異端皇子と花嫁 | ナノ
帰り道 


※十六夜 7ページの間の話



「……う、うっ」


海の波に煽られて揺れる船の船室で、壁に吊るされたランプの炎が揺らめいて人影を細く長く、壁に映す。

そこには、水に落ちた事で体調を崩して熱に魘されている天音の手を握る第三皇子、練紅覇の姿があった。



「あの瞬間、僕が手を掴めていれば海に落ちずに済んだのに…」


苦しい思いをさせて、ごめんね。


懺悔をするようにそう溢し、汗を噴いてしっとりとしている細い手をギュッと握って額に自身の額に押し当てた。


(……でも、本当にあの時会えてなかったら、と思うと今でもゾッとする)


民間商船がアクティアの方角へ行った後、僕たちはシンドリアへは行かずに真っ直ぐ煌帝国に帰還することにした。

シンドリアに行っても良かったけれど、天音の存在を秘匿していた国だ。
シンドリアは密かに黙認していた煌の密偵たちを、この件を隠す為だけに、処分している。

密偵の死体も何も出てこないから、真実が明るみになることは今後一切ないだろう。


何故そこまで隠していたクセに、天音を国外に出そうと思ったのかも、分からない。

でも、だからといってこのままノコノコとシンドリアに行って、引き離されたりするのは御免だ。


一応船医にも診せたし、ギリギリ煌帝国の領海に入れば遠隔透視魔法で本国と連絡が取れる。
連絡を取れれば、明兄の転送魔法で一気に帰ることができる。


それまで、もう少しだけ……。


「……天音」

半年前よりも短くなってしまった髪をそっと撫でる。

腰まであった綺麗な藤色の髪が、鎖骨に流れる程度までバッサリと短くなり、しかも高級な絹や毛皮のようにサラサラだった手触りがすっかり無くなって毛先がパサついている。


旅をしている間はまともに手入れが出来ないから、と思いきって切り落としたらしい。

それも、専門の者を呼ばずに自分でザクザク切り、毛先も軽く整えるくらいしかしてないとか。



僕にとっては発狂寸前だったけれど、かといって体調不良者を湯殿に突っ込んで髪を整えさせることはできない。


早く煌に連れて帰って、元の手触りに戻さなくっちゃ。


無意識にギュッと強く天音の手を握りしめていたらしく、眠りながら嫌そうにギュッと眉を寄せてしまった為、慌てて手を緩める。


コンコンッと控えめなノック音に返答を返すと、大きな音を立てないようにそっと扉が開いて麗々が顔を見せた。


「紅覇様、お食事をお持ちしましたわ」
「後で天音と食べるから、お前たちは先に食べてて」
「御意。……それと、紅覇様。此方なのですが、一応洗っておきました。どちらにお持ちすれば宜しいですか?」
「何?」


困ったような顔で部下が差し出したのは、発見時に天音が着ていたシンドリアの服だった。


シンドリアの中でも主に臣下が着る服なのだと聞かされたとき、腹の奥から何とも言えないドロドロとした怒りが込み上げる。



この子に、臣下の服を着させるなんて。
勝手に所有物にされたようで、無性に腹立たしい。

今此処でビリビリに引き裂いてやってもいいけど、それで天音が目を覚ましちゃったら、困る。



「……捨てて。燃やしても良い。
この子は、第三皇子(ぼく)の正妃だ。そんな服、二度と袖を通させる訳ないでしょ」
「ですが」
「聞こえなかったの?」
「畏まりました」


一瞬だけ眉を下げるも、すぐに切り替えていつもの表情で下がっていく麗々を見送り、天音の今着てる服を見下ろす。


今この子が着てるのは、一番背丈が近い仁々のスペアの服だ。


それでも手足はブカブカで、長い袖をたくしあげている姿を眺めると、庇護欲とか色んなモノが湧き出てきて大変良くない。

それは僕の部下たちも同じだったみたいで、今こうしている時も扉の外には僕たちの様子を窺う部下たちが交代交代来ている。


元々皆甘やかし気味だったけど、此処数日寝込んでる姿を前に、扉の前であれやこれやと体に良い薬草やら何やらを論争してて、正直五月蝿い。


は〜〜っ……と未だに扉の外から微かに聴こえる喧騒を聴きながら溜め息を漏らすと、湿っている手を額を押し当てた。



「魔法で、痛みと苦しみも代わってやれたら良いのに」








作成 2019.08.22
公開 2023.10.03

(20/35)
[*前] | [次#]

戻る

×