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カミュ


 最近、よく視線を感じる。
 豊穣な大地を荒らす魔物達や利を求めて争う人間達が向けてくる、冷たくて殺気が篭った視線ではなくて、温かくて熱を含んだむず痒い視線を。
 そしてその視線は、決まって右隣を歩く旅の仲間から注がれるのだ。


「…何だ、どうかしたか?」


 気になって隣を盗み見ると、一瞬の事なのにキミはこちらに気が付いて私の顔を覗き込んで来る。
 空を閉じ込めたような青い双眼と視線がかち合った。瞬間、胸が何かに掴まれるような感覚に陥る。
 そうだ、この感覚。この不思議な感覚。
 彼は──カミュは共に旅する仲間で、変な意味も感情もこれといって無い筈なのに。その青くて、綺麗で、熱い瞳に真っ直ぐに見つめられると、どうしてか恥ずかしくて、逃げ出したくなってしまうのだ。


「あー…いや、何でもないよ」
「……そうか、ならいい」


 動揺を悟られないように適当に笑って誤魔化せば、キミはにっ、と柔らかく笑った。
 ほら、その笑い方。
 やっぱり、と確信を得る。
 最近、キミは柔らかく笑うようになった。寄越す視線もそうだ。出会った始めの頃に私に向けていた他者を見抜く様な、見定めるような、警戒心を滾らせている視線なんて微塵も残ってはいなくて、ずっとずっと────優しいものになっている。そしてそこには、幾つか私を溶かすような熱が込められているようで───。


「……っ!」


 そこまで思い至って、その考えを振り払うようにぎゅっと目を瞑った。
 馬鹿な考えに囚われている。だけど、そうは思っても頭を埋め尽くすのはキミの変化ばかり。
 ぶっきらぼうだけど、優しいキミ。
 「最近、よく私の方を見ているけど、何かあった?」なんて馬鹿正直に聞いてみたら、キミは一体どんな反応をするんだろう。豆鉄砲でも食らったような間抜けな顔をするだろうか。それとも、少し頬を赤らめるのだろうか。キミに起きた変化のことを、教えてくれるのだろうか。
 考えればキリがない。だけど、その変化がどうしようもなく気になって仕方がないのだ。


「──うわっ!?」
「おら、ボーッとすんな。足場悪いんだから」


 考え事に専念していたせいか、いつもは気付ける筈のちょっとの段差に躓いてしまった。ぐいっと右隣から引き寄せられて、温かな温もりを感じる。
 視界を掠めるのは緑色の衣と風に揺れる青い髪の毛。感じるのは肩に回されているがっしりとした腕の感触。顔を見上げれば、そこには光を携えた空色の瞳と緩やかに上がった口元があった。
 ほら、またそうやってキミは穏やかに微笑む。目元も口元も緩んでいて、何だかキミは、いつものキミじゃないみたいだ。


 ──思えば、疑問に思い始めたのはいつ頃からだっただろうか。
 見定めるような警戒の視線が無くなった時からだろうか。いや、戦闘中、いつもキミに助けられていることに気がついた時からだろうか。それとも──その涼しげな瞳に、蕩けさすような熱が含まれていることに気付いた時だっただろうか。

 思い出すと、じわり、と顔が熱くなる。平常だった身体はどくん、と脈を打って昂っていった。
 何となく、分かっていた。理解はしていた。その視線の熱の意味も、優しげに笑う顔の意味だって、とっくのとっくに頭では理解していたのだ。私のこの胸の高鳴りは、きっとーーと呼ばれるもので、キミも、カミュだってきっと、私のことを少しぐらいは女としてーーでいてくれるんだろうって。そんなこと、簡単に気付いてしまうものだったのに。


 見ない振りをした。
 気付かない振りをした。
 目を、背けた。


 怖かったんだ。
 キミの変化を気付いて、そのまま目で追い続けた先に、キミが隠そうとしている熱と暗闇の存在に気付いてしまって。でも、恐れながらなおそれを求めてしまう自分がいて。
 私はそんな自分のことも、キミのことも、受け止める覚悟が出来なかった。だから自分に嘘をついて、逃げ道を作って、誤魔化して、何も無かったように取り繕ったんだ。
 その結果が、これだ。


「……はぁ。全く、しっかりしろよなナマエ」


 耳に掛かる吐息が熱い。肩に抱く手にはいつの間にか強い力が込められている。
 知らない。知らないよ。それが何を意味するのかなんて、本当に、知ら、ないんだ。

 知っちゃいけないんだ。


「……ありがとう、カミュ」
「おう」


 熱の瞳を1度だけ見て、逸らした。胸に芽生えたものを暗闇の奥底に投げ捨てて蓋をする。もう、二度と芽生えないように。
 ……例えそれが、無意味なものだとしても。


 自分で自分を嘲笑う。
 ああ──本当に、気付かないふりが上手くなった。