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Devote


「ねえヘンリー!聞いて聞いて!」
「…?なんだよいきなり」


空は澄み渡る満点の青空。悠々と吹き渡る風に包まれて、清廉なる中庭にひねくれ王子とおてんば少女が二人。


「私ね、大きくなったら騎士になるの!」
「……お前がぁ!?」


王子の声変わりを迎えていない、少し高い調子の叫び声が中庭中に響き渡った。少女はその反応を見て楽しそうに笑い、威勢よく頷く。


「そうよ!知ってるでしょ、私の家が騎士の家だって。私ももう7歳になったから、来月からお父様が稽古を付けてくれることになったのよ!」
「へぇー…」


目の前にいる少女がいつの日か剣を振るい、国に忠義を尽くす騎士となる。王子にはその未来に実感が湧かなかったのか、気の抜けたような返事をした。


「…何よその顔!全然信じてないわね!?」


そんな様子が気になったのか、ぷんぷん、と効果音を付けて少女は怒りの表情を見せる。


「…だってお前のそんなちっこい手で、騎士にになれるなんて思えないぞっ!」
「むぅ…ヘンリーまで…。どうして皆、女は騎士になんてなれないって言うのよ……」
「お、おい…泣かなくても、」


少女の言葉が震えていることに気付き、言い過ぎてしまった、と王子は慌てて少女を宥めようと伏せた顔を覗き込もうとする。
だが、


「いいわよ、ぜ〜ったい立派な騎士になってヘンリーをギャフンと言わせるんだから!」


少女の立ち直りは早かった。王子が心配しかけていたことにも気付かずに、ガバッと勢いよく顔を上げる。


「…ふ、ふん!そこまで言うなら、ナマエが立派な騎士になった時にはオレの護衛に付かせてやらなくもないぞっ」
「……ほんと!?」


王子はらしくもない心配をしてしまったことが恥ずかしくなったのか、そっぽを向いて威張るようなポーズを取る。
その言葉が嬉しかったのか、少女はキラキラとした瞳で王子を見つめた。


「こっ、子分が親分の傍に居ないなんておかしいからな!…いいか約束だぞ、忘れるなよ!」
「うん!ありがとうヘンリー、私頑張るね!!」


嬉しさに満ち溢れた視線に耐えきれなかったのか、王子は少し顔を赤らめて小指を差し出す。そこに自らの小指を絡ませて、共に笑いあって約束を交わした。


────それが、10年前の話。
騎士の家の長女であった私と、この国…ラインハットの第一王子であったヘンリーが、城の中庭で遊んでいた時の話。
互いに身分は違えど、数少ない友人として過ごしていた穏やかな日々だった。

いやはや懐かしいものだ。何せ自らが仕えるであろう国の第一王子、いずれは王になる人物にタメ口を叩いていたのだから。今更ながら、幼い時の自分はとんでもないことをしていたなぁと思ったりする。


……次の日。ヘンリーは誘拐されてこのラインハットから居なくなってしまったから、それから彼と話すことは出来なくなって寂しかったけれど。国内の情勢は悪くなる一方で、気がやられてしまいそうだったけれど。

ヘンリーは約束を破らない人だったし、絶対いつか帰ってくるって思っていたから、私の夢を笑わなかったヘンリーとの約束を破りたくなくて、お父様の厳しい稽古や城での厳しい訓練、性別の違いを嘲笑う奴らにだって負けることはなく、今までこの道を歩み続けてきたのだ。





「おいデール、一体何なんだよ。こんな玉座に呼び出して。…まさか、またオレに王の座を譲ろうとか考えてるんじゃないだろうな?」
「はは、もうそんなつもりは無いよ兄さん。…実は、兄さんに会わせたい人がいてね」
「会わせたい人…?誰だ、それ?」
「…それは会ってからのお楽しみ。きっと兄さん、とっても驚くと思うよ」
「……?」


