夢オチは却下致します。1
ぼんやりと映る視界に、あれ?と首を傾げた。
何が起こった。私は目は悪いけれどそこまでじゃないよ。
頭がぐらぐらする。ああ。風邪をひいたんだ。と理解して、ふらふらと立ち上がる。
着替えを済ませて、足早に事務室へ急いだ。吉野先生に風邪をひいたと伝えなければならない。
「伊代」
「え?」
「伊代」
ふらふらとしながらも歩いていたら、聞き覚えのある懐かしい声が聞こえてきた。
世間一般で言うとツンデレだった母の声だ。
幻聴まで聞こえてくるとは、私は今結構危険な状態らしい。
声を気にしないで、そのまま歩く。私ってば、半分くらい寝ているのかしら。
「けど、なつかしい。なぁ」
お母さんの声を聞けるなら、この幻聴も幸せなモノだ。
最近めっきり出なくなってきていた涙がぼろぼろ出てくる。
会いたい。帰りたい。けど、この声は幻聴で、夢に決まってて、だって願っても願っても白蛇は帰り方を教えてくれない。
私は帰りたいのに。
「はぁ…事務室遠いよ」
熱がどんどん上がってきたらしく、目の前がふやけてくる感じがする。
部屋から出ないで無視してサボればよかったかなぁ。けれど、それだと死亡フラグが立ってしまうので選択したくはなかったからしょうがないか。
力が抜けて座り込む。何があった。私。ここまでの風邪なんてひく予定じゃなかったよ。
健康管理はしっかりしていたはずだ。
現代に居た時よりも、健康的な生活をしてる。御飯は野菜中心。夜が更ける前に寝て、日が昇る前に起きる。
睡眠時間は8時間きっかりくらい。
何かやったっけ……あ、もしかしてあれかも。
昨日…くのたまの子とお茶飲んだ。
お茶に何か入ってたとかしたのだろうか。しかも遅効性の何か。
目の前が白んでいく。こんな廊下のど真ん中で倒れるとか私本当に迷惑すぎるなぁと思いながら潔く意識を手放した。
じっとりとした土のにおいを感じて、眉間にしわを寄せた。
うえ、寝ている間に地面に落ちてしまったのだろうかと目を開ける。
目の前にあるのは見た事のある場所だった。
我が家の裏山の祠。
そうだ。そういえば、数ヶ月前に私はココを通った。お父さんに頼まれたから、祠の掃除をしてたんだ。
でも、なんで?私って、トリップしたんじゃなかったっけ。
行く時も急だったけど、帰る時も急なのかしら。とぼんやりと考えて、ぱちんとほっぺを叩いた。
「家に帰らなきゃ!」
本当に帰ってきたのかわからない。さっき私は廊下のど真ん中で倒れたのだし、もしかしてこれは夢かも知れない。
慌てて立ち上がって、転びそうになりながらも山を降りる。
息があがってよだれが出そうなくらいの勢いで走って、家のドアをあける。
バンッと大きな音を立てて、家に土足で上がって、
「…伊代!?我が家は土足厳禁よ!!」
「おか、あさん」
久しぶりに見た母親の顔に脱力した。
へたりと座り込んで、事務員の服を握りしめる。
「なにそのカッコ。コスプレにでも目覚めたの?」
「ちがう、よ」
なんで、こんな急に帰ってこれたの、とか。色々言いたい事がある。けど、その前にもう涙が出てきてしまって、お母さんが戸惑っているのがわかった。
ひたすら痴漢?強姦?と繰り返す母に何も答えられずに黙って泣く。
「おか、さん、あいたかった」
「よくわからないけど、おかえりなさい。もう土足とか気にしないからこっちにおいで」
お母さんが手を伸ばしてくる。その手にすがりつこうとして、ただいまって言おうとして
「天女様!?」
「え?」
後ろから聞こえた声に振り返ってしまった。
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