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「#エロ」のBL小説を読む
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融解のあとに残ったもの


※「きみのやさしいを咀嚼する」の続きです。
微妙にそういう表現があるので苦手な方はご注意下さい。








 朧げな意識の中、映像が再生される。
白い世界に組み合わさる男女が二人。戸惑いの残る男の手つきは、行為が進むにつれて熱意の篭るものへと変化していく。
 熱く、優しく、熱く。
 触れられている女は、快楽に羞恥心が掻き消されたのか甘い声を上げていた。

 次第に男は律動を始めて、二人の身体がゆさゆさと上下に動いていく。互いに息は荒く、吐息を重ね合えば熱が生み出される。擦れる感触は心地良い。
 そうして暫く快感を共有しあった後、視界が揺れる中で突然キツく抱き締められる。その熱い肌を感じた途端、ガツンと一つ、二つ、突き上げられて。


──ナマエっ、好きだっ……!


 あの言葉が、耳に囁かれるのだ。
 すれば、たちまち爆発するような快感を思い出して、身体が震えて飛び起きる。


「っ……!」


 荒い息、滲む汗。力を込めて握っていたことでシワが付いたシーツ。心臓が、どくんどくんと音を鳴り響かせていて、射し込む朝日は目を眩ませる。
 それで──今日もまた、私は頭を抱えて朝を迎えることになるのだ。




「おはようナマエちゃん」
「あ、シルビア。おはよう」


 呼吸を整えながら洗面所へ向かうと、シルビアがいた。彼の髪は整えられていて、タオルで顔を拭いている。よく休めたのだろう、清々しい表情をしているように見えた。
 軽く挨拶を交わして私も顔を洗う。鮮やかな水音をたてて顔を濡らす冷水は、眠気を振り払ってくれた。
 

「あら、寝れなかったの?」
「……え?」
「うっすらと隈が出来てるわよ」
「ほ、本当?」
「ええ。……んもう、夜更かしはオトメの大敵よ?」
「はーい」


 顔をタオルで拭いていると、横からツン、と小さくつつかれてしまった。そうして微笑まれて、ぱちんと華麗にウインクされる。鏡を見てみると確かにうっすらと隈ができていた。
 別に、夜更かしをしていたわけではないのだ。しようとは思っていなかったから。でも、ベッドに潜り込んでから眠りに着くまで随分と時間が掛かってしまった。それはこの頃ずっと続いていて、生まれつき寝つきの良かった私を驚かせている。
 ……十中八九、あの夢が原因なのだろう。なんとなく、それは自分でもわかっていた。


 あの白い部屋での出来事から、しばらくの時間が経っていた。
 謎の部屋から脱出を成し得た私達は、あれからみんながいるキャンプ場へと無事に辿り着き、合流することができた。仲間達からは途中で姿が見えなくなったことを心配されたけれど、何かを聞かれることもなく無事なら良かったと迎えられて、安心と疲れからかその日は何も考えることなく眠りに就いたのだ。
 だけど、あの出来事は私にとって強烈なものだったらしい。次の日の夜から私は、度々あの夢を見るようになった。
 無機質な部屋で行われる激しくも甘い行為。それは必ず最初から再生されて、最後はカミュの切羽詰まった囁きに終わり、私の身体にリアルな感触を残していく。それに震えて、私は一日を過ごしていくのだ。


「う〜ん」
「ナマエ、どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもないよ」


 考えながら歩いていたらイレブンに心配そうな顔をされたので、慌てて取り繕って返事を返す。
 あの出来事を共に体験したカミュとは、あれから特に何もなく普通だった。
 話す必要があれば話すし、話したとしても別に態度が変わるわけでもない。私もわざわざ話そうと寄り付かないあたり、今までと何も変わっていないのだなと理解できる。


「う〜〜ん」
「ナマエ様、どうかなされましたか?」
「えっ、あ〜……たいしたことじゃないよ」
「そうですか? それならいいのですけど……」


 セーニャの心配そうな顔が見えて戸惑ってしまったけれど、純真な彼女にこんなことは相談できない。このことは秘密にしようと心に決めていた。
 問題は、あの夢を毎日見ることで甘い感覚と記憶を嫌でも呼び起こされることだった。おかげで普通にしなければならないのにカミュを意識してしまう。
 ……どうして、あの時カミュは、最後にあんなことを呟いたのだろう。切羽詰まったような切ない響きで「好きだ」なんて。まるで隠していた恋情を打ち明けたと言わんばかりの、声で。
 それが酷く、何故か心に残っている。
 

