人の夢は儚いと書く。つまりこれは夢!

風呂を沸かすのも慣れたもので、さっさと終わってしまった。最初の頃は今の三倍以上時間がかかってくのいち教室の女の子に怒られたのを思い出す。

今は、黄昏時か。調度良い時間帯だなぁ。もう仕事を切り上げても怒られない時間だ。

因みに私の働く時間は、日の出ている時間帯だけだ。夜は目がきかないので自室待機を言い渡されている。

暗くなる前に御飯を食べに行こう。今なら時間が早いし、食堂は空いている。


そう思って食堂へ向かおうと足を進めて、普段使っている裏道を通った。くのたまはよく通る場所で、にんたまは滅多にいない通りだ。

だからだろう、油断していた。

五年生が着ている色が映る。もう帰ってきたんだ。と思ったけれど、声はかけないつもりだった。

さっさと通り過ぎて欲しいと立ち止って、けれど見た事のある顔だったからじっくり顔を見てしまった。


「七松くん?」


そう思わず口に出してしまって、振り返った七松くんは私に向かって駆けてきて手を勢いを付けて私へと伸ばす。

思わず殴られるかと思って目を瞑る。


「っ!?」


けれど頬に痛みは感じずに、ベシッと音を立てて伸ばした手で私の目を覆った。


「あだっ!ど、どうしたんですか!?」


「見ないでくれッ!!」


「え、えと…?」


「見ないで!今の私を見ないでッ!!」


いきなり泣きそうな声を出す七松くんに、どうすればいいのかわからなくなる。

目を覆われて視界は真っ暗だ。

勢いがあったのでジンジンするなぁと考えていると、ぷん、と生理の時のようなにおいがして、何でこんなに慌てているのかと気付く。

一般人の私に見られたくなかったのだろう、だったら逃げればよかったのにと溜め息をつきそうになる。

さっさと逃げてくれれば私は気付かなかった。


「目を覆われたら何も見えません」


「ほん、本当だな!!」


「はい」


七松くんの姿は見てしまってはいるけれど、今は見えない。それに、私が見たのは遠目からだったから血なんて見えていなかった。

動揺して逃げるという行動が起こせなかったのかなぁ。

どうしようか。このままずっと、なんて無理だ。何か話題でも…思い浮かんだのは昼間にあった次屋くんだった。


「七松くん。次屋くんが七松くんを心配していました。あとで会いに行ってくださいね」


「…三之助が?」


「はい。授業中に抜け出してまで聞いてきたので、かなり心配されていると思いますよ」


「そう、か」


黙ってしまう七松くんに、話題がつきてしまった。と悩む。

今日の実習の事は聞けない。

だって私は聞いてはいけないし、いや、聞くなとは言われてはいないのだけれど…聞いて良い状況ではないし、気持ちのいい話ではないだろう。

主に私の生命の維持に影響が出る。こんな近距離に七松くんがいるあたりでもうすでに恐ろしい事になっているのに。

けれど、緊張感がないのは七松くんが苦しそうな声で喋るからだろう。これで感情を出さない喋り方だったら私の心臓は死んでいる。

主に嫌なドキドキで。

何か喋れれば…と思うと、今日言う予定ではなかった言葉しか思い浮かばなかった。明日言うつもりだったけれど、と思いながら口を開く。


「七松くん」


「な、んだ」


「おかえりなさい。食堂でおばちゃんが御飯を作って待っていますよ」


普段体育委員会で外に出て行く七松くんが戻ってきた時に、毎回言う台詞を言う。

いつから言いだしたのだろうか。確か、七松くんの名前を覚えたあたり…そうだ。

七松くんに抱えられて胃のあたりに大きなアザが出来た時くらいから言いだした。


「…うん。わかった!じゃあまず風呂に行ってくる!!」


「たぶん今日はお風呂が沸いていると思います。どこの学年だったか忘れてしまいましたが、泥だらけになっていた生徒さんがいらしたので」


「水風呂じゃないのはいいな!じゃあ、私はちょっと行ってくるから…目を瞑っていてくれないか?」


「構いませんよ?」


手を離される前に、目を瞑る。

足音が聞こえないからどれだけ遠ざかってるかわからない。どのくらい瞑ればいいか分からないけれど、一分程度でいなくなるだろう。

そろそろかなぁと目を開くか迷っていると、ふにゃっと唇に何かが当たった。なんか生ぬるくて気持ちわる…?


「え?」


パッと目を開くと、もう居なかった。

唇を触ってみる。夕方になって寒かったのか、唇は冷たかった。


「……まさか、ねぇ?いやいや、そんな事ないって。私の気のせいだって」


頭から馬鹿な考えを振り払うように、思いっきり頭を振って、当初の目的だった食堂へと向かった。

私にキスしようなんて、思考は七松くんはないはずだ。うっかり腕とかぶつけちゃったに違いない。

そうだよね?と一部始終を見ていたはずの白蛇に問いかけても、チロチロと舌を出すだけだった。


あとがき

そういう任務は五年生から始まる設定です。四年生までは行儀見習いがいる。五年からはもう本気でプロの育成です。
因みに今の季節は冬らへん。





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