異端皇子と花嫁 | ナノ
食客 04 


旅している最中に運命的にバッタリ再会したりしないだろうか、本当は探してくれているのではないか。とか…。

でも、煌の皇子が人捜しをしているだなんて噂は聞かない。



そもそもが、私が知りたい人の噂よりも、紅炎様の噂の方が圧倒的に多い。
人外の兵隊を率いて街を制圧した、とか。
抵抗した反勢力を魔法の力で焼き尽くし、一体を地獄絵図に変えただとか…。


それ以外では、後宮内で反勢力に加担したとされる姫君達が皆殺しにされたとか、北天山で先帝の娘である白瑛様が野党に襲われて重傷など、明らかに尾ヒレがついてるであろう噂もあった。

先帝の娘である白瑛様は、紅玉お姉様と同じく迷宮攻略者。
そう簡単に野党に襲われるとも思えない。



流石に煌の核心に触れるような内容は無いとは思っていたけれど、ここまであの方の名前が全然囁かれないという事は、意図的に情報が操作されているのだろう。


それでも、『領民を苦しめていた領主の屋敷を、一瞬で叩き潰して、巨大な谷にしてしまった!』という話を聞けば、あの方が活躍しているとすぐに解った。
あの方は、何処かで生きてる。
今はそう想い続けるだけに留めて置こう。


先生やあの方の事を懐かしく思うのは、多分寂しくてどうしようもないからだ。
数ヶ月も経てば、平気になると思っていたのに、いつまで経っても想いが薄れることはなかった。


愛おしくて、恋しくて、苦しくて、時々不意に泣きそうになる。

でもそれじゃダメだ。あの方の隣に居るのを認められるくらいにならないと。


(強く、ならないと)


今まであの方が無理矢理詰めてくださった距離の分を、今度は私が追いかけたい。

自分の足で。


……その為には、まだ何かが足りない気がする。



「ねえ、あまねちゃん!次の式はこうしたのだけれど、どう!?」
「はい、とても良いと思います」
「ありがとう〜〜!すごく助かっちゃった。これから実験してくるわね!」


魔法式をしたためた巻物を、鼻唄混じりにくるくると楽しげに巻いていくヤムライハさん。
その様子に昔の自分を重ねてしまい、微笑ましくてついついニヤけてしまう。


「疲れたでしょう?今日はもう大丈夫よ」「ありがとうございます。でも、区切りが良い所までやっちゃいますね」
「本当!?じゃあお願いしようかしら。部屋の施錠とかはしてないから、終わったら気にせず出ちゃっていいわ。私、声を掛けられても応えられる自信ないもの」
「ふふ、はい。行ってらっしゃい」


魔法実験に対する興奮を抑えきれない顔でブンブンと手を振りながら、奥の部屋へ消えていくヤムライハさんを見送ってから再び書類の山と向き合う。


久々に魔法と長く触れられる機会が純粋に楽しいし、何かに夢中になっていられる時間は気が紛れるから有り難い。

おまけに、マグノシュタットの先生が聞いたらびっくりするであろう位マニアックな研究内容もあって、読んでいて楽しい。

「よっこいしょ……うーん…」

整理した分の紙の束を抱え、棚に仕舞っていく。
整理したのは良いけれど、身長が足らないから爪先立ちになってギリギリ押し込める程度だ。

震える指先で紙の束を棚に押し込むことが出来、ホッと一息つく。

「っ、わ!?」

仕舞えたかと想ったら、手が当たって隣の区画からバサバサっと資料が落ちてしまい、肩を落とした。

「もうちょっとだけでもいいから、身長伸びないかな……」

はぁ、とため息をつきながら落ちた資料を棚に戻すために手を伸ばした瞬間、チラッと見えた魔方陣が目に留まった。

ハッとして書物を広げ、その内容に釘付けになる。


「転送魔法陣と、追跡魔法の併用活用と…有効範囲拡張についての検証……」

指先でなぞりながら、内容を舐めるように見つめる。
見たことがある魔方陣だった。

いや……よくよく見ると、少しだけ違う。
動力源の基点の描き方が、見慣れた陣よりもより簡易的になっている。

「転送魔法…」

(これがあれば……或いは…)

