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哭いて、啼いて、泣いて


(異変後、クリア後のネタバレ有)


時は夜。街を歩く人々の姿も疎らになり、月は天高くに昇っている。漆黒を内包した空には雲一つなく無数の星々が散りばめられていて、すぐそこに見える宿屋の窓からは月明かりが差し込んでいた。
備え付けられているベッドはその光を受けて白く輝き、幻想的な雰囲気を放っていて、本来ならそこに横たわって日中の戦闘で疲れている身体を休めるのだが──今日は、少し違った。


「ねえ、カミュ…どうしたの?」


予想外の状況に陥ったため、暫くの間現実逃避をしかけていたが、冷静をどうにか保ち、月明かりを遮るようにして目の前に立つ仲間に問いかける。


「……ナマエ」


掠れた声で名を呼ばれた。反応はたったそれだけ。……困った、さっきからずっとこの調子なのだ。

──事の発端は二十分前くらいのこと。

夕食とお風呂を済ませて寝間着に着替え終わり、寝る前に本を読もうとしていたところへ「少し話したいことがある」と、カミュが私の部屋を訪ねて来た。幸い読もうとしていた本は暇潰し程度のものだったから優先順位は低かったし、カミュがわざわざ部屋を訪ねて来るだなんてよっぽど重要な話なのだろうか、と疑問に思ってすぐに扉を開けてあげる。するとそこには、いつもキリッとしているカミュが顔に影を落とし、心ここにあらずといった様子で立っていたのだ。
いやいや、本当に驚いてしまった。だって聞こえてきた声のトーンはいつもと変化が無かったし、扉を開ければ手を小さく振り、よっ、と笑う顔が見れると思っていたから。そんな顔をしているとはひとつも思っていなかったのだ。


「…取り敢えず、部屋入る?」
「……ああ」


カミュの様子に謎は残ったままだったけど、それを含めて話があるのかなと一先ず納得し、こんな夜更けに廊下で話をするのも迷惑なので一声掛けて部屋に迎え入れる。


「そうだ、美味しいお茶を貰ったの。すぐ淹れるから適当な所で寛いで……カミュ?」


扉の鍵も閉めていると何かの影が私を覆い被さっていることに気付く。不思議に思ってそう言いながら振り向くと、ほんの数歩先に、月明かりを遮るようにしてカミュが立っていた。
白い月明かり浴びて立つその姿は張り詰めた糸のような雰囲気が感じ取れるが、少し顔を伏せているのと、丁度顔に影が重なっていてどんな表情をしているのかはよく見えない。
一体どうしてしまったのか、と片手を伸ばす。


「カミュ?どうした…ひゃあ!?」


すると、パシッと手を掴まれてそのまま扉に押さえ付けられてしまったのだ。
気が付けばいつの間にか、片手だけでなく両手首をがっちりと掴まれ硬い木の扉に押し付けられている。身体は目先の距離まで近付けられていて、触れられているところがじわりと熱い。

──それが、二十分前の出来事。

それからずっと、私はカミュと扉の間に挟まれたままだ。
こんな体勢恥ずかしいし早く抜け出したいけれど、力量差が大きくて、掴まれている手はビクともしない。どうにかして離れてもらおうと声を掛けても、カミュは何も答えてくれず、時折何かを押さえ付けるように歯を食いしばる様子が見えるだけ。


「…どこか具合でも悪いの?」
「…………」


不安になって再度訪ねても反応は無い。ただ、ぐっ、と苦しそうに歯を食いしばるだけ。
…明らかに様子がおかしい。
こんなカミュは滅多に見ない。カミュはいつもさっぱりしていて、悩むことがあってもすぐに割り切る方だ。少なくとも、私が今まで共に時を過ごしてきた中ではそう認識している。
…でも、つい最近。今みたいに様子がおかしい時があったのを思い出す。そう、確かあの時は……。


「何か……あった?」
「………っ、」


私の問いに反応して手首を掴む彼の手がピクっ、と微かにだけど動いた。
……ああ、当たりだ。その様子で確信する。
つい最近、私達はクレイモラン地方で黄金になってしまった彼の妹──マヤちゃんを救出した。そう、あの直前も彼はこんな苦しそうな表情をしていたのだ。だから、もしかしたら今回もきっと救いを求めるような何かがあったのかもしれない、と思い至って訊ねてみたけれど──うん、気付くことが出来てよかった。
動揺して手首を拘束を緩めた隙を突き、カミュの頬に手を伸ばして顔を上げさせる。


「…ねえ、カミュ。何か苦しい事があったなら、ちゃんと言って欲しいな」


ゆらゆらと揺れている瞳を見つめて微笑み、そう伝えた。顔を上げたカミュは……それはそれは酷い顔をしていて、私は思わず眉を顰める。
彼は、妹が黄金になってから五年もの間、ずっと苦しみ続けて来た。救う手立てを求めて故郷を離れ、裏の世界にも身を染めて。だけどそんな彼は、救いの手掛かりになる勇者が側に居ても、勇者の剣が手に入っても、最後まで打ち明けることを渋っていた。そんな彼が私の所へ頼りに来たのだ。なら、どうにかして力になってあげたい。彼を脅かすその苦しみから、彼を助け出してあげたい。

