異端皇子と花嫁 | ナノ
食客 03 


その日から、私は王宮内にある緑射塔と呼ばれる食客専用の居住地に身を寄せる事になった。

食客として居る代わりに、ヤムライハさんの話相手になって欲しいとか。

女将さんのところは、お店の仮出店準備が明日まで掛かるから、是非こっちを手伝って欲しい。とシンに懇願され、大人しく黒秤塔まで付いてきた。


彼女も忙しそうな身なのに、私に時間を割いても良いのだろうか。と思ったけれども、来てすぐにその言葉の理由を理解した。


「ねえ、あまねちゃん!これはどうかしら?」
「そうですね…この式も良いと思います。ですが、確実な効果を求めるならば、此所の式を『伸びる(イムティダート)』より、『増殖(ダラブ)』に入れ変えるのがいいかと」
「ありがとう。勉強になるわ!」


心の底から楽しげに目を爛々とさせながら研究に没頭しているヤムライハさんの傍で、求められた意見に対して助言をしたり、そこら中に無造作に積み上がってる魔法研究資料を区分事に分ける。


彼女の研究スタイルは、テーマに基づいて研究し、結果生まれた魔法を発表するといった形ではなく、「こうしたい」と明確な目的の下、試行錯誤を繰り返してその目的の魔法を何とか作り上げる事にある。

研究の内容も私に似て独創的で、普通の魔導士は魔法式の意味と結果を読み取るのに時間が掛かるだろう。


おまけにそこまでした研究の過程は大抵ゴミ箱行きで、その研究が終わるまで検証を繰り返しては寝食も忘れてのめり込んで、我を忘れるタイプらしい。

思い込みも案外激しく、単純な所が抜けてしまう事があり、添削のし甲斐はある。


(リーオ先生と、同じタイプ…)


私が居なくなってから三ヶ月……ルフの瞳を通して全く連絡をしてこなかったと言うことはないだろう。

もし、私が居ないと解れば大騒ぎして世界中を探し回るに違い無い。
その先生が静かと言うことは、お兄様が上手く丸め込んだか、今マグノシュタット学院での試験やゼミ、研究で忙しくてそれ所じゃないのだろう。
或いはその両方か。


「先生、元気かな……」
「?どうかしたの?」
「いいえ。あ……コレ、読んでみても良いですか!?」


魔方陣が描かれている書類の束を見つけ、それを掲げて見せるとあっさりと許可が下り、ワクワクしながら中を開く。

パラパラと魔法式や文字の羅列を流し読みすると、そこには彼女の努力の結晶とも云えるほど様々な魔方陣の研究・解析について事細かくかかれていた。

魔方陣について初歩を学んでいる私でも、理論が複雑過ぎて読解力が追い付かない部分が織り込まれている上に、彼女はその複雑な魔方陣をより簡易的に作り出せないか、という研究も行っていて、結果的にはそれも成功させている。


時折魔法の机上の理論も無視した魔方陣を作りだしてはいるが、それも彼女なりの理解の下で確実な効果を発揮しているのが記録されていた。



「……凄い」


(なにこれ…凄い。こんなの、普通の魔導士じゃ絶対思いつかない)


机に齧り付いて研究に没頭してるヤムライハさんの背中をちらっと盗み見てから、再び研究資料に目を通す。

在り来たりな言葉しか思いつかないけれど、彼女は間違いなく天才だ。

シンが「天才魔導士」と称していた通り。


魔方陣に合わせて、魔法道具制作にも力を入れているみたいだけれど、それもかなり精度の高い道具が生み出されているのが解る。


魔方陣・魔法道具についての知識や才能は、私など足下にも及ばない。

こんな才能とセンスの塊みたいな人が、私と同じくマグノシュタット学院から学んでいた。


……この人が今もマグノシュタット学院に居たのならば、マグノシュタット学院から海賊に横流しされている魔法道具たちはもっと煌の脅威になっていた筈だ。


その事実に、怖さ半分と尊敬半分で資料を丁重に仕舞う。


「……ヤムライハさん」
「うん?」
「ヤムライハさんって、本物の天才ですね」
「や、やだもう!あまねちゃんにそう言って貰えるだなんて嬉しいわ!
……私からすると、あまねちゃんだって天才だもの!」
「ええ!?」


うふふ、と頬を赤らめながら此方を振り返り、私が仕分けた資料の山から適当な資料を摘まんで掲げるヤムライハさん。


「だって、私直属の部下の魔導士でも、この一つの研究資料を読み込んで区分に分けたりするまで一時間かかるのよ。一つで、一時間。
私は書いた本人だから解るとしても……それを斜め読みで理論を全部理解してちゃんと詳細な区分けまで出来てるだなんて、普通の魔導士じゃ絶対無理よ。
私を天才と呼んでくれるのなら、それを理解した貴女だって間違いなく天才よ」


真剣な顔でそう言い切ったヤムライハさんに、なんだか気恥ずかしくなって首を振る。


「わ、わたしなんて……教わった先生の足下にも及ばないのに」
「じゃあ、その先生もかなりの天才なのよ!……その方もずっとマグノシュタットに居るのなら、いつかお会いしたいわ」



少し寂しげな微笑みを浮かべ、再び齧り付くように机と向き合い始めた背中。

まだ簡単な身の上話しか聞いてけれど、彼女も魔導士として今まで沢山苦労してきたのだろう。
マグノシュタットには、まだ彼女の養父も住んでいると言って居たし……。


表立ってシンドリアと敵対はしていないが、マグノシュタットは魔導士の国。

マグノシュタットから出て、敵とも云える非魔導士の為に研究を重ねる彼女に対して、魔導士の彼らは良い顔しないだろう。

外部の魔導士とも連絡を取っていないと言っていたし……いつか、彼女が自分の養父とも穏やかに話せるようになってくれたら、と祈るしか出来ない。





(………元気かな)


私も、会いたい人が居る。
ずっとずっと、その人の事ばかり考えているけれど、日が経つごとに怖いという気持ちも芽生えてきた。

もうそろそろ、私が失踪してから四ヶ月経ってしまう。
私が煌で過ごした日数よりも旅した日数の方が長くなってしまった。


今更帰ったところで、あの方に「お前なんか、もう要らない」なんて面と向かって言われたら、立ち直れる気がしない。


愛しい人だと自覚してしまったから、尚更怖い。


待っていて、くれているのだろうか。
そもそも、忘れられてしまっていたら…?


(止めよう。嫌な考えしか出てこないもの)


大陸を移動している最中は、どの場所に居ても煌帝国やレームの噂は耳にしたけれど、シンドリアでは全然聞かない。

まさに絶海の孤島。
南海の楽園。


血なまぐさい事とは無縁な為か、何も解らない。

煌帝国が物凄い勢いで侵略してきているときいて、少しだけ期待する気持ちもあった。

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