夢オチは却下致します。5
…あれは、なんだ?
廊下に倒れている、きらきらしたモノを見て眉間にしわを寄せた。
あの色は見た事がある。よく、私が追い求める色だ。だが、この色を纏ったあの人はどこだ?
走って近づいて、もやもやと霧のようになりかけている色を見る。
じっくりと霧を見ると、輪郭のようなものが見え、チロチロと舌を出した白蛇と目が合って、それが何か理解した。
「…天女様!?」
驚いて声をかけると、ぼんやりとした輪郭がハッキリとする。
パッと見ると、急に現れたように見えて、初めて出会った時の事が思い出された。
天女様のまぶたが開く。慌てて抱き起すと、淀んだ瞳と目が合った。
「…そっかぁー」
その瞳にぞくりとした。何だこの瞳は。まるで、死んだ人間のようではないか。
天女様に何があったんだ?身体も熱い。熱があるのか?
「七松くん。もう大丈夫ですから、保健室にも一人で行けますから…持ち上げようとするのは止めてください」
「駄目だ!」
「確かに気絶してましたが、やろうと思えば立ちあがれますよ」
ふにゃりと安心させようとしたのだろう、小さく笑ったけれど、瞳は淀んだままだ。
…もしかして、私は天女様が天の国に帰ろうとしたところを邪魔したのだろうか。
天女様がいなくなると考えただけでも、恐ろしく感じて、邪魔できた事を嬉しく感じた。
私の身体を退けようとしている天女様から一度身体を離して、けれど、離したらどこかに行ってしまいそうな気がしたから腕を掴んだ。
どこにも行ってほしくない。
「一緒に保健室まで行こう!私が居た方がいいだろう?また倒れるやもしれんぞ」
「…それもそうですね。では、手を貸していただけますか?ゆっくり行きたいんです」
「わかった」
天女様に手を貸して、立ちあがらせる。友人に手を貸したりする時の重みはなく、ただ軽かった。
ゆっくりと歩いている合間も、瞳は私をうつそうとしない。こちらを見ない確かな理由がききたくて問いかけた。
「天女様」
「なんでしょうか」
「あなたは天に帰るのか?」
「帰れるなら帰りますけど、今は何だか帰れないようです」
「帰れるまでの合間どうするんだ。いつまでも忍術学園にいる訳ではないんだろう?」
帰れないようです。その単語を聞いて思わず笑いそうになった。帰る場所がないなら、私のところにくればいい。
どこにも行って欲しくないと認識してから、どろどろとした気持ちがどんどん溢れてくる。
「あてはないのか?」
「七松さんが、私を天女というのならば…ココに私のあては一つもありません」
「じゃあ、伊代にあてはあるのか?」
「あれ、私の名前知ってたんですね。ずっと呼んでくれなかったから、覚える気がないんだと思っていました」
瞳に私をうつしてくれた事に喜びを覚え、私に笑いかけた伊代の言葉に面喰らう。
名前を覚える気がない訳ではなかった。むしろ、初めて教えてもらった時から頭の中で繰り返していた。
ただ、名前で呼んだら、うつくしい貴女をよごしてしまう気がして、呼べなかっただけだ。
[ 25/32 ]
[*prev] [next#]