「う〜〜〜ん」
「ナマエ、どうかしたかの? 最近、どこか悩んでいるように見えるぞ」
「あ……はは、大丈夫だよロウおじいちゃん」
「ふむ……」


 もやもやする。考えてもどうしようのないことなのに、考えてモヤモヤしている。
 本当に普通なのだ、カミュは。あんなことがあってもいつも通り。だから余計にわからなくなる。彼の囁いた言葉は、真実なのだろうか。彼は、本当に私のことを好きなのだろうか。


「う゛〜〜〜〜ん」
「ねえ、ナマエ? 何かあったの?」
「うん? あー……大丈夫だよ! ほら、行こ行こ!」
「む……」


 気になる。だけどあんな何事も無かったようにされてしまえば聞くに聞けない。わざわざ掘り返して聞くのもなんだか自惚れているようで恥ずかしいし、それにもしかしたら、別の女の人のことを考えて呟いたのかもしれないし、強くは出れない。
 いっそ忘れてしまえば楽なのだけど、それはあの夢に阻まれてしまう。
 

「どうした?」
「……っ!」


 考え事に没頭してたら無意識に青色を視線で追っていたらしい。カミュと、視線がバッチリ合ってしまった。咄嗟に目を逸らす。
 ダメだ、こんな反応を見せてしまったら、察しのいいカミュに意識しているのだとバレてしまう。

 ……カミュが好きなのかと聞かれると、実際よくわからない。何せ誰かに恋情を抱いたことがないのだから、そういうことはよくわからなかった。
 でも想われるのは嬉しいと思うし、正直なところ、カミュと繋がった時は凄く気持ちがよかった。そういう始めては痛いと聞いていたから、びっくりしたのだ。
 直に感じた温もり、熱さ、切ない吐息。男らしいがっしりとした身体つき。その全ての感覚が、思考を邪魔している。


「ねえあんた、何か知ってるんじゃないの」
「……なんだよ、いきなり」
「とぼけないでよね。このベロニカ様にはお見通しなんだから」
「……は、お子様が何言ってんだ」
「ちょっと、なによその言い方」


 遠くから険しい口調の会話が聞こえてくる。一触即発とも言える雰囲気のようだ。
 ああ、いけない。また彼らが喧嘩してしまう。止めに入らないと。
 後ろを振り向く。すれば、カミュとベロニカの言い合う姿が目に入ってきた。

 ぐるぐる、ぐるぐる。どうしてか、気持ち悪い。ぐるぐる、ぐるぐる。思考が、定まらない。

 瞬間、視界が大きく揺らいで、ぐらりと視界が傾いた。


「ナマエ!?」
「ナマエさまっ!?」


 ドスンと大きな衝撃が身体に走る。視界は下がり、石畳の路が広がった。複数の悲鳴が聞こえた後、こちらに駆け寄る足音が耳に入ってくる。
 自分の身に何が起きたのか状況を把握できずに、私は意識を失ってしまった。







 重たい瞼を薄く開くと、木を基調として作られた天井が見えた。壁には小さな窓があって、そこからは夜の暗闇を捉えることができる。辺りを見回すと、私はベッドに寝かされていることがわかった。ここはどこかの宿屋の一室らしい。
 

「──ちゃん。何があったかは知らないけれど、ちゃんと話し合った方がいいわ。ナマエちゃん、凄く悩んでいた様子だったもの」
「……ああ」
「ったく、しっかりしなさいよね」
「ベロニカ、シルビア……?」


 廊下から話し声が聞こえてくる。どうやらすぐ近くで誰かが会話をしているようだ。ベロニカとシルビアの声はわかったけれど、あと一人の声はよく聞こえない。


「う……だるい」


 身体を起こしてみようとしたが、全身に重りを乗せられているかのような気怠さには勝てず、道半ばで終わる。
 額に置かれていた何かがずれた感触を感じて手を動かすと、濡れたタオルと熱い額に触れた。倒れた記憶と寝かせられている状況、熱い身体。どうやら私は熱を出して倒れたらしいと推測する。
 あんなに考え込む事も今までになかったから、知恵熱でも出したのかもしれない。朧気な意識の中、自分の暢気さを薄らと笑う。
 すると廊下の話し声が止み、ドアノブが回る音がした。開かれたドアから廊下の灯が差し込んでくる。


