-春乙女-08 

身なりを整え、水場から教皇宮へ戻ろうと十二宮を上がりかけたところで「エレナ!」と呼ぶ声が聞こえ振り返り、目を見開いた。




「……アガ、シャ?」
「エレナ!!」


白い布を手に駆け寄って来ると思いっきり抱き着いてきたアガシャ。


懐かしくて嬉しくて、なんで彼女が此処に居るんだか分からなくて、混乱しつつもその背中に腕を回した。




「久しぶり、元気だった?」
「うん、アガシャも元気そうで良かった……っ」


抱擁を交わしてから微笑む。
ふと振り返るとレグルスはどうやら少し離れた所で見守ってくれているようだった。



「最近、村の方に降りて来ないから心配してたのよ」
「うん……ちょっと、降りられなくなっちゃって」


あまり会えなくなるの、と漏らすと「…そう」と俯いた。



「アガシャはどうして此処に?」
「先日、雨が降った時にアルバフィカ様が雨よけにマントを貸してくださったの」
「アルバフィカが……?」



上質な布で出来たマントを受け取ると、アガシャは満面の笑みで嬉しそうにアルバフィカの事を話してくれた。



アルバフィカは、毒の血を持つ故に自分から人には近づかないのだ、とあの日の後に女官から聞いた。


その上、言葉が鋭い。

様々な誤解を受けやすいのだと知っていたが、ちゃんとその優しさに気付いてそれを汲んでくれる人も居たのだ。



「――でね。……少しでも、アルバフィカ様に敬愛の気持ちを伝えて欲しいの」
「うん。ちゃんと伝えておくわ」
「!ありがとうエレナ」


ぎゅー、と抱き着きながら嬉しそうに笑うアガシャが愛らしくて、少しアルバフィカが羨ましかった。



「エレナ、教皇様にお花をお届けるする時なら、会えるのでしょう?」
「ええ。アガシャが来たら、私も神殿から降りて貴女に会いに行くから」
「約束よ」






(………花……)



アスプロスの墓に添えた冠も、もうボロボロになっている筈。

新しいのを置いてあげなければ。




「そういえば、アガシャ。私にも花を届けて貰えない?お墓に供えたいの」
「お墓…?うん。良いわ、エレナの為なら」
「ありがとう」



エレナに手を振ったアガシャは、レグルスに軽く頭を下げて聖域を降りて行った。



「それ、誰のマント?」
「……アルバフィカの」


マントに染み付いた薔薇の香りが微かに香る。

「俺がアルバフィカ返しておこうか?」
「ううん、大丈夫」


サァッと金の髪が巻き上げられ、抱えられたマントが揺れる。


「彼と、少し話がしたいから」
「………そっか」


獅子宮で立ち止まり、手を振って見送るもその背中が小さくなる頃、弱々しくその腕を下ろした。


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