかける。

いくら僕が方向音痴だからって…いや、いいんだけどさぁ。

二人で方向も何もわからないまま進む。どちらに行けばいいのかなんてわからないし、わかっていたとしたらそっちにすでに進んでいる。

どのくらいの時間歩いたのだろうか。日が陰ってきた。足元がどんどんうす暗くなっていく。


「…こういうの、苦手だなぁ」


「ん?三治郎何か言った?」


「なんでもない」


「そう?」


ぼそりと出てしまって不安が虎若に聞こえなかったことに少しほっとする。

不安は人に聞かせない方がいいの。知ってる。

今は逢魔が時だ。会わない方がよい者同士が出会う時間。会ってしまって、どうなるかどうかわからない。

虎若を安心させるように、笑みを作ったけれど、心の中は不安でいっぱいだ。

ぎゅぅっと服を握りしめると、目の前に人が現れた。

…こんな森の中で?


「あ、すみませーん!」


「え、虎若!待って!」


人に出会えた。というのを知った瞬間、虎若が駆け出した。

ちょっと待って!なんで、裏々山に人がいるの?


「へぇ?私を呼んだ?」


「そうです!あの、すみませんが忍…あ、えーと」


「忍術学園の事かぁ?」


「え、はい!って、なんで知ってるんですか?」


「虎若、待てってば」


ぽかんとした表情を浮かべて、目の前にいる人に警戒心を持たない虎若を引っ張る。

一歩引いた虎若に少しほっとして、目の前の人を見上げた。

僕よりちょっと年上の人、恰好は忍術学園の制服そっくり。っていうか、制服?

色は青、いや、濃紺かも知れない。暗くて色がよくわからない。


「…二年生ですか?」


「……まぁ、そうだなぁ。私の事、見たことないだろぉ?」


「はい」


僕が警戒しているのだと、はっきりわかっている相手に何とも言えない気分。

笑顔固定のはずなのに、なんて思うけれど、二年生という事を聞いて少し緊張が取れた。

逆に虎若は警戒し始めたけど、しょうがない。だって三郎次とかは油断させてから攻撃してくるんだもの。


「二年生か!」


「後輩だからって意地悪しないからぁ…警戒するなよぉ。どうせ迷子だろぉ?案内するから付いておいでぇ」


間延びした喋り方で、進みだした先輩にあわてて付いていく。ここで逸れたら真っ暗闇で大変危険だ。水の場所もわかっちゃいないのに野営はきつい。


「お前らさぁ、生物委員だろぉ?こっち来ちゃ駄目って竹谷に言われなかったのぉ?」


「言われましたけど…って、竹谷先輩を呼び捨てにしないで下さい!」


「そうだそうだ!二年生だろ!竹谷先輩は五年生なんだから!」


「…あーすまんなぁ、つい癖でぇ」


「あと、僕達はお前らじゃないです。僕は夢前三治郎と言います」


「僕は佐武虎若!」


「そうかそうか、夢前に佐武なぁ」


興味がなさそうな声を出して前を進む先輩に名前を聞くと、気まずそうな声を出した。

真っ暗な状態で、無言で歩くというのはあまりしたくない。そう虎若も思ったのだろう、執拗に聞く僕等に先輩は諦めたような声を出した。


「私の名前聞いても特に何もいいことないと思うけどなぁ…唐木田綾瀬だよぉ」


「「唐木田綾瀬?」」


「はいよぉ。先輩くらいつけようよ後輩だろぉ」


「さっき竹谷先輩につけてなかったくせに」


「確かにそうだぁ…学園見えてきたぞぉ」


「え?どこ?」


「見えないじゃないですか」


「見えるよぉ、夢前と佐武には見えないかもなぁ。私が先頭だから見えるんだろうなぁ」


ぼんやりとした言葉で前を進む先輩に、「えー」と反論しつつ、がさりと草をかきわけた。

…学園だ。

音も出さずに前を進む唐木田先輩に今更ながら気づいて、ちょっと首を傾げつつ何も言わないでおく。言わない方がいいことだってたくさんあるんだ。


「今度から裏々山の方はあんまり行かない方がいいぞぉ」


「なんで?」


「佐武は私に対する敬語はないんだなぁ」


「なんでですか?」


「夢前は偉いなぁ。気にしてないから良いのだけれどぉ…この時間はよくないぞぉ」


逢魔が時だからなぁ。もう暗いから違うけどもぉ。

さみしそうに呟いた唐木田先輩の顔は、暗くてまったく見えなかった。


「…あれ、唐木田怪我してる?」


「えぇ?あぁ、そうかもねぇ」


「腕から血がだらだら出てるじゃないか!医務室に行かないと駄目だ!行こう!」


「え、えぇ!?私学園内に入る予定はないんだけっどぉ」


虎若があわてて唐木田先輩の腕を掴んで、学園の門へと真っすぐに向かう。

焦ったような声を出している唐木田先輩に、なんとも言えない気分になりながら後ろを追いかけた。

最初っからどこもかしこも血なまぐさかったのに、なんで虎若は気づかなかったんだろう?



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