仕方がないので飲み込みました
妹の乳母の手を掴んでから、滝夜叉丸は人と接するのが恐ろしくなりました。
私が手を掴んだら、その人は苦しむ。痛い。
私を見ると、皆が表情を険しくする。私は恐ろしい。
小さく話されている自分への批判が耳に届くようになりました。
私が妹を殺そうとした。いいえ、私はやさしくしようとしただけ。
化け物のように速く走る。事実です。褒められたかったのです。
妹に会いに行ってから、父母の視線が優しいものから厳しいものに変わりました。
元から変わりかけていたのです。仕方がありません。
変わらないのは兄だけでした。
けれど、兄にどう接していいのかよくわからなくなりました。
滝夜叉丸が妹の乳母の手をつかんだあの時。とても久しぶりに人の肌に触れたのです。
家の者を投げ飛ばしたりしていたのはかなり前の事。怪我ばかりさせてしまったので、ずっと山に向かわされていました。
力の制御なんてできません。
人に触れたのは久しぶり。けれど、怪我をさせてしまった。つんざくような悲鳴。次々浴びせられる罵声。妹の泣き声。様々な人からの視線。
人と関わるのに恐怖心を抱かないわけがありません。
人と関わりたくないと室にこもってみたりとしてみましたが、体力が有り余って一日で室にこもるのはやめました。
私が居てよい場所は、山以外ないのかも知れない。
そう思って家出をしてみたりしました。途中でさみしくなりましたが、私がいなくなっても困る者はいないだろう。
と鼻で笑って一日。山で遊ぶことが多いので食べられるものは結構わかっています。不自由さは特に感じていませんでしたが、兄が迎えに来ました。
家にこもりっきりの兄がです。泥だらけの怪我だらけ。困った顔で怒られて、思わず泣いてしまいました。褒められた時より、とても温かい気持ちになりました。
それからは家出なんて考えは捨てました。ですが、どこにいればいいのか分からず、家に戻っても気まずい。
家の中ではずっと兄の横に居ました。居場所なんて兄の横以外ありません。
そんな状態の滝夜叉丸を、滝夜叉丸の兄は心配していました。
どうしようどうしようと頭を悩ませて、家にやってきたフリーの忍者に相談をしてみました。もちろん相談料は払っています。
相談すると、忍術学園なるものがあるそうです。文武両道の学園。
これだ!とひらめいて、兄は滝夜叉丸をそこに通わせることにしました。
滝夜叉丸は頭もよいし、力も強い。武術の才能があるということだろう。弟は天才である。
兄に言われて頷かないわけがないので、滝夜叉丸はそこに通うことになりました。
十の春。滝夜叉丸は一人で家を出ました。学費を全額持たせられて、六年居ろと暗に言われています。
力の制御ができるようになるまで、戻ってきてはならないと言われました。
さみしいです。こころがおれそうです。
そんな事を言っても仕方がないので飲み込みました。手紙は送ってもよいそうなので、兄との文通を心の糧にしましょう。
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