食客 09 「お、あまね〜〜!此所に来るといい!俺の膝に座らせてあげよう」 周囲にいた女性達を下がらせ、「さあ!!」と膝を叩く。 「いえ、お断りしま」 「なに、遠慮するな」 「ぐえっ!」 ゴブレットを持たされ、無理矢理膝の上に座らせられる。 酔っ払っているせいか、結構力が強い。 内臓が圧迫された事によって何度か咳き込んでいると、後ろから抱き込むように抱えられ、食べたばかりの胃が悲鳴を上げる。 「っぅ、シン!ちょっと…」 「――行ってしまうんだな」 「…、ええ」 「寂しくなるなぁ」 「……」 ポツリと呟くような声でそう言った声に「……私もです」小さく応えると、後ろで機嫌良さそうに喉で笑う。 初めはハラハラした顔で此方を見守っていたジャーファルさんも、いつの間にか水差しを卓の上に無言で置いて静かに下がっていった。 テラスの下では人々の賑やかな声が響き、広場にあるステージ上ではドンドンと太鼓を鳴らす音に合わせて踊り子達が踊り狂う。 劇のような催しも行われ、そこかしこでは手を取り合って歌って騒ぐ人々。 初めて見る光景だった。自国でも煌でも、旅をしてきたどの国でも此所まで大規模な、島中の人々全員がゲストとして参加する催しを開いている所など無かった。 こんなに平和で笑顔が耐えない国なんて、初めて見る。 「平和な、良い国ですね」 「そうだろう?俺たちの自慢の国だからな!」 酔いが回り、鼻唄でも歌いそうなくらいにご機嫌な声でそう断言するシンの声を聞きながら、ついついつられて笑みが漏れる。 「シン、少しだけ私の話を聞いてくれますか?」 「ああ、構わないさ」 「ありがとうございます……私、此所に来るまで、隊商の方と共に色々な国や街を回りました。 レームの恩恵を受けた豊かな街から、砂漠に飲まれそうな街、奴隷狩りのせいで荒れてしまった街、荒廃して誰も居なくなった街……世界には、色々な国と街、人々が在ると知りました」 「そうだな。西の大陸のレームは広い。地域によって結構特色が見られる」 「ええ。それで、やっと分かったんです。今までの自分がどれだけ恵まれていたのか…。 自分の生活が、どれほどの人々の人生の上に立って、成り立っていたものなのかを」 「………」 持っているゴブレットをギュッと握り込み、中の水面に映り込んだ自分を見つめ直す。 酷い顔だった。 化粧して誤魔化しても、すぐに私の弱い内面が顔を出してくる。 顔を、上げなければいけない。 これ以上先に進むと決めたのなら、あの方の隣に見合う位強く、前を向かないと。 私は、あの方の傍に居たい。 「私には、まだまだやれることがある。 それを、このシンドリアで再度実感することが出来ました。……大切な人の役に立ちたいという事だけを考えていましたけれど、それだけではただの依存ですものね。 私が本気でやりたいことの延長が、その人と繋がっていないといけません」 「あまね…」 戸惑ったような声で名前を呼ぶシン。 ちょっと独りよがりに話しすぎたかもしれない。と反省して顔を上げ、シンドリアの眩しい光を真っ直ぐ見つめ、その光を羨望の想いで眺めて息を吐いた。 「……ありがとうございます、"シン様"。貴方や此処に居る皆さんのおかげで、私も覚悟が決まりました。どんなに時間が経っても、怖くとも、国に帰ります。 今度こそ、私の出来る精一杯の事をやり遂げる為に」 肩越しに振り返ってそう微笑みかけると、目を見開いたシンが無言で私を膝から下ろす。 首を傾げていると、腰かけていた台座からも降りてその場で私にかしずくように片膝をついた。 「……――“姫君”」 からかうわけでもなく、真剣な声色でそう言い放つシン。 真っ直ぐ此方を見上げると、空いていた片手を恭しく取って握りしめてくる。 「不思議な感じがするんだ。多分、どこかでまた会えるだろう」 「…シン?」 「貴女と俺は、何処か似ている。……出会ったのはきっと偶然じゃ無い。 