紅覇と紫劉 第五夜 7 [遠征前夜] 「うげっ」 軍義を終え、さあ自分の屋敷に戻ろうと回廊を歩いている最中。 あまり見たくない人影を見つけてしまい、げんなりして視線を泳がせた。 対する相手は、何だか嬉しそうにニヤニヤと笑いながらもたれ掛かっていた壁から体を離して近付いてくる。 なんでこんなところに。と言いたいが、おそらく待ち伏せていたのだろう。 心の中で舌打ちをしつつ、こちらも歩調を変えずにそのまま近づいた。 「そんなに露骨に嫌な顔をされると余計に絡みたくなるな」 「うわぁ……ドン引きぃ〜〜」 あの子の兄、紫劉。 炎兄の帰国と同時に煌に連れてこられた他国の皇太子。 あの子よりも濃い紫色の髪、精錬された立ち振舞い。まさに炎兄の隣に立っても見劣りしない王者の雰囲気を纏っている。 僕は、この男が苦手だ。 「明朝 が出発だったな。妹共々、ご無事に帰国されるのをお待ちしております」 「……言われなくても」 男の脇を通り抜け、そのまま去ろうとしたが「はは、勝手に妹を巻き込んだ事を怒っているのは自覚しているさ」という無神経な言葉を聞いた瞬間、足を止めた。 「解ってるなら、どうしてあんな事」 「城内での紅覇殿は、常に妹に気を配られている。だから敢えて城の外に出して…………紅覇殿の中での、あの子の存在価値を知りたいと思う」 バッと振り返った紅覇は、冷えた鋭い目で紫劉を睨み付ける。 「何それ。僕が天音の事を心の中では邪険してるって言いたいの?」 「いや、すまない。そうではないんだ。 夫が妻に対して甘やかしたり、気を使うのは当然だと思う。………政略的に側室に挙げられた紅炎殿達の妾達の事を考えると、あの子は比べものにならない程大切にして貰っていると思う」 「……だから、何?」 すぅっと目を細め、此方を何でも見透かすような目でうっすら笑みを浮かべながら向こうもこちらを振り返る。 「君自身は、あの子に対してどうかな?と問いたいんだ。君はいつもいつも自分以外の周囲の事に気を使っている。根は二人の兄達以上に人に対して情が熱く、真面目で己に厳しい。 だから、敢えて我儘や乱暴な振る舞いを人に見せ……いや演じてしまう癖があるようだ。狂った皇子を演じることで王権争いから遠ざかり、紅炎殿にとって有用であり続けようとする。 …俺は気を張らなければならない相手としてあの子を紅覇殿に嫁がせた訳じゃないんだ。」 「は?意味分かんないし。くだらない話なら、僕もう戻るよ」 屋敷のある方に向き直り、踏み出そうとした足を引き留めようとするかのように言葉は続く。 「魔導士としての妹を後宮や人々の視線から遠ざけ、匿ってくれていることは感謝している。その代わり、非難のしわ寄せは全部君にいっている」 「………」 「少し禁城から離れて、あの子自身のことを見てはくれないか?そうすればきっと、もう少し純粋にあの子のことを好いてくれるんじゃないかと思う」 「それだけの為に、自分の妹を危険に晒す真似をするなんて、僕には信じられないよ。 それに…………そうやって、僕の事を見透かしてるつもり?ウザいんだけど」 「すまない」 挨拶するかのような声色でそう言ってくるが、心の底から悪いとは思ってないだろう。 いつもそうだ。全てを見透かすような目で、あれこれと口を出してくる。まるで、裏から糸を引かれてるようで、気分が悪い。 計画性がなく、感情のままに動くあの子とは大違い。まあ多分、考えるより先に手が出てしまうのはあの子の質だから、しょうがないのかもしれないけど…………とにかく、 僕があの子を蔑ろにしているかのような発言は、心外だ。 「いつか、君が心から妹を愛して、傍に寄り添ってくれる事を願ってる」 「………余計なお世話」 今度こそ振り払うように歩調を早めて遠ざかり、だいぶ離れてから屋敷の方を見上げた。 情は湧いているし、好いている自覚がある。 自分の母親の事もあって、自分に妃が出来たら気を配って大切にしようと決めていた。 だから、愛着を持てそうな、可愛がれそうな天音が正妃で良かったと思ってる。 独占欲もあるし、大切にしてやりたいと思う。 勿論部下達同様に、愛してる。 「恋愛感情なのか」と聞かれれば、口を閉じるしかなかった。 2015 執筆 20160314 編集 201810 一部編集 公開 戻る ×
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