異端皇子と花嫁 | ナノ
嵐の夜 前 


『最期に……紫劉。後の事を、どうか父上と弟妹達の事をお願いね。
くれぐれも、あの子を…天音の事を、頼むわ』


そう言いながら俺の頬を撫で、多くの者に看取られながら静かに息を引き取った母上。
皆が涙を耐え、弟たちも泣き出したいのを口元を噛んで必死に我慢している様子を見ては、胸が詰まってしまって苦しくなる。


白銀に近い薄い紫色の髪は、皇族に連なる血筋である証。
俺たちを慈愛の瞳で見つめてくるたった一人の母上は、もう居ない。

薄紅色の目で優しく微笑まれることは、もう二度とない。


轟々と鳴る嵐の空をぼんやりと見上げる。




…そもそも、母上はそんなに病弱な方ではなかった。
幼少時より文武両道に長けており、遠縁の父上と婚約が無ければ女将軍になっていたのではないかというくらいに、凜々しくて賢く、美しい武人だったと聞く。

でも双子の弟を産むとき、双子の体が胎の中で絡み合ってしまい難産だった。
普通は体より先に赤子の頭が先に出てくる筈なのに、腕が先に出てきてしまったのを見た瞬間、医師が「申し訳ありませんが…」と諦めたように頭を垂れた。

でも、そう言われた瞬間母上は迷うことなく自分の口に布を噛ませると、護身用の小刀を取り出して自らの腹を切り裂いたのだという。


皆が悲鳴を上げる中、気絶しそうなほどの痛みに耐えながら小刀を握りしめながら胎押し開き、絡み合ってる双子を医師と産婆に取り上げさせた。
傷を洗い、薬を使いながら傷を縫う最後まで気が狂いそうな痛みに耐えたのだというから、本当に強い人だったのだと思う。


ちなみに、産婆たちの悲鳴を聞いて部屋に飛び込んだ父上は、あまりの血の量と惨状に飛び上がってしまいそのまま卒倒したのだというから、本当に酷い状態だったのだろう。

消毒もせずに腹を裂いたせいで、傷が化膿したり、数年に渡って下からの出血が止まらないなど色々あったせいで、武人だったという事が分からないくらいに線が細くなって見た目だけみれば随分と儚げな女性となった。


俺たちが幼い頃の母上の記憶と言えば、基本寝台の上で過ごしている姿だ。

そんな母上をどうにかしてやりたいと、父上はそれこそありとあらゆる方法を試した。
レームの方の腕の良いと呼ばれる医者から、極東の小国の煌の薬師、パルテビアの方の怪しげなまじない師まで。

そうやって終わりの見えない治療を続けていたが、やっと回復の兆しが見えたのはムスタシム王国の魔導士という者に会った時。

彼らはあらゆる病や傷をも癒やす不思議な力を持っていると噂があり、父上が多額の金と国内での安全を保証した上で連れてきた。



『胎の中に深い傷がついておりますので、まずそれを癒やしますね。
それから、体の中のマゴイの流れを整えさせて頂きます』


(……胡散臭い)

恭しく膝をついたのは、母上と同じくらいの年齢の女性。
兵士と共に母上の治療立ち会いをしていた俺が、ジト目で見ている事に気づいた女性はまるで安心させようとするように穏やかに微笑む。

大きな杖を携え、何かを唱えると紫色の光りが室内を満たし、血が乾いて母上の顔色がみるみる赤みを帯びた。

皆が驚く中、満足そうに微笑んだ女性は「大丈夫です、必ず良くなりますから」と母上の手を握りしめてそう言った。
確信に満ちた声に、何故か母は良くなったのだと、本能的に理解した。


原理は、分からない。
でも、確かに母上は良くなった。


何度も何度も涙ぐみながら感謝する母上と兵士たちに、「いえいえ」と微笑みながら退室していく魔導士。
兵士に連れられ、回廊を進んでいく女性を追いかけ「魔導士、さま!」と慌てて引き留める。


「はい、どうか致しましたか?」
「母上を、治して頂いてありがとうございますっ」
「あら…うふふ、何てことありませんわ。お母様を大切にしてくださいね」
「俺…俺にも、その術は使えるようになりますか!?」


一瞬キョトンと目をパチパチさせた魔導士様は、困ったように微笑んでかぶりを振る。


「この力はね、非魔導士(ゴイ)には使えないのですよ。生まれながらに、ルフが見える私たちにしか」
「じゃあどうしたら、ルフってのが見えるようになる!?」
「訓練して見えるようになるものでもありませんし……うーん。頑張れば、マゴイの流れは読めるようになれるかも知れませんが…」
「じゃあ、マゴイっていうのを読めるようになりたい!」
「う、うーーん……困りましたね…」


頬に手を当て、うんうんと目を閉じて唸る。
「そもそも私はゴイの治療をしに来ただけですし…」と困ったように目を閉じる女性を前に、申し訳なくなってシュンと俯く。

「ごめんなさい。魔導士様が困るのなら、諦めます」
「うっ…取り敢えず、私も一度戻らなければいけません。それに、お妃様がしっかり治るまで様子を見る契約になっていますので、何度か来ますから」
「!じゃあ」
「でも、あまり期待はしないでくださいね。では」


そう言ったのに例の魔導士はなんだかんだ母上と良い友人になったらしく、月に一度ほど人目を忍んでやって来ては、母上に他の国の様子を話して談笑し、苦しいリハビリに耐える母を励まし、歩けるようになれば自分の事のように諸手を挙げて喜ぶ。

生まれた時から王位を継ぐ父上の婚約者として生きていた母上からすると、初めて気軽に話せる同じくらいの歳の友人だったのだろう。

母の様子を見るついでに、俺にもマゴイを操作する方法を一生懸命教えてくれた。
教え方は大雑把だったが…、無事に習得できた。

その頃には、母上は日常生活は問題なく送れるようになっており、俺や弟達と一緒に居る時間もだいぶ増えた。



「……娘が欲しいわ」

ぽつりと呟いた言葉に反応した弟達は、「妹!?妹ができるの!?」と元気よくはしゃいで母上に群がる。
タックルをされて、ぐえっと苦しそうな声を漏らした母上を守るように弟達を引き剥がし、母上に釘を刺す。

「おれ、もうあんな目を見るのは嫌だよ…」
「ごめんね。もうあんな事はしない」
「本当に?」
「信用ないなー。まあ、仕方ないわね」
「……俺は、妹なんか要らないから、母上が元気な方が良いよ」

ぽつりと心の奥底からの言葉を漏らすと、「貴方はほんと良い子ね」と柔らかく抱きしめられる。


「心配しないで、無茶はしない。ほんとよ?」
「……なら、良いです」
「うふふ。私の息子が可愛い!」
「ぼくはー?」「ぼくもー?」
「私の息子達は、可愛い!正義!!」

ぎゅーっと弟達ごと抱きしめられて、ついつい笑みが零れる。
こんな穏やかな日がずっと続けば良いのに。

そう思っていた時だ、母上が身ごもったというのを聞いたのは。


「ねえ!どういうつもりなの父上!!
母上、死んじゃうかもしれないじゃないか!!」

俺はそう言って、真っ先に父上を責めた。
でも、父上は「私も、そう思って辞めさせたかったんだが…」と萎れた顔で真っ赤に腫れた両頬を撫で、項垂れる。

「そんなに子が欲しいのなら、私が側室を娶って生まれたその子を育てれば…と言ったら、殴られた……拳で」
「それは…怒るよ」
「でも、私もあんな思いをしたくない。だから堕ろしてくれって頼んだら、反対側も殴られた……拳で」

私だって辛いのに…とべそべそ泣く父を前に、「もう良い」と見切って今度は母上に直談判しにいく。

でも、案の定というか「もう弟も妹も要らない!」と叫んだら、平手打ちを食らってしまった。
涙で歪む視界を拭い、それでも母上に「止めてよ」と懇願する。


「紫劉、ごめんね。でも、この子は産むよ」
「やだ。母上、死んじゃやだよ」
「…っ、私は死なないよ。大丈夫だから」
「嘘…ねえ、母上が子供産むのって、俺が頼りないから?だから、たくさん予備の子供が必要なの!?俺もっと頑張るから…、マゴイ操作も覚えたよ。だからっ」
「そうじゃない。ねえ、お腹に触ってみてよ、紫劉」

ほら、とまだ膨らんでない腹の方を指さされる。
でも、母上の命をむさぼろうとしているモノがそこにあるかと思うと、嫌悪感しか湧かず、躊躇ってしまう。

「焦れったいな、もう」と無理矢理触らせられたお腹。吐き気を我慢しながらその腹を撫でさせられると、「ほら、此所に新しい命がいるんだよ」と言われ、マゴイの流れを読むと、確かにその奥には母上のマゴイを吸い上げる何かが居た。

「これが、なに…っ」
「何となくなんだけど、でも分かるわ。この子は女の子よ。
それにね、ずっとずっとこの子は生まれたいのを待っていた気がするの」
「どして…っ?」
「分からない。でも、そんな気がしたの。だから、絶対に産むわ。
ごめんね、紫劉」
「…おれ、わかんないよ」


俺以外の家族や国民の皆は、新しい命の誕生に国を挙げて待ち望む。
ついでにあの魔導士も喜んでいた。

頻繁に遊びに来ては、「安産祈願よ!!!」と言いながらマゴイを込めて母の腹を撫でまくる。
そのたびに、中の子が母上のマゴイを吸い上げて大きくなっていく。


まるで、寄生虫のようだと思い、何度も吐いた。


そして、とうとう産まれてしまった。

何度も何度も、産まれてくるなと願った筈なのに、小さな命が産まれ落ちてしまった。
幸い、母上も何事も無かったけれど、それでも四人も産んだとあって産褥が辛かったらしく、しばらくベッドの住人になっていた。

産まれたばかりの妹は、母より父上寄りの特徴を持っていたが、髪も俺たちよりも淡い藤色の髪だった。
「かわいい!」「やばーい」とキャッキャッとうれしがっている弟や、感涙してずっと傍を離れない父上達から少し離れた所で妹を見つめる。


新しく産まれた妹が気になりつつも、呪いのような事ばかり考えてきてしまった手前、近づくことも出来ずに二の足を踏んでしまう。

「紫劉兄〜何してんの、こっちこっち」
「かわいいよ〜触ってみなよ〜」


双子の弟たちに両腕を引かれ、嫌々ながらも足を踏み出してその小さな手にそっと触れる。
ぷにぷにとした紅葉のような手が、きゅっと俺の手を握り込む。

そしてゆっくりと開いた瞳の色が、父上や俺たちと同じ紅色ではなく、母上と同じ薄紅色であったのを見た瞬間、
とてつもない罪悪感を感じてその場に膝をついて嗚咽を漏らした。


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