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豪炎寺




「え〜〜、ではこの問題は〜〜」


抑揚の無い教師の説明はお経のように響き渡り、教室中にはカリカリと黒板をチョークが走り駆けていく音が漂っている。
少し開けた窓からは、初夏に相応しい穏やかな風が入ってきていて何とも心地がいい。

憩いの給食と昼休みも終わり、午後一番の数学の授業。
教師が説明している問題は応用力が必要な難しいもので、この時間帯のせいもあってか睡魔の誘惑に陥落したクラスメイト達が続出しているようだ。
1人は首を揺らし1人は腕を付きながら、そしてまた1人は腕を枕にして伏せている。

1年の頃からよく話しているサッカー部のキャプテンの円堂も例外ではなく、教師の目の前で堂々と居眠りをこいていた。ここ最近は、大会に向けて毎日厳しい練習を積んでいると言っていたから疲労が溜まっているのだろう、いびき混じりの寝息を立てているように見える。


「(……眠い)」


でも、私も人のことは言えない。
黒板へと目を向けた教師の目を盗み、口に手を当ててふわぁと大きく欠伸をする。
こんなところを見られたら、授業に集中していないなんて夏未ちゃんに怒られてしまいそうだが、給食後の授業はやはり眠いものだ。
ぼーっとする頭を動かして、身体からの睡眠欲求を噛み締めながら授業に挑む。いっそのこと円堂みたいに眠りに就いてしまいたいところだが、生憎そんな度胸は私には無い。
それに、ここで授業を聞き逃して、問題の解法が分からなくなってしまうのは避けたいところなのだ。


「……ん?」


そんなことを考えていると、視界にいつもとは違う光景が映り込んで来た。ちら、と静かに目を動かして左隣の席を盗み見てみる。


「(……珍しい)」


そこには鉛筆を持ちながらを船を漕いでいるサッカー部のエースの姿があった。特徴的なつり目は綺麗に閉じられていて、すうすうと静かな寝息を立てている。

豪炎寺修也、それが隣の彼の名前だ。
白いツンツン頭に健康的な小麦色の肌。なんでもずば抜けたサッカーセンスの持ち主で、中学サッカー界に1年ながらその名を轟かせていたらしい。
そんな彼はちょっと前に雷門中へと転入してきたのだが、その時の円堂のテンションの上がりようは凄かった。
でもまあ、その気持ちもわからなくもない。

たまたま居合わせた河川敷で見たシュートも、帝国との練習試合で見たシュートも全部全部凄かった。
自らの身の内に燻っている情熱を全て注ぎ込んだようなシュートは、熱くて、綺麗で、見た者の心を簡単に奪い去っていったのだ。円堂も私も、そのうちの一人。
……そんな彼と共にサッカーが出来るチャンスが舞い込んで来たのだから、そりゃテンションも上がるってもんだ。


そんな彼とは最近、円堂との繋がりや席が隣なこともあってか、シュートについて相談を持ち掛けられたりと話す機会が増えた。
話していく中でわかったのは、彼は真面目で優しい人だということ。取っ付き難い雰囲気で口数は少ないけれど、挨拶をしたら返してくれるし、やるべき事はちゃんとやる人だ。サッカーへの想いもあの円堂に負けていないのではないだろうか。以前、分からなかった問題を丁寧に教えてくれたことだってある。
……だからだろうか、授業中に居眠りをしているだなんてちょっと意外だ。


「……ふふ」


あまりにも珍しいのでもうちょっとだけ、と寝顔を眺めてみる。
見えるのはいつものキリッとした表情とは違って普通の少年の表情だ。こう見てるとなかなか可愛く思えてくる。
もしや結構レアな表情だったりするのではないだろうか。今度秋に話してみようかな。


「……ん」
「(……やべっ!)」


なんて、邪な好奇心を持っていたからか、浅い眠りから目を覚ました豪炎寺とバッチリ視線が合ってしまった。
慌てて視線を逸らして黒板へと目を向ける。


「……」


止めていた手の動きを再開させて、自分のやらかしを振り払おうとするけれど、隣からの視線が痛い。かなり痛い。
恐る恐る視線を動かしてみると、綺麗な黒目とばっちり視線が合う。
まずい、完璧に寝顔を見ていたことがバレている。これは授業が終わった後が怖いぞ。


「(終わったらすぐ秋の所に行こう、そうしよう…)」


さっきの事が追及されなければどうにかなるのではないだろうか。苦しいところだが、気の所為にしてもらえればなんてことは無い…はず。

カリカリと鳴っていたチョークの音が止まった。代わりに教師の声が聞こえてくるけれど、そんなものを耳に入れている場合ではない。
授業が終わるまであと10分。
頬を撫でるそよ風と、身を突き刺す視線を受けながら、作戦を練るべく私はまた別に頭を働かせることとなったのだ。