02


「私の名はコハクという。よろしく」
「よろしく、コハクさん」

綺麗な金髪を頭でギュッと一本に結んでいて、青い目をした女性と軽く握手を交わす。
スイカちゃんといい、日本にはいつの間にか外国人の血が混じるようになったらしい。
いや、子供達の顔立ちや髪色、瞳の色を見る限りでは、むしろ純日本人のような見た目をしている子の方が居ない気がする。
みんなそこそこに鼻筋が通っていて、綺麗な顔をしていた。

三千年って、やっぱり長い時間なんだな…。としみじみ感じながら、ニコニコと自己紹介をする。
コハクさんは腰の左側に刀を差しているのだが、何でも、村の中での一番の実力者で、非常時の戦闘員なのだそう。
スラリとした手足は長く、キリッとした目元は涼しげで……女の私から見てもカッコいいなと思う。


「コハクでいい。君は千空の幼馴染みなのだろう?
お隣さん?だったそうじゃないか!それで君達はどれ位前から付き合いが」
「あ”ー、寝る時間無くなるわ。置いてくぞ〜〜」
「え”、待って!!」
「コラ!置いて行くなんて薄情な男だな」

スタスタと先頭を歩いて行く千空と、苦笑いしながらその後ろをついて行くゲン。
そして、慌てて二人を追うコハクと私。

これから、この村の中にある温泉施設に連れて行ってくれるのだという。
旧日本地図でいうなら、今住んでいる此所はあの温泉地帯の箱根に位置する。らしい。
だから、至る所に色々な天然温泉が湧いていても、確かに不思議ではないのだけれど…。

「そーいや、箱根なんて有名な温泉地帯じゃねーか。観光名物、復活して利用しない手はねぇーよなァ?」
の一言で、その施設は出来たのだと、ゲンが言っていた。

千空たちは、地面を掘削して温泉の源泉を汲み上げ、一から温泉施設を作ったというのだから、変な笑いが零れてしまう。
千空の事だから、それくらいは確かにしそう。


ゲンが言うには、本当の狙いはりゅーすい?って人から金を巻き上げる為だとか何とか言っていたけれど、今では村人の殆どが利用している重要な施設になっているのだと。
確かにお金を巻き上げる事も目的の一つに入っていたかもしれないけれど、千空の狙いは本来は皆に温泉を利用させることだったんじゃないかと思う。
思いついたままにそうゲンの前でも零したら、「あは、どうだか」と笑っていたけれど…。

ゲンの笑いは、軽薄に見えるのに全てがそうとも取れないような気がして、少しだけモヤモヤしてしまう。

「おい、どうした?」
「ああ、ごめんごめん」

軽く小走りをして千空の隣に並んで歩く。
通りやすいように人工的に地面を少しならしてあるけれど、現代と違って、この村に夜道を照らす街灯はない。
だから、真っ暗闇の中を歩くには千空が持っているようなランプがないと、山道では転んで怪我をする危険もある。
あまり離れて歩かないようにしないと…。


「ッ!?ヒッ」

不意に山道の脇の森の中でガサガサと茂みが揺れ、同時に生き物が地面を蹴って音がして、思わずビクッッと飛び上がっては、傍に居た千空にしがみつく。

「何かいるッ!!」
「そらぁ居るだろ、森なんだからな」
「け、結構大きい生き物…ッ!」
「んーーーー、あのシルエットは……鹿だな!狩っておくか??」
「コハク、この暗さで見えてるの!!?」

「コハクちゃん、めちゃくちゃ視力良いからね〜〜。とりあえず、食料には困ってないから、鹿は狩らなくてもいいじゃない??これから風呂入って寝るしさ」
「ニホンシカは、夜に出てきて飯食うんだよ。そっとしといてやれ」
「うむ。そうか」

一瞬で居合いの構えを取っていたコハクが、即座に構えを解いて暗い夜道も関係なく、スタスタと歩いて行く。
その凛とした背中を呆けるように見ていたら、「おい」っと抱きつくようにしがみついていた千空に声を掛けられてバッと身を離す。

「ご、ごめん!!思わずびっくりしちゃっただけでっ、その、抱きつく気はなくって、他意はなくってっ!その」

ああああ、と内心でアワアワしながら言葉を紡げば紡ぐほど、墓穴を掘っていくように余計な言葉を零してしまう。

でも、千空には嫌われたくない。という思いがグルグルと渦巻いて、額に手を当てる。
数千年前は何事もなく普通に返せていた筈なのに、石化している間に元々拗らせていた恋心を更に悪い方に拗らせてしまったらしい。

