異端皇子と花嫁 | ナノ
ちぢむ 


「申し訳ありませんでした」
「はぁ――……」


天音は頭を床に擦り付け、深くため息を漏らした人影に深々と精一杯の土下座をする。
その影は、いつもよりも一回り以上小さい。


「お前、取りあえず謝ればいいとか思ってない?」
「思っていません。本当に心の底から申し訳ないことをしたと思っていま…す」

長椅子に腰掛けて足と腕を組んで不服そうに頬を膨らませていた練紅覇は、ぷるぷると震えると長椅子から降りて天音の髪を引っ張り上げる。


「お前、さっきからニヤニヤしてるの分かってるんだからねッ!!?」
「だって…っ紅覇様…かわい」
「だってじゃない!ほんと、ふざけないでくれる!?」


くりくりとした大きな瞳に、腰まである薄紅色のつややかな髪。
声だって、いつもの男性らしい低い声ではなく、声変わり前の子供そのものだ。

女児に見間違えてしまいそうなほど愛らしい尊顔は、怒りで頬を染め上げていたものの、それが尚更可愛らしい。
普段着だとガバガバになってしまう為、侍女に頼んで今の背丈に合う着物がないか探して貰った結果、桃色の生地に赤い花の刺繍が施された幼女の為の着物が見つかったのだ。


仕方ないから、とそれに袖を通した紅覇様も紅覇様だ。
ボサボサだと似合わないから、と着物に合うように髪型をセットしたのだって紅覇様自身。


(……あー…かわい…。可哀想なのだけれど、かわいい…)

睡眠があまり足りていないホワホワした頭で、愛らしい姿になってしまった夫を眺める。
行き詰まった研究の息抜きとして、自室でちょっとした魔法実験をしていたのだけれど、其処に運悪く紅覇様が来てしまった。

それで、ビックリしてしまって、間違った魔法が紅覇様にかかってしまったのだろう。


「それで?これはなんの魔法なわけ?」
「8型魔法は命を司る魔法です。主に治癒に活用されますが、それ利用して身体の細胞の部分的な活性化及び高等術式を編むことで…」
「ハイハイ、つまり何の研究をしてたの?」


つらつらと話していた私の声を遮り、むっとした顔仁王立ちになって腰に手を当てる。


「背を伸ばす命令式を編んでいました……」
「縮んでんだけど?ねぇ?」
「申し訳ございません!恐らく、紅覇様が入ってこられた時に驚いて慌てて術の起動を止め……ようとしたのですが、かえって途中の式の幾つかが抜けたことで作用が逆に働いてしまったのかと………」

ぽつぽつとそう進言すると、「はぁ〜〜…」とわざとらしく大きくため息を漏らした紅覇様。
ぷにぷにとした短くて丸っこい指で、私の頬を包み込む。


「なんでそんな暴挙に出たの?僕、正直天音にはそんなに伸びて欲しくないんだけどぉ〜〜!」
「ええっとですね…紅覇様、前に仰っていたじゃないですか。
本当は紅炎様のような甲冑を着て歩きたいけど、僕には似合わないからって。
それに、この前も湯殿を出られた後、おもむろに柱に向かい合ってご自分の背を確認してはため息をつかれてて……」


鏡に向かい立って夜着に着替えていた最中、鏡越しに柱に向かって身長が伸びていないか確認している夫の姿が見えてしまい、一人で隠れて萌えていた。

その時の光景を思い出して「ん”んっ」と唇を噛んで咳払いをすると、ふらりと紅覇様が半歩後ざすった。


「見たんだ」
「見ちゃいました…。ガッカリされてる紅覇様も凄く可愛らしく」
「っ馬鹿。最低最悪〜〜!!!恥ずかしいんだけど!!」
「申し訳ありません!!」


「ばーかばーか!」と私の肩をポカポカと精一杯叩いているも、幼い子供にそんなことをされても全然痛くないどころか、ただ可愛い。

というか、背が縮んだだけでなく語彙力まで下がってしまったかのように、さっきから罵倒する言葉のレパートリーが少ないのも可愛さに拍車がかかる。


私をポカポカと叩いていた紅覇様だったが、そのうち疲れてしまったらしく、荒い呼吸を吐きながらむっとしながら此方をじっと見つめる。

くりくりとした大きな瞳が潤んで、上目遣いに見つめてくるのだ。天使かと思ってしまうくらいに可愛い。
恐らく紅覇様の部下にも感想を求めれば、同じような応えが返ってくるに違い無い。


「もういいしィ〜〜!早くといてよ!!」
「すみません……結構今回は気合いを入れて複雑なやつを編んでいて…」
「本当、お前いちいち魔法の命令式を複雑にする癖治らないの?」
「治らな……治します。はい、頑張って治していこうと思います」


幼い筈なのに、まるで暗殺者のような冷たい目を向けられ、慌てて言葉を返す。

「それで、すぐ直せそうなの?」
「少し考える時間をください。抜けてしまった部分の魔法式を考えますので」
「そう…でもさ、僕今すっごく暇なんだよね。午後の公務にもいつ戻れるか分からないしぃ…。だからさ、遊ぼうよ」
「ええー……考える時間を…」
「考える位、遊びながらでも出来るでしょー!ほらほら、行くよ」


