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クラムボンは煌めく 2

「じゃあ、また」
「はい、お待ちしてますね」


検査に行く彼を送り出し、タブレットをカウンター席に置く。
フワフワと浮かびながら珈琲メーカーの器械を操作してカフェラテのボタンを押すと、準重力空間になっている器械の中で、カタンッと音がしてカップがセットされてミルクなどが注がれていく。

その様子をボーッと見つめていた時、扉が開く音がして見慣れた人影が視界の端に映った。


「よぉ、久しぶり」
「エラン、様」


気安い言葉遣いで声をかけてくるエラン様に深く頭を下げると、「相変わらずお前は堅苦しいなぁ」と呆れ声を返された。

ピーッと音を立ててカフェオレが製造し終わった音に、エラン様が「相変わらず好きなんだな、ソレ」と笑いながら、器械から勝手に取り出して飲み始めてしまう。

休憩室のカウンター席に腰掛け、「甘っ」と不満そうな声を漏らした。



「どうして、此方に?」
「慰問だよ。お前から珍しく決闘の報告を貰ったし、ちょうど近場のフロントに居たから顔を出してやろうと思って。
今回のはパイロット経験スキルで選んだだけあって、余裕で勝ったみたいだな」
「はい。勿論、定期の生体データの数値確認もありますが、寮長としてもたまには決闘を受けないといけません。……でも、彼ならそうそう負けることはないです」
「………」


カップに口を付けながら、ジッと此方を見ていたエラン様が僅かに目を細める。


「………フゥン?」
「何ですか?」
「イヤ?分かってると思うが、情を移すなよ」
「、は……」
「あいつらはただの捨て駒だ。そうだろ?」


嗤いながら此方を見てくるエラン様の視線には、「お前もな」と意味が込められているような気がした。

胸がズキズキと傷んで、つい思わず「酷いです」と口答えしてしまった。
言ってしまってからハッとしたものの、吐いた唾は飲めないと思って、想いをそのままエラン様に向けた。


「そんな言い方、あんまりじゃないですか…」
「お前こそ、強化人士がどういう用途で作られてるのか、忘れたわけじゃないよな。
今までだって、そうして来たろ?」


確かに、そう。
私も、彼らを使い潰してきた側の人間だというのに、今更「可哀想」だと云うなんて虫が良すぎるし、それこそ傲慢だ。

「………」


返す言葉を無くして黙り込んでいると、呆れたように息を吐いたエラン様が、飽きたカフェオレのカップを押し付けるように手渡してくる。

残り半分以下になってしまったカップの水面を見ると、想像以上にしょげた顔をしている自分の顔に、少しだけ嫌気が差した。


「まあ、上手くやってるのなら、俺から言うことは特に無いな。……それより、」

反動を付けてカウンターから離れたエラン様がぶつかってきて、そのまま肩と背中に腕を回される。


「俺の部屋に来いよ。久々の婚約者同士、仲良くしよう。
…な?」
「…………はい」














自身の後処理を済ませるとあっさりと「またな」と言って帰ってしまったエラン様の背中を見送り、ボサボサに乱れた髪を手櫛で直した。


飲み干したカフェオレのカップは、グシャグシャに潰されて、ゴミ箱の中で横たわっている。


少し尾を引いている熱から這い出すように、ベッドの端に座って床に足を下ろした。


「………」


研究施設内にある特定の幹部だけが使える執務室の中で、ひっそりとため息をつきながら強化ガラスの壁に触れて向こうの真っ暗な宇宙空間を見つめた。

誘導灯や監視衛星機が色んなところで光っていて、黒い景色を鮮やかに彩っている。


このフロントはペイル社の子会社が沢山入ってるからか、フロント港では引っ切り無しに色んな船が出入りしてるのが見えた。


……あの中の一つに、エラン様も乗ってるのだろう。


本物のエラン様は、学園に通っていない代わりに会社の事業の方を手伝っているから、色んな惑星を渡り歩いてかなり忙しい身の筈だ。


こうして、少しでも気にかけて貰っているだけで、本当は有り難いと思わないといけない。
そうと解っていても、胸の中に何かがつっかえた状態のままでズキズキと痛んで、上手く言葉には出来なかった。



「……私も帰ろう」



簡単に身だしなみを整えた時、ふとタブレットを休憩室に置きっぱなしだった。ということに気付いてため息をつく。

また施設内をうろうろするしか無いかと諦めながら部屋の外扉を開けて廊下に出た時、強化ガラスで出来た回廊の向こう側に、見慣れた人が立って居るのが見え、足を止めた。


このフロントは太陽から遠くて光は届かず、宇宙から浴びる放射線量も非常に少ない。


だというのに、薄暗いガラス回廊の中で真っ直ぐ黒い宇宙を見つめて立っているその人の場所だけ、まるでうっすらと光が指してるように、はっきりと姿が見えた。


此方に気づいたその人が振り返ると、白いタッセルが優しくその耳元で揺れる。



「エラン、様?此処で、待っていらしたんですか」
「うん。休憩室に端末が置きっぱなしになってたから、一緒に戻った方がいいかと思って」


はい、コレ。と私が普段使っているタブレットを手渡され、少し戸惑いながら礼を言って受け取る。


「ベルメリア・ウィンストンから居場所は聞いたけど、取り込み中みたいだったから離れて待ってた。……迷惑だった?」
「いえ。あの、お待たせしてしまって申し訳ありません。それと、不快な想いをさせてしまって……」
「別に、気にしてないよ」


本当に気にしてないのか、彼の表情から読み取ることは出来ない。

何だか気まずい空気に居たたまれなくなって、向かい合いながら「帰りましょうか」と苦笑いすると「うん」と色の無い返事がきたことに安堵する。


「よし、じゃあナビを起動させよう」と意気込んでタブレットを弄っていると、それをジッと見下ろしていたエラン様が、不意に声を漏らす。


「君が……」
「はい?」
「……嫌な事なら、はっきり言った方がいい。
君には、まだそれを言う権利があるんだ」


ポツリとそう言ったエラン様は、少しだけ苦しげな顔をしていた。

怒っているような、でも少しだけ悲しんでいるような……羨んでいるような、そんな複雑な感情が入り交じった顔だ。


けれど、すぐにスッと元の感情の抜け落ちたような能面の顔になり、何事も無かったかのように私の手元のタブレットの音声に従って踵を返す。


「…、…」


私は初めて彼が見せた表情に釘付けになってしまい、数秒経ってから我に返ると慌ててその背中を追いかけた。


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