石化する前は「千空に告白しよう。」なんて息巻いていたのに、今では大人の千空を前に、そうする勇気も無くなってしまっているのだから。
そんな私を余所に、千空の大きな手がポンッと軽く頭の上に乗せられた。

「ま、そのうち慣れんだろ」
「…うん」
「ほら、行くぞ」

そうやって、当たり前のように手を差し伸べてくる千空の手を握り、緩く握り返してくれる温もりを感じながら、「やっぱり私は千空が好きだな」と性懲りも無く想っていた。




「七海温泉へようこそ。ごゆっくりおくつろぎ下さい」
「わぁ…」

現代ほど、とまでは行かないけれど、そこそこ立派な建物の障子扉の引き戸を開けた先には、フローリングで出来たエントランスが拡がっていた。
浴衣のようなモノを身に纏った若い女性がぺこりと頭を下げ、扉をゆっくり閉めた。
千空たちに倣って靴を脱いで木のロッカーに入れ、カルガモのヒナのようにチョロチョロと後ろをついて行く。

不意に背中を振り返ると、若い女性が此方を見てはニコリと穏やかな顔で微笑んでお辞儀をした為、会釈を返す。
床を上がってすぐの右側には受付が設けられており、すっかり現代に帰ってきたような気持ちが沸き上がって、少し嬉しくなった。

「よぉー、ババア」
「こんばんは、皆さん。いつもお疲れ様。
…おや、後ろのお嬢さんは初めて見るねぇ?
入館料は、大人なら500ドラコ、10歳から18歳までの未成年と高齢者は200ドラコになりますよ」
「お金…。私、無一文で」
「俺が払うに決まってんだろが。ほら、コイツの分の入館料。
あと、タオルのセットと浴衣のレンタルもな。んで、俺とコハクとゲンは永年パス」
「はい、確かに。ごゆっくり〜」
「千空!ありがとう〜〜っ!!」
「てめぇが金ないのなんて知ってるわ。だから、一緒に来てんだろよ」
「ヒュ〜〜、千空ちゃんったら、男前〜〜!」
「殺すぞ」

浴衣を着たお婆ちゃんにタオルなどを渡される中、千空たちは若い女性から当たり前のようにバスタオルと浴衣を受け取っていた。

永年パスと言っていたけど、年パスポートとはまた違うのだろうか…?

「あ゛?そりゃー、俺たちが掘削して温泉掘り当てたからな。んで、建物まで造ってやって、そのあとの運営権やそこの温泉の使用権を別の奴に売っ払ったんだよ。
ただでさえクソ忙しいのに、ちまちま運営してるわけにもいかねーからな」

「そそ。権利を売って、運営を全部任せるって言ったら、永年パスが贈与されたっつーわけよ〜」
「ハッ、パスを渡す代わりに施設の整備と修理は無料で!なんていうから、アイツもなかなかやるな」

「まァ、しばらくは壊れねぇから大丈夫だろ。念のため、水質チェックも年に何回か、俺たちでやってる。
レジオネラ肺炎の患者を出すわけにはいかねぇからな。
ちなみに、ここに卸してるバスタオルや浴衣は俺たちの工場で造って、リースしてやってる。洗濯は、水車洗濯乾燥機でほぼ全自動だ。
リース料金を考えりゃあ、マイナスどころか百億パーセントのプラスだ。ヒッヒッヒ」
「うわぁー…」

歯を剥き出しにして悪い顔で笑っている千空を前に、コハクと一緒に生温かい目で見つめる。
エントランスの奥は、そのまま温泉施設になっているみたいだけれど、その途中にある中通路は隣の建物と繋がっているらしく、向こう側から楽しそうな人の笑い声などが聞こえた。