運命を感じるといった気持ちは、あの時から変わっていない。この先の旅での無事を祈っている」 「ありがとう」 真剣に言うシンが握っている手に力が込められる。 片膝をつきながら此方に顔を寄せ、内緒話をするような小さな声で甘く問いかけられた。 「姫、本当の名を聞いても?」 「……内緒です。もし、本当にまたお会いしたら、“互いに”本当の自己紹介をしましょう」 少し意地悪をするつもりでそう言うと、「なんと」と少しおどけた表情で楽しそうに笑らって背を仰け反らせた。 「そんなに体中に五つの魔法道具。……いえ、七つも金属器を身につけているトランの研究者は居ません。 きっと、シンドリアにいる迷宮攻略者を調べれば、貴方の正体が分かるのでしょうが……それは狡い気がするので止めておきます」 「君の前ではバアルしか使っていない筈なんだが……正確な金属器の数まで分かるとは。うーん、ますます姫の正体が気になってきてしまったな。 次会うのを楽しみにしている」 「はい。それまでお元気で……シン様」 手の甲への口づけを甘んじて受けると、夜空に大きな花火が打ち上がる。 祭りもどうやら佳境らしい。 さっきよりも更に賑わい、楽しそうに踊っている人々を尻目に夜空を見上げる。 「綺麗…。空に大きな華が咲いているみたいですね」 「貴女も華のように美しい」 「お上手ですこと」 ふふ、と軽口を叩いて笑い合っていると、不意にシンが眉を寄せながら視線を反らす。 「……あまね、実は今船で…――いや、何でも無い。 シンドリアは、好きになって貰えただろうか??」 「勿論!此所で過ごした日々は、私にとって大切な思い出です。こんなに平和で、幸せな国はありません。正直、悔しいくらい」 「あはは!!そう言って貰えると、俺も嬉しい」 ぷいっと拗ねるように顔を反らして見せると、更に楽しそうに喉を鳴らしながら笑うシン。 その穏やかな顔に、私もついついニヤニヤとした笑みを漏らす。 しばらく二人ともおかしくなったように笑い合った後、ふいに手に持ったままだったゴブレットを思い出し、その杯を翳すように見つめる。 「あの、コレお酒ですよね。飲んでみてもいいですか!?」 「ああ、いいぞ!ただ、貿易輸出用のワインだから酸化防止の薬がややキツくて、辛いかもしれん」 「へぇ〜…」 よく分からないまま、取り敢えずゴブレットを煽って飲んでみるも、予想外の味にゴフッと噎せる。 口に含んだワインが通過する際に喉をやき、ヒリヒリとした感覚に更に咳き込む。 おまけに、まるで白湯を飲んだかのように胃が熱くなり、内臓の違和感がすごい。 「うー……にがいぃ」 「飲んでいれば慣れるさ」 「そう、です?なんか、喉だけじゃなくて体もすごく熱くなって……全身がポカポカしてきました」 「ん?ちょっと待て、あまね。…もう顔が真っ赤だぞ?」 「はへ?」 片手で頬に触れると、高熱を出した時位に頬が熱かった。 気づけばぐらぐらと地面が揺れ、視界が滲む。 「地震?」と呟いた言葉を聞いたシンが焦ったように私からゴブレットを取り上げ、肩を支えてくれる。 肩を支えて貰っている筈なのに、グラグラと視界の揺れは直らず、むしろもっと悪化して気持ち悪さまで伴ってくるようだった。 「参ったな、あまねは酒に弱かったのか。 まあ、コレは度数が高い酒だから無理もないな」 「うー……」 だんだん揺れていた視界がぐるぐる回り始め、回転性の目眩のせいで気持ち悪さに拍車がかかってくる。 ぺたんっと床に座り込んだ私につられるように、シンも再び地面に膝をつく。 「……シ、ン」 「うん?」 「きもぢわるい……吐き、そう……っ」 「い"っ!?ちょ、ちょっと待」 青い顔で焦るシンの顔を最後に、グラッと視界が揺れて真っ暗になった。 戻る ×
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