久々知兵理(くくち へいり)
その豆腐を見た瞬間、ぱちんと何かが弾けた。
前世の記憶は、小学校でみんなと再会した時に思い出していた。
けれど、なにかが足りなくて、ずっとモヤモヤしていたんだ。
「あの、この豆腐を作ったのは誰ですか!?」
「んん?ああ、久々知の嬢ちゃんか。この豆腐はうちのせがれが作ったんだよ。呼んでくるかい?」
「はい!」
ずっと通っているお豆腐屋さんに、今まで見たことない。けど、昔見た豆腐があった。
もしかして、と期待してしまうのはしかたないだろう。
「えーと?親父に呼ばれたんだけど、何か用事でも?」
戸惑いながら俺の前に現れたのは、昔どうやっても、好物以外を思い出せなくなってしまった先輩で、表情は違うけどカチリと顔も、声も当てはまった。
忘れてしまった記憶が溢れてくる。
「この豆腐を作ったのはあなたですか!彼女はいますか!名前はなんですか!」
「え、え?えっと、豆腐を作ったのは俺で、彼女はいなくて、名前は綾瀬で…?」
「俺と結婚を前提に付き合ってください!」
「どこでフラグ立った!?」
「あなたの豆腐に惚れました!」
「こんな告白はじめて聞いたよ!!」
俺の急な告白に慌てている春木さんは、先輩とはしゃべり方も性格も全く違う。けどふとした仕草は一緒で、見つめるたびに同じだと感じる。
「あのね、久々知ちゃん?」
「はい、なんですか。」
「俺社会人。キミ学生!ノットロリコンなの俺。」
「豆腐は好きですか?」
「なにこの子話聞いてない」
「好きですか?」
「いや、好きじゃないと豆腐屋つがないけど、豆腐毎日食わないと体調悪くなるレベルで好きだけど!」
「俺と一緒ですね。俺も豆腐が好きなんです。豆腐を前提に結婚してください。」
「親父!この子電波!!話すたびに訳わからん!とりま友達からはじめようよ!」
「友人 豆腐 恋人 伴侶ですね、理解しました」
「ねぇ、俺どうするべきなの!?」
「俺と恋人になればいいと思います。」
にこりと笑みを浮かべると、綾瀬さんは頬を染めた。
「…ハッ!正統派美少女にやられるとこだった…!!」
「とりあえず今日は豆腐を買って帰る事にします。お豆腐二丁下さい」
「あ、はい。まいどあり…」
「また明日豆腐を買いにきます。」
「あ、はぁ…」
豆腐を好きなのは変わっていなかった。
その事に満足して豆腐を片手に帰り道を歩く。
ぜんぜん違う人になってしまった先輩に、悲しくなどはならなかった。
先輩も俺も豆腐が好き。
そして俺はまた一目惚れをした。前と一緒。
初恋はかなわなかったけど、今度の初恋は二回目だ。
それなら恋は叶うはずと笑った。
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