他 | ナノ
 
クラムボンは、なぜわらったの? 4

『グラスレー社代表、サリウス・ゼネリ氏がランブルリング最中に誘拐された事件の続報です。
昨夜犯行声明を出したのは、フォルドの夜明けというテログループであり…』



学園内外はテロの話で持ちきりになっており、少し前のプラントクエタでのテロ行為情報までマスコミにリークされているようだ。

ベネリットグループが地球に対して行っていた武力治安活動の様子まで報じられており、マスコミを通してベネリットグループ全体への批判が高まっているのは手に取るように分かった。
だから余計に、ベネリットグループの中核くらいの会社の子息令嬢たちは、親の意向もあって学園を離れていく学生が増えた。


ペイル寮の生徒の数も随分と減ってしまった。



(まあ…生徒が減ったとしても寮の維持コストは発生するし、残ってる学生のケアもしないといけないから、結局忙しいのは変わらないのだけど…)


もうすぐ三年生も卒業を迎えるけれど、ベネリットグループの名誉回復と学内の安全を計れなければ復帰は叶わないし、在宅待機学生にも留年や退学者も続出する。


そうなれば、今年度のペイル社の新人入職者の数は例年を大きく下回ってしまうリスクがある。


ペイルは、御三家と言われるだけあってかなり規模の大きい会社だ。
質の良い人材を確保出来なければ、経営は厳しくなってしまうだろう。


…ペイルCEOは何を考えているか分からない。


勿論、水面下で何か動いている可能性は高いけれど。




「エラン様が動かない以上、私も特に出来ることはないんだよね…」


タブレットを指でスイっと動かして最新ニュースを閉じ、最小化させていた学園内マップを拡大する。

ナビの行き先を確認してから顔を上げたとき、ふと通路の先からグラスレーの見知った顔の面々が現れ、つい顔がほころぶ。



「こんにちは、シャディク様。サビーナ」
「やぁ、秘書子ちゃん」
「……」

いつもは背に流しているサラサラな金髪をお団子のようにして一つに纏め、カッチリとした詰襟のジャケットを羽織っているグラスレー寮長のシャディク様。


そのシャディク様に付き従うように後ろで控えているサビーナと目が合うも、気まずそうに目をそらして軽く会釈を返した事に違和感を感じ、何かしてしまったかと首を傾げた。


だから、つい足を止めてしまったのかもしれない。



「秘書子ちゃん。ランブルリングの後、怪我をしたと聴いたけれど大丈夫かい?」
「え、はい。でも、すぐにエラン様が綺麗に処置してくださったので、大丈夫でした。グラスレー社も、大変ですよね。サリウス代表の事…」
「ありがとう。父さんなら、映像データが届いたから無事なことは確認しているし、捜査もして貰ってるから大丈夫」
「そうでしたか…」


シャディク様を見つつも、意識は視界の端にいるサビーナへ向いており、あまり気の利いた事を言えないことに申し訳なく思っていた時、シャディク様がうっすらと嗤った。


「そういえばエランは元気かな。
ランブルリングの時、エランの戦闘スタイルが変わったみたいだけど、何か知ってるかい?」
「きっと、色んな戦闘スタイルを試されてるんですよ」
「ふーん…?」


何でエラン様の事を訊いてくるのだろう。

そう言えば、此処はペイル寮から校舎に繋がる通路。この奧は、ペイル寮しかない。


なのに、どうして彼等は、此処を通ろうとしてたのだろうか。

誰かに、会おうとしてた?


エラン様?それとも…。


ハッと我に返り、サァっと血の気が失せてタブレットをギュッと抱き締めて後ずさりする。



「ねぇ、秘書子ちゃん。ちょっと話がしたいんだけど、良いかな?」
「申し訳ありません、この後予定がありまして」


失礼します。とペイル寮の方へと引き返そうとしたのに、サビーナが目の前に立ちはだかって行く道を塞いでしまう。


「残念だけど、話が終わるまで逃がしてあげる気はないよ。大人しく付いてきてくれるなら、手荒な事はしない」
「……」
「私たちと一緒に来て貰おう」
「サビーナ…」
「すまない」