と言われて、問答無用で服の袖を引かれていく。
身長的には五歳児くらいしか無いはずなのに、思うよりも袖を引く力が強くて体がつられるように引っ張られる。

連れられるがままに部屋の外へと引っ張り出され、庭園などを散歩して花輪を一緒に作ったり、木登りをしたりなど紅覇様の気が向くままに色々な遊びに付き合わされる。


「僕歩くの疲れちゃった〜。だっこして」とせがまれれば、抱えない選択肢はない。

紅覇様との御子が出来たら、こんな感じなのだろうか…とつい思いを馳せながら、屋敷へと戻る道を歩いて行く。

私に抱えられた紅覇様は、私のもみあげを三つ編みにして遊ぶのに夢中になっているらしく、綺麗な三つ編みを作ることに専念している顔に笑みが漏れる。


「ふぁ…。なんか、眠いかもぉ〜」
「結構遊びましたものね。戻ったらお昼寝しましょうか」
「う、ん…。お前も一緒に寝ようよ」
「はいはい」


遊び回った疲労が回ってきたのだろう。大きな瞳をショボショボさせて「うう〜」と目を擦っている紅覇様を優しく抱え直す。

もう少しで屋敷、という所で、見慣れた人影を見つけてつい「紅炎義兄様」と名前を呼んでしまう。
その言葉にクワッと両目を見開いた紅覇様が、私の腕から跳ねるように飛び降りて、慌てて私の背中へと身を隠した。



「天音、紅覇を見なかったか?」
「え、ええ……」


皇太子ともあろう人が、部下も付けずに歩いていて良いのだろうかと思いつつ、言い訳を必死に考える。
でも、この人に対して嘘をついた所ですぐにバレそうな気がするし、後ろにいる紅覇様についても問いただされるに決まっている。


「予定の時間を超えても戻らんと、紅明が心配していてな。屋敷を見て来いと言われたのだが、誰も居なかった。何か知らないか」
「そう、ですね……ええっと…」


皇太子をそんな風に使って良いのでしょうか、紅明義兄様。

そして、あっさりと使われる紅炎義兄様もどうなのかと思う。


突っ込み所が有りすぎて迷っていると、私の後ろで様子をうかがっていた紅覇様が「えん、にい…」とぽつりと呟いて服の袖を引いた。


その声が聞こえていたのか、「ん?」と首を傾げながら私に近づき、そして私の後ろの小さな影を見つけ出してしまった。
しばらく幼くなった紅覇様と睨めっこをするように見つめ合っていた紅炎義兄様だったものの、そのあと飛び出してきた言葉は予想外の言葉だった。


「……紅覇の隠し子か?」
「!?い、いえ……あの、」
「お前の腹に子を宿ったのを見たことはないからな。だとするとそうなるだろう。
ここまで幼い頃の紅覇にそっくりなど、血縁者じゃない限り有り得んからな。
だがな……これは紅明が見たら卒倒するだろう。それで、紅覇と誰の子だ?」
「そうではなくて…ああ…どうしましょ…」
「これの母親を知ってたら連れてこい。紅明に話せば、側室くらいには出来るだろう」
「ちょっと待って、炎兄っ!!!誤解だよ!!!違うから!隠し子なんていないし〜〜!!側室なんて要らない!僕が紅覇だよ!」


私の後ろから飛び出して全力で否定してから、ハッとして固まる紅覇様。
私もサアッと血の気が引いてその場に立ち尽くす。

紅覇様の言葉を聞いて目を見開き、しばし黙って幼い紅覇様を見下ろしていた紅炎義兄様の目がゆっくりと私の方を向く。


「どう言うことだ」


さっきよりも数段冷気を纏った声に、内心あわわわ…としながら必死に事情を説明すると呆れられてしまった。
紅炎義兄様から紅明義兄様にも話がいき、紅覇様が行わなければいけない公務の調整を行ってくれたは良いものの、すぐさま事実確認にやって来た紅明義兄様にも懇々と怒られてしまった。


研究室でなく自室で実験をしていた私もだけれど、その後にすぐに報告しに行かずに、幼児の格好で遊んでいた紅覇様にも非があると。
でも、それに対する紅覇様の返答も、怒られても仕方ない言葉だった。


「だってぇ〜……こんな事初めてだったから、楽しくなっちゃってぇ〜。
それに明兄〜、今の僕も可愛くな〜い?つい自分で遊んでみたくなる気持ち分かるでしょ〜?」
「そりゃあ………って、馬鹿な事言っていないで、部屋に戻って元に戻る方法を探しなさい」
「はぁ〜い」


またねぇ、炎兄〜明兄〜〜。と紅葉のような手をぶんぶんと振りながら二人を送り出した紅覇様。
その愛らしさに当てられたのか、紅明義兄様は口元を扇で覆いながら何も言わずに目元を柔らかく緩ませると、手を振って戻っていった。紅炎義兄様もそんな紅覇様の頭を何度か撫でで静かに立ち去っていった。


なんだかんだ、このお二人は紅覇様には甘いよね…とぼんやりと思いながら、幼い手を引いて屋敷の縁側へとやって来ると膝の上に紅覇様を座らせる。
サラサラの髪を手で梳き、小さな頭に頬ズリをして感触を楽しんでいると、ふいに呟くように紅覇様が声を漏らした。


「天音はさ、炎兄くらい身長がでかくて男らしいの方がいい?それとも明兄みたいにひょろっとしてるけれど、頭がすごく良い人がいいの?」
「ええ…?そんなことありませんよ。
私は、私のことを大切に思ってくださる紅覇様がいいです。

身長とか、見た目ではなく、私は貴方のその真っ直ぐな姿勢や器の大きさなどに惚れ込んでしまったのですよ。
そもそも、そんな所を気にした事も全然無いと言いますか…」

「……あのさ、天音」
「紅覇様!!!命令式の欠陥部分分かったかもしれません!早速試しましょう!!
えっと、それで、何かありました?」
「……なんでもないしィ」



2014
20160503 加筆
20181128 公開

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