カミュ
※やんわりとですが背後注意です。
彼女の身体は、驚く程に柔らかい。触れる度にそう思い知らされる。
日常生活での軽い接触だけでもそう感じるのに、ましてや夜に身体を重ねるとなると、その柔らかさは嫌という程に実感できた。
「ん……っ、ん……」
互いの唇を合わせ、その感触をゆっくりと味わう。聞こえる小さな声も、吐き出される切ない呼吸も、じんわりと伝わってくる熱も、食むようにしてキスをしていく。
部屋に漂う雰囲気が甘ったるい。夜の冷たい雰囲気と混じって、それがこそばゆく感じる。
堪らなくなったオレは咄嗟にナマエの手を握って指を絡ませた。少しすると、ナマエの指からも力が込められる。……近くから感じられる彼女の存在に、ガラじゃないけど胸が忙しなく疼いていた。
オレとナマエは旅の始まりから共に過ごしてきた仲だ。幾度も険しい道を歩き、危機を凌ぎ、魔物達との戦闘を重ねてきた。それ故、お互い身体は鍛えられているはずだ。
「ゃ……ん、」
けれど、こうして彼女の肌に触れると、その柔らかさにやはり驚いてしまう。
小さな唇、ふっくらとした頬、丸い肩、特徴的な膨らみを付けた胸、細い腕、引き締まった腰、すらりと伸びる脚。
その全部が全部、柔らかい。同じ人間であるはずなのに男のオレが持つものとは違い過ぎて、性別が異なるだけでこんなにも差が現れるのかと驚くし、あまりにも柔らかいものだから、オレなんかが触わったらナマエを壊してしまうのではないかと不安になってしまう──。
「カミュ……? どうかした……?」
「んあ?」
真下から声が聞こえてきて、意識が呼び起こされた。視線をナマエへと向けると、彼女は蕩けかけている瞳を心配そうに下げてこちらを見つめている。
どうやら唇を離してから彼女の身体に触れていたところ、その手の動きが止まっていたようだ。オレとしたことが、いつの間にか頭ん中の考えに随分と気をやってしまっていたらしい。
「オレか? なんもねえぞ」
「……でも、なんか、いつもと様子が違って見えた……」
なんでもない、と笑い掛けると、あたたかくて柔らかい小さな手がそっと頬に添えられた。
オレを見つめる目は先程のものと変わりがなくて、とっくに見抜かれていたのだとそこで気付く。……バカだな、オレ。こいつにそんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。
「悪い。その……なんだ、お前に触れたら、壊しちまうんじゃないかって思っちまってよ」
「え?……ふふ、なあにそれ」
素直に考えていた事を白状をすると、ナマエはポカンとした表情をした後、小さな笑い声を零し始めた。
くすくす、と控えめな笑い声が夜の部屋に響く。
「……笑うなよな。結構真剣に考えてんだぞこっちは……」
「だって、本当におかしいんだもん」
オレが言ったことは彼女にとって相当おかしなことだったらしい。笑い声が止まってくれない。
その様子にいたたまれなくなって、オレは彼女から視線を外した。
「私そんなにヤワじゃないよ。旅の中でいっぱい鍛えられたよ。カミュだって一緒に居たんだもん、知ってるでしょ?」
「ああ。……知ってるさ」
頬に添えられていないもう片方の手が伸ばされて、オレの首に回される。オレはそれを受け止めるようにしてナマエの身体に腕を回した。そうして身体を寄せて、抱き締めて、肩口に顔を埋める。
彼女の温もりがじんわりと波のように伝わってくるようで、安心したオレは小さく息を吐く。
「それに、私。カミュになら壊されたっていいかなって、思うもん」
「──ッ、」
不意の言葉に、ドキリと胸が跳ねた。咄嗟に顔を上げてナマエを見ると、彼女は恥ずかしそうに、けれど穏やかに微笑んでいる。
オレになら壊されたっていい。その言葉は、つまり。そういうことだと取って構わないってことだろうか。
「……あのなぁ」
「?」
「あんま、そういうこと言うなよなぁ……」
オレの勝手な思い込みかもしれない。
けれど、彼女の言葉が嬉しくて、気恥ずかしくて、堪らなくなってしまって、もう一度彼女の肩口に顔を埋めた。
余裕があるように見えているかもしれないけれど、実の所そんなもんはねえんだ。他の野郎よりは理性があると自負してはいるが、オレだって男なんだ。そんなことを言われたら、今すぐにだってどうにかなっちまいそうなんだぞ。
そんな風に耳元で囁いてやると、ナマエは驚いたのか息を呑んで身体を強張らせ、身を捩り始めた。
その動作を愛おしく感じつつ顔をゆっくりと上げると、まるでりんごみたいに顔が赤くなっている彼女が暗闇の中に見えてくる。
「ナマエ。続き、いいか?」
「……うん」
そう訊くと、彼女はこくんと小さく頷いた。
顔を近づけて、もう一度その可憐な唇にキスを落とす。あたたかくて柔らかい感触にやっぱり安心感を覚えて、視界が少し滲んだ。
不安はもう無い。いや、少しは存在しているのだろうが、先程の嬉しさと安心感に流されて、形が無い。
距離を縮めて、優しく触れ合う。心も身体も溶けきって一つになるように、愛し合う。
甘い夜は続いていく。
こんな夜を過ごすことが出来るなんて、オレは幸せ者だと心の底からそう思った。