サビーナに肩を押され、連行されるようにそのままグラスレー寮の扉をくぐる。

天井のステンドグラスから青い光が通路に降り注ぎ、まるで海の中に居るようだ。


近代的なペイル寮とは全く異なり、アラビア風でお洒落なグラスレー寮の内装に緊張して肩に力が入る。



「そんなに緊張しなくていい。君に危害を加えるつもりは無いんだ」


シャディク様のゆったりとした微笑みにひっそりと息を吐きつつ、腕の中のタブレットをギュウッと深く抱き締める。

ソファーとモニターだけある応接間に通され、サビーナに促されるままにシャディク様と向き合うようにソファーに座らされると、タイミングを図ったようにお茶を持ったエナオさんがやって来た。



「……ありがとう、エナオ」 


カチャと紅茶のカップを置き、シャディク様の言葉に無言でペコリと頭を下げて退室していく。

スライド式の扉が閉まると同時に、ヒヤリとしたシャディク様の視線に晒されて生唾を飲み込む。




「単刀直入に訊くけど、あのエランは誰かな?」



やっぱり、とっくに気付いていたんですね…。

なんて口にすることは出来ず、タブレットを抱きながらただ押し黙る。


「少し前まで学園に居たエランと、コンペティションで見たエランとも別人だったね?他の人はともかく、俺の目は誤魔化せない。
普段の言動もそうだけど、戦闘スタイルも、何もかもが違う。君への態度も」
「………」
「学園に居たあのエランが乗ったファラクトは”ガンダム”だった。それはペイルCEOも認めてる。
ガンダムに乗ったということは、少なからずパーメットの影響を受けている筈。
しかも、あのガンビットの数や性能なら、機体からの情報量の逆噴射で相当なパーメットが流入して、常人なら一瞬で廃人になっている筈だ。
なのに、あのエランはまだ戦闘後も息があった」
「………」

「なぁ、秘書子ちゃん。
あの時のエランは、もう死んでるんだろう?」


グッと胸の奧から熱いものが込み上げ、目元まで熱い。
ギュッとタブレットを握り締めている手が、力を込めすぎたせいで真っ白になっていた。


(……何も、話してはダメ)


答えちゃいけない。
これは、ペイル・テクノロジーズの極秘事項の一つ。余所に知られれば、会社がフリになってしまう大きな弱味だ。


しかも、相手はペイルと争っているご三家の一つ。

私の言動一つで、エラン様の立場が危うくなってしまう。



「何の事か、解りかねます」
「…………勘違いしないように言っておくけど、俺はペイルを貶める気は無いよ。
君を確保しようとしたのも、君の価値を再認識したからだ」


ピッとシャディク様がスクリーンに映し出したのは、防犯カメラに映っている私と、削除した筈の学園サーバーのクラッキング履歴。


「学内プログラムに侵入して、電光掲示板を全てハッキングしたのは君だろ?
履歴から端末は追えないようにされていたけれど、こちらで何とか復元させて貰った」
「……確かにコレをしたのは私ですが、エラン様とは無関係です。罰するなら」
「そんな物騒なことはしないさ」


ピッと画面が切り替わり、コンペティションパーティーに参加した時のであろう、本物のエラン様の隠し撮り写真が映し出される。


「〈本物〉のエランの性悪さは、俺も知ってる。
そのエランが、学園に影武者を送り込んでいる上に、決闘のみならず学園生活も全部影武者に委ねてる」
「………」
「そうなると、影武者に好き勝手されると困るから、監視とサポートをする人間が必要。
つまり、君だ。
君は、本物に近いアクセス権を持ってる。
学内サーバーの閲覧履歴などから、あの二人の地球寮の生徒のことも、テロ工作員だと事前に見抜いていたんじゃないかな?
エランに”あの二人と距離を取るように”と言っていた姿も、君を監視していたサビーナが確認している」


監視、されていたのは気付かなかった。

思えば、サビーナと初めて話した時も、不自然ではあった。

前任者の”彼”が初めて決闘を受けたタイミングで、接触してきた……ということは、シャディク様は戦闘スタイルから彼が〈エラン・ケレス〉とは別人だと確信したから、私を近くで見張ることが出来るようにサビーナを送り込んできたのかもしれない……。