ちょんちょんと前を歩いていたゲンの肩を叩くと、「ん〜?どったの?」と人懐っこい薄ら笑いをしながら、声を聞きやすいように軽く身を屈めてくれる。

「ねぇ、隣の建物には何があるの?」
「隣はねぇ、娯楽施設なのよ〜〜!
漫画見放題、テーブルゲームやミニスポーツ、健康ジムなんてのもあるよ〜〜?
数は限られてるけれど宿泊も出来るし、あとは軽く寝転がれる休憩所なんてのもね」
「龍水のヤツ、ほんとすーぐ娯楽施設造りたがるからな」
「まー、そのわりには千空ちゃんも超楽しそうに設営に関わってなかったっけ〜〜?」
「ククッ、そうだったか?」
「後で、一緒に見にゆこうか!」
「うん!」

男女で色の違う「ゆ」と大きく書かれた暖簾の前で千空たちと分かれて潜ると、入れ違うように湯から出てくる子供たちの姿があった。
その中に、さっきギターを聞きに来ていた子供たちの顔が混ざっており、お互いに気づいては「あーー!!」と子供に声を上げられる。

「さっきのギターの姉ちゃんだー!」
「千空のところのお姉ちゃん!」
「コハクも〜!」
「こんばんは」
「「「こんばんわ〜〜!」」
「またギター、聞かせてね!」
「お休みなさい!」

わらわらと元気いっぱいに手を振りながら出ていく子供たちに手を振り返す。
何だか元気を分けて貰ったようで嬉しくて、ヘラヘラしながらその背中が見えなくなるまでコハクと一緒に見送った。

「幼い子供たちはほぼ無料で使えることになってるから、皆食事の後で此処に入りに来るんだ」
「そうなんだね〜」
「ああ、村の老人たちは夕食前の夕方には入りに来ているから、この時間はわりと穴場だぞ」

スルリと服を脱いだコハクは、木で出来た棚に入っているカゴに脱いだ服を畳んで仕舞う。
コハクの、スレンダーで引き締まった体についつい目が行きそうになりつつも、パッと目を反らしては意を決して自分も服を脱いでいく。
麻の布で出来た服は、ほぼ1枚布で作られているワンピースのため、脱いでしまえばすぐに全裸になってしまうのだけれど…。


「え?」

服を脱いで顕われた自分の貧相な裸体に視線を落とした時、異質なものが目に映って、つい視線が釘付けになる。
白い肌を降りていった先、左足の内腿に黒い線で書いた落書きのような紋が走っていた。
ビックリして脱いだワンピースを腕に抱えたまま、内腿に描かれている線を指でなぞる。


タトゥーではない。小さく細い溝みたいだ。
どれかといえば、千空の顔にあるヒビのような痕に似ているような…。
そう言えば、入れ墨とかがあると、温泉って入っちゃいけなかったんじゃ…?

(…あ、少しだけ、四分音符に似てる。)

「ああ、君はここに出ているのだな」
「っ!きゃあ」
「おお、すまんすまん。石化から初めて復活する者は、石化していた時に経年劣化していた部位がヒビのような傷として残ってるらしいぞ。
最も、二回目石化した時には殆どの者がその傷痕も消えるらしいがな」
「……じゃあ、問題なくお風呂は入っていいの?」
「?当たり前だろ?」
「っ良かった〜〜!」

ホッと息をつき、コハクと共に温泉に入る前に体を綺麗に洗い流していく。

(石けんに、シャンプーに、リンス…?うわぁ…、現代と同じだ)

違うところは、シャンプーもリンスもガラスのビンに入ってることくらいかもしれない。
髪の毛が長いから、シャンプーがあるのは正直すごく有難い。
ザバッと髪の毛を洗った泡を落とし、リンスを濡れた髪に馴染ましてから乾いたタオルを髪の毛に巻き付ける。


「そうだ、背中を洗おう」
「ええ!?大丈夫だよ」
「遠慮するな、裸の付き合いというやつだ。ホレホレ〜〜」
「あはは、くすぐったいよ、コハク!」


やり返すようにコハクの背中を洗ったりしていると、また別の場所をやり返され、二人して剃毛前の羊のように全身モコモコの泡だらけになっては可笑しくなってまた笑い合う。
今日がほぼ初対面だというのに、初対面のような気がしないほど、二人して馬鹿みたいに笑い合った。
きゃあきゃあ、という笑い声を聞いた男子風呂では「マジうっせぇわ、アイツら」と苦言を漏されていた。


「俺たちも対抗して洗いっこする?」
「は?何気持ち悪いこと言ってんだテメェ」
「だ・よ・ね〜〜。ウンウン、分かってた分かってた!!」



 


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