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ビィとルリア


「どうして空は蒼いのか、かぁ……」


 ぽつり、と口から零れた小さな呟きが、風に攫われ遠くへと消えていった。
 そう呟いた事に、特に何か理由があるわけでは無い。ただ、目の前に広がる不慣れで神秘的な世界を眺めていたら自然に、というか無意識に零れていたのだ。


「ナマエさん?」
「どうしたんだよナマエの姉ちゃん、急に神妙な事呟き出して」


 そうしてそれは、隣に居た二人に聞こえたらしい。二人が首を傾げて此方を見てくる。
 物資補給と整備の関係もあって近場の島に絶賛停泊中のグランサイファー。頼まれた自分の仕事を終えた私は甲板に出て、偶然居合わせたルリアちゃんとビィくんの二人とのんびり時を過ごしているところだった。


「いや、前にルリアちゃんがそう呟いてたのを聞いてさ、ちょっと考えてたんだ」
「あ! それって、この羽を貰った時ですね!」
「そうそう、あの時あの時」
「あの時は大変だったよなぁ……オイラ、どうなっちまうかと思ったぜ」


 ルリアちゃんが取り出した白い羽を見ながら、少し前の出来事を思い返す。”あの時”と口を揃えて言うのは、この空の世界を厄災が襲った時のことだ。
 天司の内の一人、サンダルフォンがパンデモニウムと呼ばれる牢獄のような場所から脱出してしまい、審判と題していろんな騒動を起こした。それによって、全空中の街で被害が出ていたのだが────幸い団長さん達や四大天司と呼ばれてる人達のお陰で、騒動はひと段落を見せたのだった。
 あの時のグランサイファーは凄く早かったなぁ、なんて、ぼんやりと思い返してみる。

 ……まあ、それはともかくとして。話題に出したルリアちゃんの言葉は、その騒動が解決した時に耳に入ってきたものだった。
 「どうして空は蒼いのか」それは誰しもが生きている間に、一度は疑問に思うことだと思う。私だって、幼い頃は疑問に思っていた時期があった。
 どうして、なぜ、と真実を求める気持ちは誰にでもあるものだ。好奇に駆られる子供のように純粋に、己の無知を埋めたがる学者のように貪欲に。だけれども、その疑問は大人へと成長していくにつれて疑問と思わなくなり、解決しても感動は薄れていく。私も、そしてきっと私がお世話になっている騎空団の人達も、それは同じだと思う。
 だけどあの時、彼女の言葉を聞いて。いざ空の蒼さについて考えてみると、とうに完結していた筈の疑問に対して心の奥底から好奇心が湧き上がってきて、疑問が尽きなくなってしまったのだ。
 だから──そう、あの騒動が治まってからずっと。私はこの世界の空について考えを巡らせていたりする。


「空が蒼い理由……空が蒼い理由……子供の頃は空にも海があるから蒼いのかな、とか、海の色を反射してるから空が蒼いのかも、とか色々考えてたりしたんだけどな〜」
「うわ〜!! それ、すっごく素敵です!」
「空に海があるかぁ……姉ちゃんも中々ロマンチックなこと考えるんだな!」


 昔想像していた事をぽつぽつ呟くと、話を聞いていた二人は身を乗り出してくる。キラキラと瞳は輝いていて、それこそまるで好奇心溢れる子供みたいだ。


「あはは、でも、結局それは違ったんだよね」
「なんだ違ったのかよ……って、おいおいその言い方じゃあ、ナマエの姉ちゃんは空が蒼い理由を知ってんのか?」
「うん、知ってるよ。ほんの触る程度だけどね。……でも、それは元の世界の話だし。この世界はまた別の理由だと思うんだ」


 私が元々居た地球という世界に通っていた理屈では、空が蒼いという事には太陽の光が関係していると聞いたことがある。
 なんでも、太陽から地球に射し込む白い光は七つの色で構成されていて、それらは空気中の分子に当たると散乱するようなのだが、そのうちの青い光は他の色と比べて多く散乱することが原因とかなんとか。だから、人間の目には空が蒼く映るらしい。
 でも、それは地球での理屈だ。この空に陸地が浮いている不思議な世界では、その理屈を支える前提そのものが違ってくる。


「へー、太陽の光が関係してんのか。ナマエの姉ちゃんが居た世界も空は蒼かったのか?」
「うん、蒼かったよ。この世界と同じ」
「違う世界でも空が蒼いのは同じなんですね……不思議です」
「だよねぇ……なんでだろ?」


 穏やかな風を身体に感じながら、揃って首を傾げる。
 一応元素の存在はあると聞いたけれど、四大天司達が関係しているらしいし……文献にも残っていないようだから、真実は謎に包まれている。
 この世界の空は、一体どんな原理で蒼く存在しているのだろう。そう考えれば考える程、不思議で堪らなくなってくる。


「うー……オイラ、難しい事はわかんねえや……」
「私も、ずっと考えてたらお腹空いてきちゃいました……」


 うんうん皆で悩んでいると、ルリアのお腹が鳴り始めた。その後にビィくんの方からも濁った音が聞こえてきて、二人の眉を下げた表情が目に入ってくる。
 かく言う私も確かにお腹が空いている感覚があった。考え事に大分エネルギーを使っていたらしい。もう少ししたらお腹が鳴ってしまいそう……あ、鳴っちゃった。


「むむむ……悩んでても仕方が無いよね。お腹も空いたし良い時間だし、団長さん達誘ってお昼ご飯食べに行こっか!」
「はい! 食べに行きましょう!」
「おう、行こうぜ! オイラもう腹ペコだぁ!」


 考えるのもそこそこに留めておいて、腰を上げた。腹が減っては戦は出来ぬとも言うし、一先ず午後に向けて腹ごしらえをするとしよう。


「……あ、もしかしたら、あのルシフェルさんとか言う偉い人に聞いてみたらわかるかもね」
「なんだぁ? まだ考えるのかよ……。でも、そうだな! 天司長って言うくらいなんだから知ってるかもな!」
「……ふふっ、そうですね! また会えたら聞いてみましょう!」


 こんなに神秘的な世界なのだ、いつまた会える時があったとしても、不思議ではない。いつかこの謎が解けるその日に期待を馳せて、私達は団長を探すべく歩き出した。


────どうして空は蒼いのか。

 
 その疑問はきっと、まだまだ尽きることはないのだろう。
 少女が手に持つ白い羽は、光に照らされて温かく輝いている。それはまるで私達を優しく見守ってくれているかのようだった。



2019/03/06