チラリと私の後ろに立って控えているサビーナへ視線を向けると、いつもはクールな彼女の表情が少しだけ翳った。


「私を、どうされるおつもりですか?」
「悪い話じゃない。君には、俺とペイルの橋渡しをして欲しいんだ。それと、フロント管理者のサーバーから、抜いて欲しい情報があるんだ」
「橋渡し、ですか?」
「ああ、正確にはペイル社CEO。
そして〈本物のエラン・ケレス〉との、ね」


不敵に微笑むシャディク様。
きっと、私に断る選択肢は無いのだということは分かった。

それに、どうせ私が頷かなくてもこの後に影武者の彼に接触されるのは分かりきってる。
なら、此処である程度交換条件を突きつけてしまう方が良い。


「かしこまりました。その代わり、交換条件があります」
「聞こう」
「影武者の方の、エラン・ケレス様の身の安全です。あと、偽造生徒手帳も用意していただけると助かります。
この程度、貴方には造作も無いと思いますが」
「へぇ…成る程。いいよ、それでいこう。
じゃあ、エランとの面会の日を決めようか」


タブレットを開いてテレビ通話をかけると、スリーコールしない内に『どうした?』と淡々とした声のエラン様と繋がる。



「エラン様、今お時間大丈夫ですか?」
『大丈夫だから出たんだろ。今移動中なんだ、手短に話せ』

その塩対応っぷりを見ていたシャディク様が呆れたようにやれやれとした顔をする中、「……実は」と事の次第を説明していく。



「――という訳でして。申し訳ありません、エラン様」
『ハァー……まあ、そのうちアイツなら嗅ぎ付けるとは思ってた。直接話す、電話代われ』
「わ、分かりました」


タブレットごと目の前のシャディク様に手渡すと、向こうもテレビ通話に切り換えたのか、画面にエラン様の不機嫌そうな顔が映し出されていた。


「”久しぶり”、エラン?」
『白々しい奴だな。グエル・ジェタークはともかく、お前は入学の段階で薄々気付いてたろ?
それに……どうせ地球寮に新しく入ったっていう二人も、手引きしたのはお前だろ?今回のテロも、サリウス代表の誘拐もな』
「どうしてそう思うんだ?」
『ソイツから転入生の報告を受けた時に、すぐにピンと来たんだよ。
身元が不確かなアーシアンの連中とコネクションを持てて、且つダミー会社を作ってバレずに学園内に送り込める人間なんて、そうそう居ない。
だから、全部お前の仕業なんじゃないかと思ったんだよ。なぁ、"プリンス"?』
「参ったな……でも、お前が相変わらずで安心したよ」
『ハッ。お互い様だろ』


軽く日程のやり取りをした後、「じゃあ、返すね」と通話を繋いだままの端末をシャディク様から返された。

男同士の語らいが楽しかったのか、画面越しのエラン様がさっきよりもかなり機嫌が良くなっていることにホッとしていると、「じゃあ、俺は先に失礼するよ」とシャディク様がソファーから腰を上げた。


「あぁ、そうだ。秘書子ちゃん。
〈例のモノ〉すぐに準備して持たせてあげるから、此処で待っててくれるかい?」
「ありがとうございます」

シャディク様と一緒にサビーナも出ていき、部屋がシンッとなると画面越しのエラン様と向き合った。


『で?……アイツと、何の取引をしたんだ?』
「とくに大したことじゃないですよ??」
『ったく.…お前、学園辞めてこっちに戻ってこい』
「は!?」
『どうしてもっていうなら、休学でも良い。
でも、今回のテロ行為で、学園内の生徒もかなり離れていく筈だ。これ以上、決闘ゲームに参加してやる道理もない。
俺のトコより学園の方がマシかと思ったが、今は肝心の学園もきな臭いしな』
「……」


え、心配してくれてるんだ?と思っていると、画面のエラン様が眉を寄せて険しい顔になったことで、自然と背筋が伸びた。


『シャディク・ゼネリのあの反応を見る限り、まだまだ幾つか此方に見せていない手札がある筈だ。
なら、危険地帯にこれ以上お前を留まらせておく必要はない。
それにな……これ以上俺の部下をポンコツにされちゃ敵わんし』
「はい?」
『何でもない。すぐ学園を離れる準備をしておけよ。なんなら、〈エラン・ケレス〉も退学処理で構わない』
「どうしてですか?もうすぐ卒業なのに…」
『多分、そんな平和ボケしてる暇なんて無くなりそうだからな』





















