鉢屋三津子(はちや みつこ)
ぎゅっとスカートに何かが引っかかって、なんだろうと足を止めた。
足元には子供。年は八つほどだろうか。
「どうしたんだい?迷子?」
ぼやぁっと記憶の中から似たような顔が思い浮かぶ。知り合いの弟?見覚えのある顔に若干戸惑いつつ、口を中々開かない子供に首をかしげる。
「さぶろう。もうだいじょうぶかい?さみしくないかい?」
「え?」
「うひひ、だいじょうぶそーだなぁ。よかったよぉ」
拙い喋り方をして、私のスカートを放して走り去る子供にハッとする。
もしかして、もしかするとあいつなのか。いや、あいつに違いない。私が寂しいと感じた時、真っ先にきてくれるのは、雷蔵でもなくあいつだった。
慌てて追いかけて、子供の服を掴む。振りかえった子供の表情はにやけていた。
「お前がいなくて寂しくない訳がないだろう!」
「おやぁ。うれしいことをいうねぇ」
「追いかけてくるのをわかっていたくせに、私の事を捨てようとするなんて綾瀬は酷い奴だ!」
「いまのさぶろうはすなおだねぇ。あまのじゃくだったのになぁ」
綾瀬はにやにやした表情を崩さずに、私の目を見る。
「私から離れるなんてゆるさないからな」
「だいじょうぶだよぉ。こんどはおいていかないさぁ」
にやにや笑わないで、コロコロと笑いだした綾瀬に、私は目の前が滲むような感じがした。
私の夢枕に出てくる時、ずっとお前はにやにや笑っていたけれど、その笑い方は心配してる時の癖だろう。
心配を抜きにした笑いなんて、久々に聞いた。
「でもそんなことをいうなんて、さぶろうは、しょたこんってやつにでもなるのかぃ?」
笑ってそう言った綾瀬に、滲んだ視界は晴れた。
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