-奪われた真実-05 杳馬は自分の攻撃をあっさりと相殺したモノを見て、目を見張った。 「なんでお前さんが、それを……?」 バチッと火花を散らしたのは『アテナ』と刻まれた護符であり、先程の火花もソレによるモノだと分かった杳馬は深いため息を漏らした。 「元、アテナの女官だったのよ!出ていく際、わたしの不吉な未来を案じた教皇セージ様が託して下さったアテナの護符。これのおかげで幾度か双子神からも逃げてきたわ」 バチバチと火を放つ護符から光が生まれ、女の手の内で膨れ上がる。 その高度な術を見た杳馬は一瞬で高官だという事を悟り、「めんどくさ」と小さく息を吐いた。 「うーん…めんどくさいモン持ってんなァ……まぁ、オレには関係ないけども」 ガシガシと頭を掻いた杳馬の手の内でカチッと音が鳴ると、女の背中に回り込み、ドッとその胸を深く貫いた。 「ごめんね、もう用済みなんだ」 「……ッ…」 ドサッと俯せに女が倒れるのを冷たく見下ろすと、杳馬は眠っている少女を片腕に抱き上げて宙に舞い上がった。 ふと腕の中のエレナが目を覚ましてボウッとしながら杳馬を見上げた。 「……かあ、さまは?」 ウトウトしながら問い掛けると、杳馬はしっかりと女児を抱え込みながら穏やかに語りかける。 「いなくなっちまったのよ。代わりに、大好きなハーデス様がエレナちゃんの傍にいるからな」 んーと目を擦りながら再び眠りにつくエレナに、杳馬は歯を剥き出しにして「アハハハハハッ!!」と愉快そうに笑った。 「……エレナ……っ」 ずりっと身を引きずり、杳馬の飛び去った方へ腕を伸ばす。 ごめんなさい。 守れなくて、ごめんなさい。 予知によって結末を知っていても、どうにか普通の女の子として育てたかった。 ペルセポネではなく、普通の―――……… 「うわぁああああああああッ!!」 「…ッ」 母親と片割れを探して泉までやってきたレグルスは、母親の凄まじい光景を目の当たりにし、悲鳴を上げるとあまりのショックにその場に倒れ込んでしまった。 ……ああ、届かない。 力を振り絞って身を引きずるも、残った我が子さえも腕に抱くことが出来ない事実に小さく呻く。 「……」 ザッとレグルスの悲鳴を聞いて駆け付けた夫のイリアスは、その光景を見ると気絶しているレグルスを抱き上げ、静かに己の妻の傍に膝を折って優しく仰向けにした。 「……時期が来たか」 「……、」 本当の意味で、理解してくれるのはおそらく彼だけだろう。 震える腕を伸ばしてイリアスの頬へ手を伸ばすと、その前に力強い腕が掴んでくれた。 「…わたしは、何処にでも、います」 「………」 草にも風にも、 貴方の感じるこの愛おしい大地の全てに。 きっと、貴方なら感じてくれる筈だから。 最後まで理解して受け入れてくれた、唯一の貴方だから。 だから、愛したの。 「……――レグルスを、たのみます」 ズルッと力なく腕が血溜まりの中に落ちると、しばらく人形のように遺体を見下ろしたイリアスは何もかも悟ったように目を閉じた。 そして、改めて息絶えている妻へ目を向けると、質素なネックレスが目に止まる。 それはかつて、イリアスが贈った品だった。 何を好むのか分からなく、ただ自分の趣味を押し付けてしまったがそれでも彼女は嬉しそうに笑ってくれた。 上手い事も言えず、不器用にしか愛せない自分を精一杯愛してくれた。 「―――」 小さく妻の名を呼び、その首からネックレスを取ると苦しげな息を漏らしてまだ温かい体を力いっぱい抱きしめた。 [*前] | [次#] 戻る |