少女を拾った話 人間を拾った。 馬鹿な事を云うなと思ったかも知れないが、触れたから幽霊でも無い筈だ。 レームの東、これから東側大陸へ向かおうとしていた道に道中、アシルが「何か居る!」と騒ぐから馬車の外に目をやると、一般道の隅っこで伸びている人影を見つけ、慌てて馬車を止めさせた。 初めは追い剥ぎにでもあったのかと思ったものの、隊員が抱き上げた子をよく見れば、随分と高価な衣装を纏っている少女だった。 しかも、着ている物は西大陸では珍しい、煌帝国で着られている衣装だと一目で分かった。 (これは……厄介な物を見つけちまった気がするなぁ…) 逃げてきた奴隷か何か、それとももっと複雑な事情持ちか……。 うーんと顎に手をやって考えるも、取り敢えず手当をさせ、目を覚ましてから事情を聞こうと決めて少女を馬車に乗せる。 でも、いざ目が覚めた少女と話してみてビックリした。 名前以外の自分の事の一切を思い出せないときた。 しかも、西大陸についてはレマーノ以外の街名を知らず、何処から来たのか聞いても首を傾げる。 服の事を聞いても、分かりません。と一言。 汚れている服を着替えさせようとして、着替え用の服を渡しても、着方が分からないと呆然とした顔で言われてしまう。 家事を手伝わせようとするも、不器用過ぎて余計に仕事は増えるし、作る飯はどうすればこんなに不味くなるのだという代物を生み出す。 でも、ちゃんと文字が読めるように教育は受けているらしく、看板の文字や食事のメニュー表を読むことは出来るときた。 「なんなんだろうなぁ……」 得体が知れなさすぎるが、かといって記憶もない人間を放り出すわけにもいかない。 「あー、くそ」と窓際で煙管を吹きながら頭を掻いて、眠っている少女を見下ろす。 長い藤色の髪を一つに束ね、眠っている姿は見るからに一般人と纏っている気配が違う。 「こうは、様……」 ぽつりとした呟きと同時に、目尻から雫が滑り落ちる。 悲しい夢でも見ているのか。ぽろぽろと次から次へと涙が零れてくるの姿に、「おやおや」と声を漏らし、少女に近づく。 軽く手で拭ってやるも、涙が途切れる気配がない。 「ったく…」 煙管の火を落とし、少女の傍に横になると赤ん坊をあやすようにその背中をポンポンと撫でる。 こんな風に誰かをあやしながら眠るなんて久しぶりかもしれない。 「大丈夫だ」 あたしが、守ってやるから。 安心してお休み。 そう呟いた声が届いたのか、流れていた涙が止まって穏やかな顔で眠り始める。 その姿に安堵し、少女から少し体を離して布団に横になる。 「…しょうがないねぇ。拾っちまったし…」 置いてやるか、と心の中で決意して眠りについた女将。 しかし翌朝、肉を焦がしすぎてぼや騒ぎをしている姿を眺めながら「やっぱりちょっと放り出そうかな」と心の隅でちょっと思いながら、重い腰をゆっくりと上げた。 20190615 執筆 戻る ×
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