──それが、自分の好きな人のことなら尚のこと。


「っ…すまねえ、ナマエ」
「ううん、大丈夫だよ」


頬に触れていた両手がカミュの手で包み込まれる。見れば、先程よりも顔色がいい。…よかった。何があったのか、ちゃんと話してくれるみたいだ。


「…後で、殴ってくれ」
「……え?」


ほっとしていたのも束の間。殴ってくれ、なんて突拍子も無いことを言われて、思わず聞き返してしまう。
それが、いけなかったのだろうか。ぽかんとしていた私は、包み込む手に力が入っていたことなんて気が付かなかったのだ。
そしていつの間にかカミュの元へと引き寄せられていて────

気付けば、唇が重なっていた。


「っ…!?」


突然感じた柔らかい感触に目を見開く。唇は嫌という程温かくて、目と鼻の先には綺麗に整っている顔。
──キスを、されている。
私にそんな経験は無いけれど、これが何なのか分からない程、私は馬鹿じゃない。それに思い至るのに大して時間は掛からなかった。


「ん……!」


一度優しく触れられて、二回目は少し長めに。想像していたものよりもずっと柔らかくて温かな唇が私に触れていく。
細かく、優しく、時々強く。輪郭をなぞって形を確かめるものから段々と押し付けるようなものに変わり、唇が離れる度にちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音が鳴り響いている。耳に入ってくるその音はどうしようもなく恥ずかしい。


「ん…ぅ!」


触れる感触、溢れる甘い吐息、鼻をくすぐるカミュの匂い。身体に降り掛かる全てを意識をする度に身体がじわじわと熱くなっていく。

いつの日かこんな事をしてみたいと思った時はあった。もちろん、好きだという想いを伝えてから。それが叶ったら嬉しいけれど、いつどうなるか分からない旅の途中だし、カミュは何かを抱えているように見えたから伝えることはしなかった。なのになんで、どうして、こんな、いきなり……?

こんなキス訳がわからなくて、逃げたくて、咄嗟に後ろに下がろうとする。だけど、まるで逃がさないとでも言うように腰と頭には腕が回されていて、逃げる事は出来なかった。自由に動かせる手で力の限り胸を押し返してみても、ぎゅう、と音を立てて私を抱き締める力が強まるだけ。


「っは、なんで……んぅっ!」


キスなんか、するの。
唇が離れた隙に言おうとした言葉は言い切れずに、唇に呑み込まれてしまう。
やっぱり抵抗なんて出来なくて、そのままカミュにされるがままだ。カミュの腕の中で、男の人のゴツゴツとした身体と私より高い体温を感じながら、唇に降り注ぐ熱を享受する。


「んっ…ふ、ぅ…んん!」


もう、一体何度目のキスだろうか。子供みたいに押し付けるキスとは変わって、角度を変えて深く口付けられる。唇は湿り気を帯びていて、溢れる吐息は互いに荒い。
キスの合間に、自分でも聞いたことのないような変な声が、馬鹿にみたいに唇から零れていく。
それが恥ずかしくて、恥ずかしくて。こんな声をカミュに聞かれているなんて意識をしてしまえば、もう暴れたくなるくらいに恥ずかしくて。
縋るように目の前にある服をぎゅっと握るけど、何も変わらない。顔が沸騰しているみたいに熱くて、胸の鼓動が早鐘の様に鳴り響いている。


「ナマエ…」


また口付けられる。熱に浮かされた音色が聞こえてきた。薄く目を開けてみるとカミュがこちらをみつめているのが見える。
いつも光を含んで明るい青眼は酷く揺れていて、今にも泣き出してしまいそうだった。
ねえ、何でそんなに悲しい瞳をしているの。何でそんなに辛そうな瞳をしているの。何で、そんなに怒ったような瞳をしているの?私が、何かしてしまったの?ただ、こういうことをしたかっただけ?それとも何かがあったの?
ねえ、教えてよカミュ。カミュ……!





──嘘、だろ。





頭に響いたのは、聞き慣れた誰かの言葉。





──なあ、ナマエ……?……ナマエ!嘘だろ、なあ!おい!ナマエ!!


森に皆がいる。どこかの森に見慣れた仲間が。 大きな一本の木を囲むように一人は膝をつき、一人は顔を手で覆い隠し、また一人は歯を食いしばっている。


その囲みの中心で木にもたれかかっているのは……わた、し…?