「エラン様の指示で、学園を離れることになりました。貴方をどうするかも決まっていませんので、当面は様子見で、私のみ休学申請に留めておく予定です」
「そっかぁ。まあ、僕もCEOからの任務は続行してるから、その方が助かるよ。じゃあ元気で」


何でもないようにカラリと笑って、あっさりと別れを告げる姿がなんだか憎たらしくて、ムッとしながら彼を見つめると「えぇ?なんで怒ってるの」と首を傾げられた。


「結構、貴方も薄情ですよね」
「君だってそうじゃないか。出来る限りの事はするとか言ってたのに、あっさり学園から出るって言うし?
結局、君は本物様が守ってくれるんだから」


僕の身は、僕しか守れないんだよね。

そう唇を尖らせるのエラン様に、シャディク様から渡された偽造IDの生徒手帳を取り出す。


「なにそれ?」
「偽造IDを用意しました。
代わりに、今持ってる生徒手帳は時期を見て破棄することをお奨めします」
「は?なんで」
「生徒手帳を使うと、学園の内すべての扉の開閉記録をフロント管理者権限で閲覧できるので、自動的に居場所がバレてしまいます。あと、GPSが仕込まれてるので、逃げたらCEOにバレます」
「………あの、ババア共。
でも、今そうされると僕も困るんだよなぁ」


ペイルCEOより「スレッタ様を篭絡し、ガンダムを奪取する計画」を担わされている彼は、まだ逃げる訳にはいかない理由がある。


「万が一、何かあったらグラスレーのサビーネを訪ねてください。シャディク様にも話は通してあるので、上手く匿ってくれる筈です。
それに、シャディク様なら、フロント管理者の目を掻い潜って密入国させるのも簡単に出来ます」
「グラスレーが裏に居るって解っているのに、敢えて飛び込ませようなんて罠としか思えない。
誰の差し金かな?」
「誰のでも無いです。強いて云うなら、私、です」
「ハア?」


訝しげに眉を寄せたエラン様を前に、ギュッと手の平を握り締める。


「もう、誰かが死ぬのは嫌なんです。だから、殺されるくらいなら、逃げた方が良いです」
「僕が逃げたら、君も困るんじゃない?」
「エラン様に頑張って取り入って……上手く、やりますよ」
「………なんでそこまで気にかけてくれるわけ?」
「今までの〈エラン〉が、貴方じゃないのも解ってます。
でも、誰であっても、もう私は貴方(エラン)を死なせたくない。
あの時、助けに来てくれた恩返しも出来ずにむざむざ失うなんて、出来ない……っ」



偽造IDの生徒手帳をエラン様の胸にドッと押し付けながら、荒く息を吐く。



「"死なないでください"!生きて、生き抜いてください。
顔を変えても、名前を変えても、誰になったとしてもッ!」
「!」



あの日、”彼”に言えなかった事を、やっと言えた。


ずっと胸の奥にしこりみたいに残っていた言葉を言えたことで、私の中にあった感情にやっと区切りを付けることができたような気がした。


ため息をつくように穏やかに息を吐いたエラン様が、自身の胸に押し付けられた生徒手帳と私の手をそっと覆った。



「……僕はもう、とっくに顔も名前も棄ててるよ」
「そう、でしたね。すみません」


いつの間にか込み上げてきていたモノを片腕の服の袖で拭っていると、生徒手帳ごと手を握られてることに気付いて一気に頬が熱くなる。



「勿体無い事したね、"僕たち"」
「……エラン、…さ?、っ」


スルリとしなやな指先が顎に添えられると、額に唇を押し当てられる。
唇の感触に何度も瞬きを繰り返すと、しばらくしてほんの少しだけ名残惜しそうな顔で唇が離れた。


「ありがと」


見たことがないくらいに柔らかく穏やかに微笑んだエラン・ケレスの顔を、惚けたまま見上げる。

「バイバイ」と呟いた優しい声色と背中が、かつての"彼"と重なって、また視界が大きく歪んだ。



「……どうか、ご無事で」







prev next






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -