-春乙女-09 

双魚宮の中にアルバフィカは居なかった。

おそらく、毒薔薇の園の奥にあると云われているアルバフィカが幼少を過ごした小屋に居るのかも知れない。




アルバフィカのマントを抱えたまま、しばらく神殿の中をうろついていたエレナだが、ふとある考えが浮かんで女官達が休憩しているであろう部屋に踏み込んだ。



案の定、そこでは女官達が紅茶を飲んで一息ついていた。



「お帰り、エレナ。貴女も飲む?」
「いい香りね。……あの、ポットとカップ余ってない?」
「どうしたの?」
「"彼"と少し話をする口実にしようと思って」
「??」


盆にカップとポットを乗せて下へ降りていき、薔薇の葬列の前に立つ。


「…………」



この前、薔薇達は香気を抑えてエレナを生かした。


あれは、まぐれだったのだろうか……



でも、



今回も大丈夫な気がする……。



「……よし」


意を決したエレナが薔薇園の中に踏み出すと、すぅっと空気が変質した。

赤かった景色が、うっすらと消えていく。



薔薇園の中へ踏み込んだエレナは周囲を見渡しながら進み、微かに小宇宙を発する。


(もしかして居ないということは……)



半ば、諦めかけた時ガサッと音がして目の前に探していた麗しい男性が立っていた。


信じられないものをみるような顔をしたのち、ため息をつく。



「……空気が変わったかと思えば、また君か」
「度々無断で入り込んでごめんなさい。この前、手当をしてくれたお礼をしたいのだけど」



盆を持ち上げてみせると、「好きにするといい」と不機嫌そうに素っ気なく返され、彼は踵を返して歩きだした。



(とりあえず、良いって事ね)



サク、と薔薇の中を進んで行くとやがてこじんまりとした小屋に行き着き、彼が扉を開けて待っていてくれた。



ふと、扉を潜ろうとした時小屋の外の墓石が目に入った。


(……?どうしてこんな所に)



聖闘士達は皆、慰霊地に葬られる筈なのにどうしてこの人だけこんな所に葬られているのだろう……?




「エレナ?」
「……お邪魔します」

慌てて扉をくぐると、アルバフィカはその視線の先にあった墓石、『ルゴニス』と刻まれた石を見つめたのち扉を閉めた。


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