まず、整理した資料たちを手早く棚に押し込み、棚の目の前に座り込んで研究資料を読むことに没入する。
ヤムライハさんに怒られるかもしれないと危惧しつつも、一縷の希望にすがり付く気持ちを押さえられず、資料を読む手を止めることは出来なかった。








中央市(バザール)と呼ばれる市街地の中央通り、朝と夕に開かれる市によって街は賑わっていた。

その端の一角で出店準備をしていた隊員たちが露店を組み立てている最中、女将はその脇に腰掛けつつ、人の流れや服装や年齢層、と色んな所に目を光らせる。

毎日開催しているバザールだからか、ある程度人の流れや時間帯による年齢層が決まっているように見えた。
やはり夕の方が若い年齢層が多いな…と考えながら腰に差したキセルに手を伸ばしかけた瞬間、気付いたら目の前に人影が立っていた。


「今晩は、女将さん」
「おや、あまねじゃないか。シンから向こうの手伝いのために寝泊まりするって聞いたんだが、こんな所でどうかしたのかい?」

ニコニコした笑顔をしたあまねにつられ、こちらも笑みを漏らす。
確か、この子にはまだバザールでの出店位置は伝えて居なかった筈だが………まあ、シンからでも出店位置を聞いたのだろう。


「今日の分の手伝いが終わったんです。だから、女将さんの方を手伝おうかと思いまして」

「そうかい。でも、残念ながら大方終わってるんだ。中央市(バザール)は基本的に朝と夕。今日は準備と様子見さ。
出店は明日からにするからね。
どうしてもってんなら、アシルの手伝いをしてきてやってくれるか?」
「分かりました!」

くるっと踵を返して去っていこうと背中を、「ああ、ちょっと待ちな」と引き留める。

怪訝そうな顔で戻ってきたあまねは、やはり幼い。
童顔に相まって、言動の無邪気さが見た目年齢をより引き下げているのだろう。

首を傾げているとあまねと向かい合い、ポケットから手の平に納まるほどの小さな丸い容器を取り出す。


「この前から思ってたんだが、あんたも年頃の娘なんだから、人前に出る時は紅くらい引きな」
「女将さん…」
「あたしには合わない色だったんだが、お前には合うと思ってね」

容器を開けると、そこには赤い口紅が収まっている。
指に紅をつけ、呆けているあまねの唇に赤色をひいた。

「いつ良い男と出会うかなんて分からないんだ。少しでも綺麗に武装しておくんだよ」
「まるで戦場に行くみたいですね」
「当たり前だ。客や男の取り合いはいつだって戦いなんだ。
…何も、武力や権力を振りかざす事だけが戦いじゃない。そろそろ、女としての戦い方も覚えないとね」
「女としての……」

言葉を何度も反芻するように呟いているあまねの上唇にも紅をひくと、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めては目を伏せる。

すると、今まで全面に出ていた幼さが抑えられ、上品な色気が顔を見せる。
化粧映えする顔だとは思っていたけれど、紅だけでこんなにも印象が変わるのか。

容器を閉じ、そっとあまねの手に握らせる。


「………お前。紅を引くだけでも随分と色っぽくなるじゃないか」
「ふふ、そうですか?」
「ああ、あたしの見立ては正しかったよ。
そうだ、お前も今度店の表に立ってみな。やり方は見様見真似で、少しずつやってみるといい」
「良いのですか!?」
「何かあってもフォローしてやるから安心しな。
じゃあ、アシルを頼むよ」
「はい」

ニコニコしながら去っていくあまねを眺めながら、ぼんやりと「もうただの子供じゃないんだな」という事実が胸を掠め、寂しさ半分で小さくなっていく背中を見送った。


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