-奪われた真実-08 「貴方は……私たちを、なんだと思っているのっ?」 「う―――ん……。『雫』かなぁ」 浅く生えた顎ひげを掻きながらの返答にエレナは目を見開き、その頬を打とうと思わず手を振り上げるも耐えて腕を下ろす。 「器の少年もペガサステンマも、おいらがこの聖戦の舞台に落としたほんの一滴よ。 この二人の乱痴気騒ぎのシナリオに、君も混ぜてあげただけさ」 「……先程からシナリオや舞台等と、まるでこの聖戦を観劇か何かのように言うのね」 「間違ってないさ。おいらはそのシナリオ為に、あれこれしているだけ。 例えば話を盛り上げる為には、愛のように悲劇的な要素もなくっちゃつまらねぇ。お前さんの器の少年への愛や、聖闘士たちへの想いはそのシナリオを引き立てる脇役でしかないのよ!」 「!なんて、ことを…ッ」 怒りで握りしめた掌に爪が食い込んでわずかに血が滲む。 「でも、そうしていくのが楽しいのよ。お前さんが今更どうしようとも、これから起きる『運命』は変わらない」 ポゥッと杳馬の手の内で光の球が浮かび、中に何かが映り込む。 まるで吸い寄せられるかのようにその球を覗き込んだエレナの目に、アローンが映った。 「君の選択次第で、器の少年の運命は大きく変わる」 胸を抑えて突然苦しみ始めるアローン。 身を奮わせて絶叫した彼の体を濃厚な闇の小宇宙が包み込み、その中で黒い髪がザワッと更に豊かになっていき、闇が収まった頃には彼は完全に冥王ハーデスと化していた。 「これが、エレナちゃんが何もしなかった未来の結末」 「未来……?」 「そ!未来は分岐するのよ。 あの時ああしたら、この時こうしていれば……そういう小さな事から未来は変わっていく。 未来なんてもンは、出来の悪いシナリオよ」 ザザザッと光の球が無数に辺りに浮かび上がり、全てに出来かけの未来が映り込んでいた。 光の球によって下から照らされた杳馬の顔は相変わらずニヤニヤと笑っていたが、何処か薄気味悪さを感じた。 「君がこれからする選択によっては、テンマ達の勝利によって終わった聖戦の後を器の少年は生き延び、罪の意識に苛まれながら独りぼっちで死んでいくのよ」 「独り……」 フワフワと手元にやって来た球に、泣きながら絵を描くための大事な腕を傷つけるアローンが映り、胸が詰る。 何度も何度も謝罪を口にしては鈍器のようなモノで腕を殴って潰し、痛みに顔を歪めて泣いていた。 「やめて……っやめてアローン!!」 「ふふ……あと、これは、君が生まれなかった世界の結末」 ザッと球の中の映像が変わり、花輪に手を翳したテンマ・サーシャ・アローンの三人がハーデスをエリシオンへ送り返し、微笑んでいた。 [*前] | [次#] 戻る |