6 のぞみはかなった。幸せのはずだ。



「綾瀬?だよね」


「あらら、雷蔵?そうだよ、おれだよ」


出会って直ぐに聞かれる言葉に、頷いて答える。

おれが顔を貼りつけてから、ずぅっとこうだ。元の顔に戻っても気付かないくせにね。

なんて言わないで、村の若者の顔をひっぺはがすと雷蔵は安心したように笑った。

ぺたぺたと俺の顔をさわって、三郎ではないかと確認してくる。


「あらあら、そこまでやります?」


「このあいだ、三郎と僕が喧嘩していたとき…会ったのは綾瀬だったんだよね」


「あらら、そうだったかな」


「全く気がつかなかった」


「おれの演技は素晴らしいのよ」


「そうかも知れないけど、気付けないのは悔しいじゃないか」


むっと眉間にシワをよせて、あらあら。昔から気付けていなかったのにね。今さらですよ雷蔵さん。

けれどそんな事は言えやしませんので、曖昧に笑いましょう。


「僕は、綾瀬の弟だ」


「そうだね、雷蔵はおれの弟だよ」


「けれど、兄でもあるよね」


「あらら、兄はおれだけだよ。生まれた順番はかわりやしない」


「…そうだけど、兄でもあるんだよ綾瀬。何か僕に隠しているよね」


真剣な眼差しをおれに向けて、真っ直ぐに見て。あらら、クマが出来ているね。ずぅっと悩んでいたのかしら。

何を言って欲しいんだい。おれは隠している訳ではないよ、言わないだけ。

けれど、これを言ってしまうと終わってしまうね。だから質問しようじゃない。


「雷蔵、雷蔵はこの学園を出たらどうしたい?」


「今はそれを聞いてるんじゃない」


「どうしたいの?」


真剣な眼差しを返しましょう。これはおれの問題にもなるの。

だから、どうする?

口をあけたりしめたりして、迷っている様子だけれどこれは直ぐに答えが出るでしょう。だって頭を抱えていないもの。


「僕は、就職しようと思っているよ」


「一人でかい?」


「…三郎と双忍でだ」


「それは約束したこと?」


雷蔵を見て、これは譲れないのだな。と確信した。

おれの入る隙間はない。そんなのは結構前から気付いていた事だから別にいいのだけれどね。


「雷蔵はそれがいいのね。もしかして、おれが居るのに双忍なんて。とか思ってたりした?」


「少しだけ。だって僕達双子じゃないか。顔も声だって同じだし」


「でも、おれは雷蔵と双忍はできないなぁ。おれもやりたい事があるからねぇ」


「やりたい事?」


「そうさぁ、やりたい事」


真剣な眼差しの弟を見て、邪魔をするなんて出来ないよね。

そういうものよ。兄心って奴かしら。


「綾瀬は、答えないつもりなの?何を隠しているっていうんだ」


「隠しちゃいないさ。そうねぇ、雷蔵…学園は楽しい?」


「楽しいけど…?」


「ならいいじゃないの。進路なんて来年になったらわかるじゃない。おれ達、兄弟だものね」


遠くから雷蔵を呼ぶ声が聞こえる。その声を聞いて、俺は村の若者の顔を貼りつけた。

同じ顔が三つもあったら気持ちが悪いでしょう?叫ばれたらたまったものじゃない。


「じゃあまたね」


「え、待ッ!」


近くに寄ってくる気配に気を取られた雷蔵に声をかけて、部屋へと走る。おれには付いてこないだろう。

だってあの声は鉢屋と、竹谷だ。ろ組で実習でもあるに違いない。だって、おれ達い組も一昨日まで実習だったものね。

追いかけてくる暇もないだろう。準備して直ぐに行かないと減点されちゃうもの。

自室に入って、押入れをあさる。

必要なものを取り出して、内容を確認して、座りこんだ。


「さみしいなぁ」


一人っきりの部屋は、途中までは二人部屋だった。一人は途中で退学していってしまったからだ。

二人だった時はさみしくなかった。おれの気持ちを組んでくれる、やさしい奴だった。

学園長の庵に行かなくては、そう思うのに立ち上がる気が起きない。

さみしいもの。しょうがないさ。

やる気なんて全く出ない。けれど、やらなければならないので部屋から出た。

長屋をとぼとぼ歩いていると、おれとは逆で元気に走っている奴がいる。

毎日見て、世話をしていたけど、今日はなぁ。でも、世話をしてやらないと俺の委員会の後輩が可哀想だ。

大事なものを懐にしまい込んで、一気に走った。


「みぎゃっ!!」


「あらあら、神崎。どこに行くんだい?」


「綾瀬先輩!痛いです!」


「あらら、つい触りたくなってしまったのさぁ。神崎の髪はさらさらでいいねぇ」


ぎゅっと髪の毛を掴むと止まるというのは知っているので、いつも通り掴むと不服そうな表情をして神崎はおれを見上げた。

身長差がしっかりある。二つ違うだけでこれだけ違うというのはやはり面白い。


「…?綾瀬先輩、どうかしたのですか?」


「あらら、何がかな?」


「なんでもないならいいんです」


首をかしげておれの顔をじぃーっと見る神崎に、にこりと笑う。

良い子良い子

迷子になりやすいから、馬鹿にされているけれど、観察眼はいいのよね。

ただ方向感覚がないだけなのよ。


「今日はどこに向かおうとしていたのかな」


「あ!作兵衛探してるんです」


「…何かしたの?」


「…潮江先輩が机を壊して、食満先輩と喧嘩してます」


「あらら、そりゃ大惨事だなぁ…どれ、おれが直してあげよう。なんたって用具委員だからね」


「?綾瀬先輩って小道具ばかり直してませんでしたか?」


「あらあら、大きいのもできるよ。食満先輩が富松に大物を直すのを指導しているからね、おれが小物を一年達に教えているの」


大きい物も直せないと、五年の用具委員は務まらないよ。

神崎から場所を聞き出して、そこへと向かう。

だって神崎を連れて行くと面倒なんだもの。迷子になりやすいのを連れてそこには行くまいて。


「まぁ、お願い事を聞いてくれてからよしとしましょう」


思っていた以上の大惨事になっている食満先輩と潮江先輩の喧嘩を見て、にこりと笑った。

よこに置いてある机をとりあえず修理いたしましょう。

そのあと、学園長に会いに行けばいいよね。学生だもの、学業の一環の委員会活動は大事よね。


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