「……カミュ」


 目を見遣ると、そこには会いたいようで会いたくなかった人がいた。


「起きてたのか。具合はどうだ?」


 青くつんつんとした髪のその人は、そう言ってベッドの傍にある椅子にどっかりと座り込む。
 それをぼう、と眺めているとカミュは私の額に手を当ててきた。
 

「少し下がったみてえだが……まだ辛そうだな。高熱出して倒れたんだぜ、お前」
「そう……なんだ」


 ああ、とカミュは返事を返してくる。やはり私は熱を出して倒れたようだった。
 熱のせいかカミュの手がひんやりと冷たく感じて、目を細める。


「ごめんなさい、足止めさせちゃって」
「気にすんな、治るまでゆっくり休め。あいつらもそう言ってる」
「うん……」


 後でシルビアが、スープとセーニャ特製の薬を持ってきてくれるらしい。他の仲間も、この際ゆっくり休息を取ろうと部屋で好き好きに過ごしているようだ。
 さわ、さわ、とまるで寝付かせるようにゆっくりと頭を撫でられる。その感触が気持ちよくてほぅ、と小さく息を吐いた。
 会話も途切れ、しんとした静かな空気が広がる。伏せていた目を少し上げると、私を心配そうに見つめるカミュの青い瞳と目が合った。
 それで、見ていた夢を思い出して、忽ち目を逸らす。目に映るのは暗闇を映すシーツだけになった。
 

「最近悩んでたの、あの時のせいだろ。……違うか?」


 そんな時、確かめるようにカミュが聞いてきた。
 ”あの時”というのは、きっと私が考えている出来事があった時なのだろう。視線も合わさず、肯定の意味でこくんとひとつ頷く。


「そうか。……悪いな」


 すると、カミュは眉を下げて謝ってきた。頭を撫でる手に力が少しばかり込められたのを感じる。
 違う、そんな顔をさせたいんじゃないんだ。私はただ、自分のもやもやを考えていただけで、謎を晴らしたいと思っていただけで。カミュとのあの出来事を悔やんでいるワケじゃ、ない。
 重たい身体を動かして、私から離れていこうとする手を掴む。


「ねえ……カミュ」
「なんだ?」
「……好きって、ほんと?」


 こうなればやけっぱちだった。彼の手を引いて、荒い息が零れる最中、聞きたいことを聞く。


「カミュ、あの時最後に、言った……でしょ? 好きだって」
「っまさか、お前あれ聞こえて……!」


 すると覚えていたのか、息を呑む音と主にカミュの瞳がこれでもかと開かれた。
 それに応えるようにこくん、と一つ頷けばカミュは私に掴まれていない手で自分の顔を覆う。


「悪ぃ、咄嗟に出ちまったんだ。あんな時に言うもんじゃねえんだ。……あんなの、忘れてくれ」


 掠れた声でカミュはそう呟いた。そこには、悔いるような表情が現れている。
 私にはよく分からないけれど、彼にとってはまずいことだったのかもしれない。眉には力が篭っていて、焦りが見えていた。


「カミュ、あれ……は、本当、なの?」
「……っナマエ」
「ねえ、カミュ……」


 急かすように手を撫でて、問い掛ける。
 ずるい聞き方だとはわかっていた。でも、こっちだって一つの単語だけであれだけ掻き乱されたんだ。これくらい許して欲しい気もする。
 そのまま羞恥も何も考えずにじっとカミュの青い目を見つめていると、カミュは折れてくれたのか静かに息を吐き出し、顔を覆っていた手を除いて私の手に添えてきた。


「……ああ、そうだよ。オレはナマエが好きだ」

 
 真っ直ぐに見つめられて、告白される。
 瞬間、とくんと音を立てて、心臓が脈を打った。じわじわと熱が込み上げてきて顔に熱が集まる感触がある。
 タダでさえ今は熱があるというのに、こうなってしまえばまた熱が上がってしまう。


「その、いつ……から?」
「……何時からとか、わかんねえよ。気が付いたら目でお前を追うようになってたんだ」


 恥ずかしさを隠そうと会話を繰り広げるけれど、それもまた自分を羞恥に追い詰めるだけだった。斜め上に見えるカミュも、気恥ずかしいのか頬を指で掻いている。その頬は珍しく赤く染まっていた。
 ……本当だった。カミュは私のことを好きで、あの言葉を言ったのだ。そうして今再び勇気を出して伝えてくれている。
 なら、私も返事を伝えないと。


