01 「今日から宜しくお願い致します。ロックウェル伯爵夫人」 私の体調が回復するのを待ってから、家族でロンドンを離れ、地方のカントリーハウスへ移動した。 湖畔が近くにあり、厩舎もあれば、森で狩猟をすることが出来る。 他にも大きな変化として、新しい家庭教師が見つかった。 父が懇意にしているロックウェル伯爵の夫人が事情を聴き、カントリーハウスに滞在している期間中なら週に数回、短い時間で教師をしても良い。と名乗り出てくれたらしい。 その伯爵夫妻は人柄が良く、年頃の子供も居ない。 使用人たちも長年使えているベテランが多く、信用に足る人であると父様も保証している。 だから、ここ最近は伯爵夫人の元へ馬車で通う日々が続いた。 「まあまあ。とても素敵な刺繍ですこと」 「あ、ありがとうございます。でも、こんな簡単なモノで誉めていただくなんて」 「何を仰ってるの。貴女の作品は素晴らしいわ。 特に、この辺りの色使いが繊細で…本当にセンスが良いわ」 「……ありがとう、ございます」 『お勉強も進んでいるし、ダンスも上手!むしろ、私が教えてほしいくらいだわ』 そんなことをニコニコいう夫人に、つい、照れて否定的な返事が出てしまう。 夫人は、とにかく何でも褒めてくれて良いところを見付けて、具体的に伝えてくれる。 普段誉められ慣れていないから尻込みしてしまうけれど、それでもやっぱり内心嬉しいものは嬉しい。 ロックウェル邸から戻ってから、庭のベンチで鼻歌交じりに刺繍をしていると、本を持ったアルバート兄様が隣の椅子に腰掛けた。 「ロックウェル伯爵夫人のところに通っていると聞いたけれど、大丈夫そうだね?」 「はい。夫人は苦手な事にもじっくり付き合ってくれて、凄くお優しいんです。 私の刺繍も、褒めてくれました」 「良かったね」 「その…あまりに大袈裟に褒めて下さるもので…。つい、調子に乗って色んな図面を作ってしまいました。あまり多くても使わないし、今度何かの寄付か、ロックウェル伯爵夫人の開くサロンでのプレゼントとして配って頂こうかと」 「そんなに沢山縫ったのかい??」 可笑しそうにひとしきり笑うと、柔く目元を緩めて、穏やかな笑みを向けてくれる。 「やっぱり、アメリアは僕の妹なんだね……ちょっと付き合ってくれるかい? 見せたいモノがあるんだ」 「?、はい」 カントリーハウスにあるアルバート兄様専用の部屋の前に案内される。 扉を開けて自室に入って行くアルバート兄様の背中を見守りながら、「じゃあ、ここで待っているわ」と伝えてその場で足を揃えた。 清潔好きで、自室に誰かが入る事を嫌うアルバート兄様は、メイドはおろか家族すら部屋に入ることを良しとしない。 部屋の中を覗き込むのもあまり良くないだろうと思い、兄様の部屋の扉に背を向け、通路の外窓の方へと視線を流した。 その一連の様子を見ていたアルバートは、扉のドアノブに手を掛けながらくすぐったそうに笑う。 「中まで入っておいで」 「……良いの?」 「良いよ。さ、おいで」 初めて兄様の部屋に入れて貰えることに、嬉しくなってパッと顔が晴れて頬が緩む。 ソファーに促されて座ると、上等な箱がローテーブルの上にそっと置かれ、中には毛糸で出来た編み物がぎっしりと詰まっていた。 繊細な柄で編まれたセーターやマフラー、手袋や帽子。 色とりどりの編み物たちに感嘆の声が漏れる。 「素敵な品物ですね。でも、兄様がお召しになったことがない物ばかり…。 コレクションするのがお好きなの?」 「いいや、それはコレクションじゃなくて、僕が編んだんだ」 「兄様が?」 「うん」 ヒラリと取り出されたセーターは、編んだとは思えないほど細かい絵柄が編み込まれていて、見ていて楽しい。 (絵のセンスはちょっと……というか、かなり、壊滅的だけれど……) 猫?犬…?と首をかしげながら、「可愛い動物ですね」と漏らすと、「うん、羊なんだ」と照れて頬を染めながら返された。 「……ひつじ……」 「何となく、暇潰しの手遊び程度でやってみたら存外面白くてね。 最近はセーターも編めるようになったんだ」 無地で模様の入っていない編み物と兄様を交互に見ては、その細やかで機械で作ったかのように上等で美しい模様に笑みが漏れる。 「凄いです。お店で並んでいても遜色ないくらい、精密で綺麗。さすが、アルバート兄様! この緑色のカーディガンについてるウッドボタンなんか、花の形で可愛いし、素敵……」 「気に入ったのなら、貰ってくれるかい?」 「っ嬉しい!ありがとう、兄様。大切にしますっ」 緑一色で無地だし、こういうカーディガンなら長く着られると思い、『羊のセーター』を横目に見ながら少し大袈裟に喜んだ。 「持て余している分は、秋口に孤児院に寄付したりしていたんだ」 「そうだったんですね」 「もし良ければ、アメリアの刺繍したハンカチとかも一緒に孤児院に寄付させて貰うよ」 「なら、もっとたくさん作ってきます」 クスクスと笑い合っていると、「あぁ」と思い出したようにアルバート兄様が人差し指を唇に当てた。 「父様たちには秘密だよ」 「はい、内緒です」 ×
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