「ぇ…?」


なんだ、この光景は。
脳裏に浮き上がってきた映像に思考が引き寄せられる。なんだろう、これ。
皆が私を見て泣いている。あんなに活力があって私を引っ張ってくれている皆が、寝ている私を見て泣いている。……カミュが、哭きながら私を抱き締めている。
こんな光景、記憶に無い。今まで旅してきた中でこんなことがあった覚えは無い。無い、筈なのに────


「んぅ!?」


口が少し開いていたところに、カミュはいきなり舌を捩じ込んできた。脳裏に焼き付いた光景に気を取られていた私は、為す術もなくあっという間に大きな舌を絡められて、水音を立てて舌を吸われる。互いの唾液が混じり合い、何度も何度も口内を味わうように蹂躙する行為は、まるでカミュに食べられているみたいだった。


「っは、ナマエ…!」
「ふっ、ゃあ…ぁ、っ〜〜〜!!」


キスとキスの合間には、互いの唇から切なげな吐息と混じりあった唾液が零れていく。吐息混じりに時折呼ばれる私の名前はとてつもなく甘美な響きを有しており、ゾクリと私の身体を粟立たせた。
私を抱き締める力は壊れてしまうくらいに強くて、身体が軋む。零れる吐息は獣みたいに荒くて、少し怖い。
だけど、だけど。そんな力を篭めているのに、愛でるように頬と頭を撫でてくる手つきは壊れ物を扱うみたいに優しくて、何度も求めるようされるキスは本当に温かくて──もう、本当に。いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、どうにかなってしまいそうだった。



「はあっ、はあっ…」
「っは、は……」



一体どれほどキスをしていたのだろうか。
やっとのことで唇が離されれば呼吸は荒く、指先一つに力が入らないくらいに骨抜きにされていて、カミュに倒れ込んでしまう。そんな私を支えるように抱き締めてきたカミュの腕は先程みたいに荒々しいものではなく、包み込むような優しい力加減だ。


「ぁ……カ、ミュ…」


どうして、こんなこと。そう聞きたくてカミュの腕の中、力の入らない身体にどうにかして力を入れる。


「──っ好きだ」
「え……?」


だけどそれは叶わず、思いがけず囁かれた言葉に動きが止まった。
目の前にいるこの男は、今、何を言ったのか。好き……?誰を……?わた、し、を…?


「……好き、だ」
「やっ……、」


また、囁かれた。
次は耳元で甘く、私を揺り落とすかのように。再び顔に熱が集まっていく。


「ナマエ、好きだ」
「やっ、カミュ、だめっ…!」


何度も囁かれる愛の言葉は──きっと、ずっとずっと、聞きたかった言葉。
なのに、なのに、私を甘く痺れさせるその言葉を聞き入れてしまったら、私の胸の中にある何かが壊れて溢れてしまいそうで、聞きたくないと必死に首を横に振る。


「好きだ…っ、」
「やぁっ…!な…、んで…?」


なんでこんなキスも、告白も、どうしてこんな、いきなりしたの?あの見知らぬ映像は、何、なの…?


「っ、自分でもわかんねえんだ!マヤを助けて貰ってからずっと、何かがオレを突き動かすんだ…!忘れるなって、何度も、何度も…!!」
「カ、ミュ…?」


叫ぶようにそう言ったカミュの身体は酷く震えていた。顔を見上げれば、そこには苦しそうに下げられた眉。大粒の涙を流す青い瞳。顔に降ってくる雫は少し冷たい。


「馬鹿なことを、最低なことをしたってのはわかってる。後で…後で、思いっきり殴ってくれていい……っだけど、」


だけど、とカミュは歯を食いしばって言葉を続ける。


「もう、どこにだって先にいくな!オレの…オレの、傍に居てくれ…!」


そしてまた、強く抱き締められた。飛び込んだのはカミュの逞しい胸。
さっきまであんなに逃げ出したかったのに、その温もりを再び意識したら私はいつの間にか涙を流していて、身体の震えが止まらなくなっていた。


「…ねえ、カミュ。わた、わたし…ここに、いるよ。ここに、いるよ…っ」
「っ、ああ…」


泣くことなんてなかったはずなのに、ボロボロと止まることなく涙が溢れ出てくる。嗚咽は酷くなる一方で、言葉も上手く紡げない。手の震えも、今すぐ治まりそうにない。
それでも、それでも、何かを得られたような気がして。心が、燃えるように熱い。


「…っナマエ」
「ひっ…ぅ、か、みゅ…!」


埋めていた顔を起こされて、少し引き寄せられる。目と鼻の先には綺麗な顔をくしゃりと歪ませたカミュがいた。
さっきのキスと、同じ距離。だけど、不思議と戸惑いは生まれてこなかった。言葉を放さず、磁石みたいに引き合ってキスをする。今度は、恋人みたいな甘い口付け。
一度、二度、三度。唇が触れ合うたびに胸から温かいものが溢れてくる。
でも、それでも涙は止まらず、二人して子供みたいに泣きじゃくりながら互いを求めあう。

脳裏をよぎったあの光景が、一体何なのかはわからない。だけど、多分きっと、お互いがお互いを好きだということは真実で───なら、それだけでいい。

今は一つも、離れたくなかった。



(哭いて、啼いて、泣いて────忘れていた何かを思い出した)




時が巻き戻った後、異変後に死んでしまった夢主のことを微妙に思い出した二人。


2018.10.01