それ以上でも以下でもない世界。2
「着物をくのたまじゃなくって、私に借りるのは何でだ?」
「えっと、私と同じくらいの背丈の方が今いらっしゃらなくて、つんつるてんでも構わないのですが…見栄えが良い方が学園にも迷惑がかかりませんので」
「たしかに天女様くらいの年齢でつんつるてんなんて滅多にいるもんじゃない。町を歩いたら浮くだろうな」
「そうですねぇ。私くらいの年齢の方はきちんとオシャレなさってますから」
むしろオシャレしない私がおかしいのだろうと頷く。
この世界に来る前は現役高校生だったけれど、高校生の年齢には昔の女性は結婚していたのだ。
私の年齢には子持ちになっていても普通だし、そんな年齢の女性がつんつるてんなんて事はよっぽど貧乏じゃないと起きない。
「でも、天女様は薄いけれど化粧はしているじゃないか」
「これは義務のようなものですから、オシャレとは言いませんよ。よく見て下さい。色が合っていませんからこれはただ在り合わせの化粧です」
「あ!本当だ」
化粧品は、昨年買ったけど流行遅れだから…という理由でいらねってなったものを頂いたものだ。
くのたまは大変なんだなぁと思いつつ、ちょうど化粧品が切れていたのでありがたく頂いた。
高校生だったけれど、毎日ファンデーションはしていたのだ。UV対策!それ以上でもそれ以下でもない。
住んでいた所が田舎で、田んぼの近くを歩くと遮るものがないために小さい頃は思いっきり日に当たった。
中学生になって腕にシミを発見してからはきちんと日焼け止めなどを頑張って塗りこんだものだ。
今は気にしていられないので将来シミになろうとも生きているだけでありがたいのである。
ぷつりと糸を切って、ピンと布を伸ばしてみる。特に違和感は感じなかったので、これで大丈夫だろうと判断する。
「できました」
「え、おお!綺麗だ!」
「失敗しなくてよかったです。こちらお借りしてもいいです…よね?」
「ああ!あ、ちょっと待ってくれ、帯出すから」
明るい声で綺麗だと言われて、心がぽかぽかする。人に褒められたのは久しぶりだ。
私は普通の人ができて当たり前の事ができない事ができないのだ。
だから、怒られても、よくできました。なんて褒められる事はない。当たり前だもの。
帯を受け取って、ふと思う。そう、私は他の人に出来る事が出来ない。
「私、何かお返しできることが、ないですよね」
「え?」
「いえ、その…こんなに綺麗な着物をタダでお借りする私は、貸し借りの借りしかできないのです。それなのにお借りして、申し訳ない、と」
滑らかなさわり心地の着物を撫でながら、悔しく思う。
高校生の時、等価交換なんて普通にできた。
けれど、今はそれもできない。借りてばかり、借りてばかり。貸す事が出来ない私。
借りたツケは、いつ返すの?返せなかったらどうするの?
返せないくらい、貯まってしまったら、どうしたらいいのかわからない。
もう既に、死んでも返せないくらい借りている。嫌な貯金。あとからどんな事が起きるのか、わからなすぎて、怖すぎて、何も思い浮かばない。
「それって気にすることか?」
「ええ、私は本当に何もできませんから」
「そんな事ない!天女様は縫物もできるし、掃除もやってるぞ!」
「それは誰でも出来る事ですよ、七松くんは苦手かも知れませんが…覚えれば私よりも綺麗にできます」
「そうか?」
「はい」
納得していない表情の七松くんに、少し笑った。
誰でもできる事だけれど、そんな事はないと否定してもらえて、何だか怖かったものが拡散したような気がした。
「だったら、お返しに私が破ってしまった着物を縫ってくれ!私は覚えるのが面倒だ!」
「…そう、ですか?そんな事でいいなら、いくつでも修繕します」
「本当か!?約束だぞ!」
ニカッと笑顔を浮かべた七松くんに、着物を修繕するだけで、お返しになるのだろうか。と不安になる。
優しい人だ。
私に気を使ってくれて、笑顔を浮かべてくれて、お返しがないなら、と仕事をくれて
これだけやってもらっているのに…縫物だけでは、お返しにならないなぁ。
何か、お仕事でもして、お返しできるようにお金が欲しい…縫物しかできないけれど、内職でも…ああ、でも紹介してくれる人がいないとできないわ。
善意に甘える事しかできない自分自身に、どしんと重りが乗った気がした。
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