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クラムボンは死んだ 

「紹介するよ、俺の新しい強化人士」


からりと笑うペイル社御曹司のエラン様に連れて来られた強化人士の少年は、エラン様そっくりな造形をしており、その顔は能面のように暗く無表情だった。

エラン様は黒いスーツを着ており、強化人士はアスティカシア学園の制服を着用していて、表情筋が死んだようにニコリともしない。

二人が並ぶとその異質さは明らかだ。


同じ人間が並んでいる筈なのに、まるでそっくりのマネキンが立っているように人間味を感じない雰囲気に、「また違うタイプの面倒な人が来てしまった…」と内心溜め息を漏らす。


世界を牛耳るベネリットグループを支える御三家の一つ、ペイル・テクノロジーズはガンドのパーメットに耐え得る非人道的な強化人士を生産し、パイロットの命を蝕むガンダムに搭乗させている。


ガンダム及び、ガンドは条約にて禁止されているのに、ペイルは水面下でガンダムを使い続け、アスティカシア学園の中で密かに実験データを採取していた。


そして、学園の絶対ルールの【決闘】に勝ち続ける事で、御三家御曹司の『エラン・ケレス』はペイル寮の寮長の座に治まっている。


その『エラン・ケレス』は、何人かのエラン・ケレスの顔に成り済ました死体の上に積み上がった偶像なのは、私とペイル社の上部しか知らない秘密だ。


あと、目の前にいる本物のエラン・ケレスだけ。


私の、未来の夫になる"かも知れない"人。



「この前の決闘で3号は調整不可。あまり時間が無かったから、とりあえずパイロット適正が高い奴を選抜したってさ。
また俺の代わりに学園に通わせるから、周りにバレないように上手く立ち回らせてくれよ?」
「はい、解りました」
「じゃあ、よろしく。俺の婚約者"候補"サマ?」


わざとらしく『候補』を強調するように言っては、肩をポンポンッと軽く叩いて此方を見ずに去っていく背中を二人で黙って見送る。
シュンッとスライド式の扉が閉まってから、目の前のエラン・ケレスに向き合った。


「初めまして。………名前は何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「何でも良い」
「では、エラン様。学園に戻りがてら、説明させて頂きます」


目は合ってる筈なのに、視線が交わされていないような奇妙な感覚を覚えながら彼をそっと出口に案内する。

専用のリムジンでペイル社の研究施設からアスティカシア学園に移動しながら、生徒手帳を渡してその他に学園生活で必要なモノについて淡々と説明していく。

私もエラン様の強化人士を案内するのは今回が初めてという訳ではないため、やや業務じみた口調で淡々と学園の概要や決闘について話していく。


その間も此方に目もくれずに指をツイッと動かしては、生徒手帳にダウンロードされた学園マップを興味無さそうに見ているエラン様に、内心少しだけ苛立ちが勝る。


「……此処までで、何か質問はございますか?」


一気に説明したから、話し半分くらいで聞き流しているだろうなというのを感じつつも、ちゃんと説明はしておかないといけない。

一歩学園に足を踏み入れた時点で、この人は『エラン・ケレス』として周囲から接される。
もし何か粗相をしてしまえば、将来的に全て本物のエラン様にも降りかかってきてしまう。


特になくそのまま沈黙の時間が訪れるのかと思いきや、ふと此方に視線を向けてきて、月を映した様な物静かな黄緑の瞳に見つめられてドキリとした。

「………一つ、良いかい?」
「はい、どうぞ」
「婚約者候補って言うのは?」
「………」


何を考えているのか分からない無感動な目に見つめられ、嫌なところを突かれた事に戸惑って返答に困る。
一瞬、ふと視線を落としたエラン様だったけれど、表情の無い顔のままコテンと小首を傾げた。


「それによって、僕の君への態度も変わる」
「あ、あぁ……成る程、そうですね。
一応、私はペイル社御曹司のエラン・ケレス様の遠縁であり、婚約者としての教育を受けています。
何も無ければ、学園卒業と同時に籍を入れる手筈になっているので、婚約者という呼び方で公的には間違ってはいません。
ですが、学園にはベネリットグループ総裁の一人娘である、ミオリネ・レンブラン様が入学されました」


ミオリネ様の入学に際し、ベネリットグループ総裁は、あるルールを課しました。


アスティカシア学園の〈決闘〉にて決められる、学園一番のパイロットである〈ホルダー〉にミオリネ様を花嫁として宛がうと。

そして、次期ベネリットグループ総裁の座を約束されました。



「もし、エラン様が学園の規定する〈決闘〉に勝利して〈ホルダー〉の立場を得られた場合。
エラン様はミオリネ様とご成婚され、私との婚約の話は無かった事になります」
「……僕が〈決闘〉で勝利すれば、君はお払い箱になる?」
「そう云う事に、なります。
えーっと……なので、婚約者"候補"と言うのも間違いでは、ありません」
「………そう」


自分で訊いておいて全く興味が無さそうに窓の景色へ視線を移したエラン様は、数拍置いてから溜め息をつくように息を吐いた。


「僕はその人に興味は無いし、今回の影武者を引き受ける事に対して〈ホルダー〉についての言及は無かった。安心して良い」
「…え?」
「君は、エラン・ケレスの婚約者として振る舞って問題ない」


少なくとも、"僕"がエラン・ケレスで居る間は。


窓の外の景色にも興味を無くしたように目を伏せた新しいエラン様は、軽く腕を組むとそのまま背もたれにもたれ掛かる。


「少し眠りますか?」
「うん。残りの説明は、着いてから」


数秒後には目を閉じて静かになったエラン様。
眠っているかどうかは分からないけれど、体よく会話を打ち切らせたかっただけなのかも知れない。
口をつぐんでは、無駄に広く余ったスペースがあるリムジンの中でひっそりと息を潜めた。


(…………息苦しい)


学園だけじゃなく、何処に行っても。


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