選択しろと言われたら。1
「お、つかい…ですか」
「仕入れの日にちが被ってしまったようで、子供達だけでは不安だと仕入れ先の方が仰られたようで…食堂のおばちゃんの代わりにお願いします。
忍たま達にもお手伝いを要請しているので労働は少ないですよ」
「え、と…吉野先生、行きたいのは山々なのですが、私…服を持っていないんです。事務員の服以外がなくって」
「…え?」
「なので、誰か貸していただける相手を探すので少し待っていてもらえませんか?」
「ええ、仕入れは明日なので…えーそれまでにお願いしますよ」
申し訳ないです。と頭を下げると、困ったような声を出す吉野先生に、私も困った。
だって私は給料の出ないくらいしか働けないタダ飯食らい。言いようによっては穀潰し。
衣食住の、衣を抜かしては思いっきり贅沢をさせてもらってるのだ。だって一人部屋だし、食堂の御飯無料だもの。
衣も、あるといえばある。事務員の服は何枚か替えも含め借りているというか貰っていると言うか。
お金もないし、外にも出ないし、もう本当に衣とか、ね。外に出ないんなら事務服以外いらないから必要がなかった。
吉野先生に頭を何度か下げて、早足でくのたまの長屋へ急ぐ。
女性用の服なのだし、忍たまへなんて選択肢はない。考えてもいない。
しかし、くのたまの子が服を貸してくれるだろうか…服を貸してくれ?おこがましいわよ!服だって高いのよ!!
なんて怒鳴られるかも知れない。
けれど、借りなければ仕事を遂行できないし…あぁどうしよう。借りれなかったらどうしよう!!
吉野先生には借りてくるって宣言したようなものだし、これで借りれなくて仕事ができなかったらもう、もう駄目かも知れない。
ココにきてもう五ヶ月立って、涙も乾き、死の恐怖とかあんまり感じなくなってきたけれど、もしかしたら、もしかしたらだ…こわい。
くのたま長屋の一歩手前で悩んでうろうろする。
くのたまの子達はとってもよくしてくれているけれど、それが訓練のためだったら?
自分の大事にしているものを貸してくれなんて言ってくる嫌いな女が来たら殺意が沸くかも知れない。
いや、沸くに違いない。私だったら嫌いな人にモノを貸すなんて高度なこと出来ない!!
「あれぇ、伊代しゃん?」
「あ、おシゲさん」
「どうかしたんでしゅか?こんな時間に…しかもそんな罠がいっぱいの所にたってるなんて珍しいでしゅね」
「え、あ…本当だ。ちょ、ちょっと待って下さい。そちらまで直ぐに向かいます」
聞こえてきた声に、一瞬体が震えたけれどおシゲさんだとわかって安心する。
因みに言われた通り罠の合間を縫った所で立ち止っていた。…私罠の回比率すごいと思う。
毎日学園の掃除をしている成果だろう。
ひょいひょいとビビりながらも罠を発動させずに、おシゲさんがいる長屋へ近づいた。
「あの、えっと…とっても言いにくい事なのですが、良いでしょうか?」
「ものによりましゅ」
「それもそうですよね…あの、私と同じくらいの背丈の方で、着物を貸して下さる方はいらっしゃいませんか?急に必要になってしまって誰かにお借りしたいんです」
「伊代しゃん着物持ってないんでしゅか!?」
「は、はい。情けない事ですが…」
「ちょ、ちょっと待っててくだしゃい!ユキちゃーん!!トモミちゃーん!!せんぱぁーい!!」
待っててと言われたので、長屋の廊下に腰掛ける。
おシゲちゃんの大声からして、私が着物を持っていない事がくのたま全員に知られた事だろう。恥ずかしい…。
けど、この対応からして誰かから着物を借りてきてくれるだろう。
その事にホッとして、女の子なのにドタバタしている音が長屋から聞こえてきて山本先生に怒られないと良いなと不安が過ぎる。
行きとは別に、ゆっくりと静かに戻ってきたおシゲさんに笑いかける。お友達のユキさんとトモミさんも引き連れてきたようだ。
表情が暗い。やべ、何か起こったのだろうか。
私に貸すとかマジクズとか言ってイジメられたりしたのだろうか…私の所為でイジメられていたりとか、そんな問題が起きたら万死に値するので、それではないことを祈ります。
アーメ…キリスト教ではないので無効すぎる。
「伊代しゃん…ごめんなさい」
「その、伊代さん。とっても言いにくいんだけどね」
「伊代さんに近い身長の先輩達が実習でいらっしゃらないの。山本シナ先生もそれに付いて行っちゃったから…」
「へ、あ。そうなんですか…こちらこそご迷惑おかけして、ごめんなさい」
別に私の所為でイジメられた訳ではないらしい。
それにちょっとホッとして、けれど着物がないという事実に心がなんとも言えない音を出す。
くのたま長屋に来て、おシゲさんに会った時点で着物にあり付けると思ったけれどそれは甘い判断だったようだわ。
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