世界が変わったのは
その世界が変わったのは妹が生まれてからだった。
妹が生まれてから一月。いつ会いに行けばよいのだろうと滝夜叉丸は長いこと悩んでいた。
親に言いつけられた山への往復は毎日しなければならないし、兄と勉学に勤しむのも毎日。ふと気づいたら、妹に会っていないのは自分だけでした。
会っていない理由は、親が滝夜叉丸を妹に会わせないようにしていたからなのですが、そんな事は知りません。
これは不味い。兄としてこれはいけないのではないだろうか。そう思いつつ、何時行ったらいいのかもわからない。
迷って迷って、朝一番に会いに行く事にしました。会いに行ってから山に行けばよい。
皆、滝夜叉丸に会ってはいけないなどとは言っておりませんから、会わないなんて選択肢は滝夜叉丸の中にはありません。
優しく優しく接してやるつもりでした。
妹を見守って、優しく構ってやろう。私が兄上にされたようにすればよいのだ。
お気に入りの御釈迦本を手に持って、妹のいる部屋へ入りました。部屋には誰もおらず、妹が布団にくるまっていました。
目の前にいる妹に読んであげよう。本をさわる程度の力で頭をなでよう。兄上はそのくらいの力で私をなでる。
ジーと見つめると、妹は眠っていました。眠っている妹の横でしゃべるのは如何なものか。起こしてしまったら可哀相だ。
ならばなでてみようか。なでるくらいなら起こさないはずだ。
そーっと手を伸ばして、妹をなでようとしました。
本当に、優しく接しようとしたのです。力の加減なんてわからなくても、兄の手の感覚だけは覚えていますからつぶしたりなんていたしません。
「おやめ下さい!」
だから、ピシャリとはたかれた自分の手に大変驚きました。
顔を上げると、そこには妹の乳母が居ました。
襖の開いた音がしなかったのは、滝夜叉丸が閉め忘れたからでしょう。まぁそれはいいとして。
はたかれた手を見てみると、ほんのり赤くなっています。滝夜叉丸はこのくらいの痛みでは動じません。このくらいの痛みは山で転ぶより痛くないからです。
「なぜおこっている?」
滝夜叉丸にとって、痛みよりも乳母の表情のほうが気になりました。
とってもこわい。恐ろしい表情です。怒った女性は皆この表情をします。
「出て行って下さい。妹君にはわたくしがおりますゆえ」
「妹に会いにきてはいけないのか?兄上は会いに行ったとおっしゃっていた。私も兄だ」
「滝夜叉丸様はなりません」
「なぜだ?」
理由を全く言わないで出ていけといわれても首を傾げるほかありません。
乳母に腕を引っ張られて、部屋から追い出されそう。なぜ?
「私は妹に会いにきただけだ」
理由もないのに追い出そうなんて酷い。おまえは他人じゃないか。
乳母に掴まれている腕を引き離したい。まだ妹の顔をしっかり見ていないのだ。
そんな思いで、強めに掴んだ乳母の手からはミシリという音がしました。
その日から滝夜叉丸は家で暮らし辛くなりました。
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