実は知っていたことが有るんだけど
夢で白蛇を見てから、その白蛇が普段の生活でも見えるようになった。
ふだんは私に巻きついている。今まで気付かなかったけれど、白蛇は全く重くなかった。
そして、まわりにぼやぁっとしたモヤのようなもの、不思議なものも見事に見えるようになった。
こわい。
こんなもの見えたことない。
それは私の方に向かってくる事があって、怖くて身体を強張らせると、私に巻きついている白蛇が大きく口を開いてそれをもぐもぐと食べるのだ。
向かってこなくても、私が葉っぱをホウキで集めている時にコロコロと集まる時がある。
そんな時ももぐもぐと食べている。
主食らしいので、特に何も言わないでいるけれど、これはいいのだろうか。でも、誰にも怒られていないし良いのかも知れない。
蛇は私が見えるようになる前からもぐもぐと食べていたのかも知れないし、今更邪魔してはたぶんいけないのだろう。
サッサとホウキを動かして、今日の予定を確認する。
今日は、確か…五年生が実習から帰ってくるのだっけ。
私は出迎えなくていいから。と吉野先生から言われたので、普段通り掃除をこなして事務の仕事をすれば問題ない。
ガサリと草をかき分ける音が聞こえて、地面から目をそらして音の方を見た。
生物委員会の動物が脱走でもしたのだろうか。だとしたら直ぐに避難しなくては…私は一般人なので毒虫とか捕まえられない。
「あれ…?」
ぼんやりと遠目で見ると、二年生の姿が見える。
この時間は授業中なんじゃなかったっけ。見覚えがある姿だ。確か、体育委員会の次屋くん。
確か迷子癖があるんだったか。と思ったけれど、彼の足元にあるモヤにゾッとして慌てて近づいた。
私に気付いたのだろう。キョトンとした表情でこっちを見ているけれど、違う方向に進もうとする次屋くんの腕を慌てて掴んだ。
「えっと、次屋くん?授業はどうしたんですか?」
「天女様こそ仕事はどうしたんすか」
「もし、外に出るならサインしてもらわないといけないですから…確認です。あと、私は天女じゃないですよ、古羽と言います」
「そういやそーでしたね。七松先輩が天女様っていうんでつい、でも言いにくいんで古羽さんって言います」
「ありがとうございます」
もぐもぐと次屋くんの足元に行く白蛇を見て、ホッとして次屋くんの腕を離した。
よかった。これで大丈夫…かも知れない。
「外には出ないんで大丈夫っすよ」
「そうですか、邪魔してすみませんでした。今日は座学の授業でしたよね。長屋はあっちの方ですよ」
「あの、古羽さん。今日ですか、五年の先輩達が帰ってくんの」
「はい。吉野先生がそう仰っていました」
「どんな実習か知ってますか?なんか、七松先輩、様子がおかしかった」
じぃっとこっちを見てくる瞳に、なんとも言えずに苦笑いを浮かべた。
嘘はついてもバレるから言えない。
「知っています」
「教えてもらえません?」
「ごめんなさい、私が言って良いことじゃないんです」
「なんでですか?」
「権限がないからです。先生にお伺いしてください…ところで、次屋くん、授業は大丈夫ですか?」
「あ」
話をそらして、指さすと慌てて長屋に走って行った。
迷子になりやすいと思えないほどの真っ直ぐな走り方は、やっぱり白蛇がもぐもぐとモヤを食べたからだろう。
ありがとうね。とさわれるようになった蛇を撫でる。
しかし、授業を忘れるくらいに気になっていたんだなぁ。七松くんは後輩に好かれているようだ。
今回の実習は、忍びとしての実習なのだろう。今までよりも危険な実習。
言われなくても、先生達の空気がぴりぴりしているのでなんとなく理解してしまった。
普段任されている入門表などの仕事を任されないのも、そういうこと。
そういうのは度々あったし、気にしてはいけないと心にフタをした。
ぼーっと次屋くんを見送ってから、掃除を再開する。
今日は門の近くに行っちゃいけないから、早めに終わらせなきゃ。
危険な授業のあと、私のような一般人は帰ってきたばかりの彼等に会ってはいけない。
理由は、彼等は不安定な精神状態で帰ってくる。
それに一般人からの反応がきたら…ちょっと危険だ。私は一般人だから対抗できないままに殺されてしまうだろう。
掃き掃除を早めに切り上げて、事務室にこもる。
もう半年以上いるのだ。文字も覚えたし、仕事はできる。たぶんできている。最近吉野先生から叱られる事が少なくなったからそうだと思い込んでいる。
集中してやったからだろうか。早めに仕事が終わってしまった。だからといって、休むわけにはいかないし…と考え込む。
くのいち教室の、お風呂でも沸かしに行こうかな。
今日はくのいち教室は実習なわけではないから行っても問題ない。
終わった書類を吉野先生の机に置いて、部屋を出た。
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