螺旋する階段の先に広がる王の間から、話し声が聞こえてきた。
身体中に湧き上がる喜びを押さえつけるように、一歩一歩を力強く、そして少しだけ速度を上げてその階段を昇っていく。


──ようやく、会えるのだ。


「失礼致します、デール様、ヘンリー様!このナマエ、只今参上致しました!」
「ああ、よく来てくれた。急な呼び出しですまなかったな」
「いえ、王の命とあらば」
「ナマエ…?っまさか、」


階段の上の玉座に座るデール王と、その横に立つヘンリー様を見据えて一礼をする。
私を見た綺麗な緑色の瞳が、 面白いように見開かれた。
──ええそのまさかです、ヘンリー様。


「この度はご無事で何よりでございます、ヘンリー様。…大変お懐かしゅうございます。ナマエと、申します」
「…!」


挨拶と自己紹介を済ませれば、小さくだがはっと息を呑む音が聞こえてきた。その挙動がなんだか面白く感じて、口角が少しだけ釣り上がる。


「これは…どういうことだ、デール」
「…実は、改めて兄さんに近衛の兵を付けようと思ってさ。彼女は騎士として優秀だし、兄さんとも面識がある。兄さんの近衛に適任だと思ってね。だから、ここに呼んだんだ」
「騎士…。そうか…お前は、騎士になったんだな…」
「はい、左様でございます」


いつか聞いた様な気がする、気の抜けた調子の言葉。だけど、今は違って何かを噛み締めている様な音に聞こえてきた。


「どうだろう兄さん。兄さんがよければ、今ここで就任の儀をしたいと思うんだけど」
「…そういうことか、」


ぽつり、と納得した様にヘンリー様は呟く。そしてコツコツ、と音を立てて階段を降り、私の前に立った。


「オレは、自分の近衛も召使いも、必要無いと思っていたんだけどな…」


聞こえてきたのは私の就任に否定的な言葉。そう言われることを覚悟はしていたが、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
次に言われる言葉は、一体どの様なものだろうか。


「……だが、子分が親分の傍にいないってのもおかしいだろう? 」
「……!」


一転して聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。驚いて、少し伏せ気味だった顔を思わず上げてしまう。
そこには、あの日と変わらないいたずら王子の笑顔があった。


「はははっ、なんだよその顔。約束、忘れちまったか?」
「っ…いいえ、いいえ!」


忘れた事など一度も無い。あの日の事も、あの日の約束も。ずっとずっと、私の支えだったもの。
否定の言葉を返せば、私を見つめる鮮やかな緑色の瞳が嬉しそうに細められた。


「ナマエ、剣をこちらに」
「!はい、」


跪き、左腰にある細剣を鞘から抜いて目の前に立つヘンリー様に差し出す。
そして、視線は鮮緑の瞳へ。


「主よ、騎士ナマエの元に誓います。いついかなる時も礼節を忘れず、この剣は主の敵を討つ矛となり、この身は主の身を守る盾となりましょう」


誓いの言葉を呟く。
決して解けぬように、固く、強く。
もう、あの時の様に気軽に友と呼べる関係ではなくなってしまったけれど、この約束を果たせることに、貴方と再び巡り会えたことに感謝を。
そして──貴方にこうして仕えることが出来ることに最大の喜びを。

差し出した剣をヘンリー様は手に取り、柄を数秒程そっと握りしめた。そして、私の手に再び戻す。


「騎士ナマエよ。我、汝を近衛に任命する。……よろしく頼むぞ」
「…っはい!」


交わした笑顔はあの時と変わらず。静かに光を佇ませている鮮緑の瞳が、私の姿を捉えた。
私も、それに応えるように返事をする。



────ああ。主よ、友よ。私は、この身の全てを貴方に捧げましょう。
私を信じてくれていた貴方の為に、私の夢を笑わないでいてくれた貴方の為に。



devote…(真心・人生などを)捧げる
2018.10.01