視察(幼少時) 前 「紫劉様、来年度の各部の予算案が此方になります」 「ああ、すまない」 いつもの国政にだけではなく年度末の予算調整に向け、国内のありとあらゆる分野からの報告書やら会議に出席し続けているせいで異様に肩が凝って仕方ない。 普段、忙しい時期は国政を国王である父上に任せて俺は経理側に回る。 しかしその父上は一昨日キャパオーバーしたせいで寝込み、おかげで一人で全ての報告や会議を決定し、処理しなければならない。 (こういう時、国王はなんて面倒な仕事なのだろうか。とばかり考えてしまうな…) 霞む目を擦り、数字と細かい文字ばかり並ぶ退屈な書類にひたすら目を通し、漏れがないようにしっかりと読み込んで署名をしていく。 「なあ、炭鉱への予算が変わらないのだが?あそこはまた人数が増えた。 この金額では、働いている者達全員に対してたいした給料も出せない上に、十分な食事さえままならない。あそこはかなりの重労働だぞ」 「今年度分でも国庫に相当の負担がかかっております。 まず一番は普通の国民の生活、でしょう?」 すました顔で淡々と言い放つ従者を前に、苦い思いで『保留』の所に書類を置く。 他部署が断捨離出来るかどうか確認してからでもいいだろう。 「…………そうか。後、離宮関連の書類が無いようだが、それは?」 「実は、問題がありましてまだ書面に起こせていません。 昨夜また侍女が辞めさせられたそうです。日給分は寄越せと門の前で抗議していると」 「ああー……また彼女だな。リーオが来るまでは、侍女の方が怖がって辞めて行ったのに、今ではリーオがすぐダメ出しをするせいで侍女がどんどん辞めていく」 「おかげで天音様が魔導士であることの口止め料と迷惑料込みにして、侍女一人一人に相当な手切れ金を渡す羽目になっております」 「……はあ。父上はなんと?」 「『我が愛娘にケチを付ける女どもなど、全てクビにしてしまえ!』と」 「あっはは、成る程!それで彼女の行動に拍車がかかっているわけか。 迷惑極まりないな、父上にはしばらく黙るように言っておいて貰えるか?」 にこにこしながらも、刺々しい冷たい言葉を投げ掛ける。 それを涼しい顔で受け流した従者は、「王の側近に伝えておきます」とさらっと口にする。 その「王の側近」は、彼の叔父に当たる人物が担っている。 一族揃って俺たちの尻拭いなどをさせてしまい、少し申し訳ない。 「ところで、どういたしましょう?話し合うにしても、家庭教師は今数日間の帰郷をされており、いらっしゃらないそうなのですが」 「………」 「今、弟君達が代わる代わる妹君の様子を見に行っているとの事で…」 ギシッと背もたれにもたれ掛かると、窓から温かな日差しが射しこむ。 その眩しさに目を細めていると、何処か遠くて小さくシャランっと鈴が鳴る音が聞こえた。 鈴の音が何度かシャンシャンっと鳴ったのを確認し、深いため息を漏らしながらゆっくりと体を起こす。 「今日はいい天気だな。これは外出に限る」 「は?」 「と、いうわけで俺はニ・三時間程席を外す。あとは頼んだ」 「は!?はあ!!?紫劉様っ!?お待ちを」 書類を机の上に放り投げ、背後にあった窓に手をかけて外へと身を乗り出す。 「ちょっ、此処三階ですよ!!!!」 コラーー!!! 焦った顔で叫ぶ従者を尻目に、城の壁や屋根を伝いながら裏手の森に着地すると「ふー」っと息をついて土埃を払い落す。 「悪いな、少し気分転換をさせてくれよ」 少し肩を回して体を解すと、すぐさま裏手の森の鈴の音がする方向へと駆けていく。 シャンっという鈴の音がはっきりしてくると、予想通りの小さな人影が無防備に歩いている姿を発見した為、つい安堵と諦め混じりの笑みが込み上げて来る。 相手が此方に気づいてないのを良い事に、背後からゆっくりと近付くとガバッと両脇に手を差し入れて持ち上げた。 「ひゃああっ!?」 「捕まえた!」 外套のフードが外れ、藤色の髪がふわりと零れる。 驚きに見開かれた薄紅の目が、俺を認識するなり更に驚きに染まる。 「にーさま!?なんでなんで…!?まほーで私のニセモノ作ったのに!」 「内緒だ!まーた食事係の婆さんを丸め込んだな?どんなに人形を作って光魔法で誤魔化そうとも、俺やリーオは誤魔化せないぞ」 「むー……。下町を……見てみたかったのです」 「護衛もつけずに?それはいけないな」 ぷーっと小さくふくれっ面をする妹の天音を宥めながら片腕に抱き、さりげなく外套の襟元についてる鈴に軽く触れる。 魔法の『音』がか細くなってやがて消える。 コレはこの子の家庭教師であるリーオが、自身が不在の時の為に残した『魔法道具』だ。 無断で離宮を離れた瞬間、俺とリーオの耳にだけ届くようになっている音魔法。 天音や他の人間には普通の音しか聞こえないが、俺たちには音が重なって聞こえており、5キロ圏内なら建物の中に居ても、何処に居ても聞こえてくる代物になってる。 世間知らずな妹を放って置けば、好奇心の赴くままに何処かに行こうとする。 せめて自身に王族としての自覚が出るまでは、しばらくこの魔法は欠かせなくなるだろう。 付き人も護衛も無しに出て来てしまう内は、無理だろうが。 「……っと、そう言えば俺も誰も護衛を連れてきていなかったな。 どうするか…」 「?にーさま?」 「護衛を呼ぼう。社会見学だ」 「しゃかいけんがく?」 20160508 執筆 20190505 公開 、 戻る ×
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