名前をおしえて
小さくちょこちょこと付いてくるチビに、どうすればいいのかわからず先輩を見た。
やばい表情をしていた。
今なら三年の先輩が、六年の先輩を怖がるのがわかる。
かかわり合いのない先輩だから、かかわるのは止めとこう。
用具委員の先輩から顔をそらして、早足で逃げる。
追いかけてくる一年なんて知ったこっちゃない。
俺は自分が一番大事!おかしな奴には近づかない。これは鉄則だ。
たとえ誰かが後ろで穴掘り小僧作の罠にかかろうと別に知ったこっちゃない。
誰が落ちたのか何て、うしろに居たチビの委員会を知っていれば直ぐにわかる。
それに、俺の近くに居たのは俺をつけていたチビと、そんなチビと俺を見つめていた六年の先輩だ。
……ちょっと可哀想かも知れん。様子だけでも見てみるか。俺の所為で落ちたとか、襲われたとか言われたらたまったもんじゃねぇ。
知ってるのに助けなかったの!?と保健委員会委員長に怒られたら暫く保健室に行きづらくなるだろう。
そう思って、落ちた音が聞こえた辺りまでUターンした。
「すごいスリルー」
穴の中で、一人きゃっきゃと笑っている保健委員を見て、様子を見ようなんて、何で思ったんだろう。と微妙な気分になった。
引き返そうと、足を動かそうとしたところで、相手に気づかれて顔をしかめた。
「綾瀬先輩じゃないですかぁ」
「なんだよ」
「僕が落ちたの気づいてくれたんですね」
「知らん。俺は行く」
にやぁ。と笑った保健委員に、ぞわっとイヤな感じがした。
保健委員長に怒られるのが嫌で見に来てしまったけれど、もともとあいつは、俺を尾行してきてたのだ。
助けるギリなんてないだろう。楽しそうな表情を浮かべている所で、別に助けなくても良いのだ。たぶん。
「放置プレイですかぁ。僕、そおゆうの嫌いじゃないです」
嬉しそうにほっぺたに手を添えるヤツに、俺の顔色がかわった。
なにこいつキモイ。さっき見た用具委員長くらいキモイ。
サッと落とし穴の中に入って、保健委員を担ぐ。そしてクナイを使って落とし穴から脱出した。
放置プレイとか言われて俺の評判が下がったらどうしてくれる。ただでさえ地味過ぎてないような評判なのに!
穴から出て、ぽいっとそいつをおいて進む。
今日は図書室に行こう。今決めた。
「せんぱぁい」
「んだよ、ついてくんな」
「僕、鶴町伏木蔵と言います」
「へぇーへぇー」
ついてきているのに溜め息をつきそうになるが、息をのみこむ。
適当にあしらってたらいなくなるだろう。
「先輩は?」
「さっき俺の名前言ったのは誰だ。知ってんだろ」
「僕は先輩からききたいんですよー」
ぷくぅーと頬を膨らませて俺を見る鶴町に、おまえがやっても可愛くねぇよと一言言ってやりたい。
顔に縦線が入ってる奴がやっていいもんじゃねーし。
その表情をして許されんのは五歳までで、それ以降は女しかやったらいけねぇって母ちゃんが言っていた。
心の中で一通り喋ったので満足して歩き出す。
そんな俺にちょこちょこ付いてくる鶴町。
話しかけられたのは今日が初めてだが、コレ、一週間ぶっ続けで続いているのである。
実にめんどくさい。
「せんぱぁーい。待ってくださーい」
「知らん、付いてくるな」
「僕が穴に落ちたら助けてくれるくせに。先輩のツンデレ」
「そういうのは三郎次に言え。俺は言われても嬉しくない」
「先輩に言いたいんですよぉ」
こっちを見ている六年生の某用具委員長と目が合ってしまいスっと逸らす。
先輩先輩と付いてこられるのは、横から見たら可愛いだろうが、俺からみたらただ付きまとわれてうざいだけである。
六年生なら、二年生の俺に気付かれないようにしろよ。
しかし、一年生の鶴町には気付かれていないようだ。これは俺に対するイジメだと思う。善法寺先輩に訴えるぞゴルァ…って、付いてくるのが鶴町だから改善されねぇか。
「綾瀬せんぱぁい」
「媚びるような声を出すな。俺の名前を呼ぶな」
「じゃあ自己紹介してくださいよぉ」
「勝手に調べろ」
「もう知ってます」
「じゃあ良いだろ、俺の名前を呼ぶな」
「先輩の名前が呼びたいんですー」
「何故だ。解せぬ」
前を向いて歩いていたけれど、ピタリと止まって鶴町を見る。
一週間も付きまとわれて俺は疲れた。
そろそろお前いなくなっても良いだろう。
そうジト目で見ると、鶴町は恥ずかしそうにもじもじと動く。
「男がそんな動きするな、気持ちわりぃ」
「先輩って結構辛辣ですよね」
「己に正直なだけだ」
「そういうとこ、好きですー」
「すまん、俺は変態は好きじゃない」
「変態じゃないですよ、己に正直なだけです」
にこぉと縦線の入った顔で笑われる。
別に可愛くないのに、何故これが人気なんだ。解せぬ。
「そういう台詞はどっかの先輩に言ってやれ」
「どっかの先輩って、綾瀬先輩ですよね」
「んな訳ねーだろ。思い当たんねーのか」
「思い当たりますけど、僕は自分に正直に生きているので、好きな人以外には好きとは言わないですよー」
「へぇーへぇー」
「信じてないですね」
「当たり前だろ」
忍者は疑う生き物だって先生が言ってた。
一年の頃にはすでに授業で聞いているはずの言葉なのに、鶴町は微妙な表情をする。
そもそもあんな普通に好きとか言われて、そんなに接点があるわけじゃない俺と鶴町が恋に落ちるなんて事はないし、これはなんかの授業内容だろ。
止めた足を動かして、歩きだす。鶴町は付いてこなくなった。これで静かに図書室で本が読める。
「ぼくは本気だったんだけど、もっと行かなきゃ駄目なのか…それってすごいスリルかも?」
次の日から、怒涛の勢いで鶴町が攻撃を仕掛けてくるとは思いもしなかった。
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