「カミュ、あのね……」
「返事はいい。お前が困るだけだろ」
「ううん、違うの。そうじゃ、なくて」


 切なげに笑って私の言葉を塞ごうとしたカミュを止めて、自分の思っている気持ちを正直に伝える。
 カミュは私の言葉を聞きたくないのかもしれない。でも、私がちゃんと言わないとまた同じことを繰り返してしまうと思うのだ。


「私、今まで誰かをそういう風に思ったことがないから、わからなくて」
「……ああ」
「でも、カミュに想われてるのなら、嬉しいって思う気持ちは確かにあって。ちゃんと考えて返事を伝えたいって思ったの。だから、もう少し待ってて欲しくて……だめ、かな」


 私より大きい手をきゅっ、と握って恐る恐るカミュを見る。私の返事は、言ってしまえば返事の先延ばしだった。逃げる回答かもしれない、でも、ちゃんと考えたいという気持ちが強いのだ。
 しばしの沈黙、青い瞳が私を見抜いている。それにじっと耐えていると、次に現れたのはふんわりと笑うカミュの笑顔だった。


「いいや、ンなことねえよ。お前の答えが出るまで待ってるさ」
「あ……あり、がとう」


 どうやら、返事はOKのようだ。それに安心してほっと息を吐く。


「……それに意識して考えてくれるのは嬉しいしな。振られるもんだと思ってたし」
「?」
「なんでもねえよ」


 小さく呟かれた言葉が上手く聞き取れなくて、首を傾げる。カミュは息を零して笑うだけで、特には何も言ってくれなかった。
 誤魔化されたと気付いてむっとするけれど、掴んでいない方の手が頬に添えられて、するりと優しく撫でられる。
 それは擽ったいような、気持ちがいいような心地を生み出して、与えられる冷たい感触に私は目を細めた。


「ん……カミュの手……つめたくて、気持ちいい」


 もやもやが晴れたことですっきりしたからか、心の内で思っていたことが素直に外へ出ていった。
 だがそのままふふ、とカミュに笑いかけると、彼は何故か私を見て複雑そうな表情を浮かべる。


「……お前なぁ。病人に手を出すつもりはねえけど、あんまり煽んなよな」
「?」


 言われた言葉の意味がよくわからずに首を傾げる。すると、カミュは大きくため息を吐き出し呆れたような目でこちらを見てきた。
 だが、それも一瞬のこと。
 青い瞳は熱を灯し、彼の表情は真剣なものに一変する。


「カミュ?」


 応答は無い。
 彼は椅子から立ち、私が寝ているベッドに身体を乗せてくる。そのせいで、一人用のベッドは突然増えた負荷に悲鳴をあげ始めた。
 私は突然の事に、重くなっている身体を反応させることができず、すぐにカミュに覆い被されられてしまう。左手はカミュの右手に絡め取られ、彼の左手は私の頬をなぞり下唇へと辿り着く。
 カミュは親指を下唇に添えて、そのきれいな顔を近付けてきた。


「オレは欲しいと思ったモノには抜け目がねえんだ。だから、待ってるとは言ったけど、覚悟しとけよナマエ」
「あ……」


 あとほんの数ミリで唇が触れ合ってしまうという目と鼻の先の距離で、そう呟かれる。吐息のかかる擽ったい感覚に思わず目を閉じると、ちゅ、とリップ音が鳴って額に柔らかい感触を感じた。
 驚いて目を見開くと、あの日と同じように青い瞳が熱を含んで私を見ている。その瞳には顔の赤い私が映っていて──瞬間、あの日の光景が脳裏にフラッシュバックした。
 触れるキスも、深いキスも、全部した。肌の擦れる感触も、触れる異性の身体の感触も心地よくて、触れられれば蕩けそうなくらいに気持ちよかった。あの時から、カミュは私を好きでいてくれて、それで、それで──
 

「ひゃ……ぁ……っ、」
「バーカ。ほんと、もうちょい危機感持てよな」


 私が限界だ、と声をあげると、カミュはくすくすと笑いを零して離れていった。
 私を見つめる表情は愛おしいと言ったような感情のようで、戸惑いと羞恥が渦巻いてくらりと目眩が起こる。
 どくん、どくん、と胸が高鳴っている。身体中の血管を巡る血が、一気に加速したかのように身体は熱い。……絶対、熱が上がっている。


 それから、結局私は何も言い返すこともやり返すこともできずに、シルビアが来るまでカミュに掻き乱されながら、そのままベッドで横たわっていたのだった。



2018/11/21