歳の差 (片方記憶あり) 生まれ変わってすぐ、あの子を探した。 でも、 やっと見つけ出した時は何も知らないただの女の子だった。 僕とは年齢もそれなりに離れてて、魔導士としての差別も病気もない、優しい家族に囲まれた幸せな女の子だった。 だから……僕は遠くから、幸せになるのを見守ろうと思ってたんだ…。 「遅い!何ちんたら走ってるの!!急げよッ!!」 「コラ紅覇、あまり運転手を困らせては…」 「落ち着いて居られるわけがないじゃん!!だって、天音が―――ッ!!」 飛行機墜落事故の中、唯一生き残ったのは六歳にも満たない少女一人。 奇跡の生還! 乗務員含め、死者200余名の中ただ一人かすり傷で済んだ少女! 警察は事故の原因を追究すると共に―――。 毛布にくるまれて救急隊に救出された後も、病院前や自宅に入れ替わり立ち代わりやって来るマスコミ。 退院の話を聞きつけるや否や、親戚か誰かに手を引かれて出て来た天音に容赦なく浴びせられるフラッシュや視線、心無い質問攻め。 それだけでも十分にはらわたが煮えくり返る気持ちだったのに、目に光がないあの子に向かって「親の遺産が――」と発言した馬鹿を見た瞬間、もう居てもたっても居られず留学先からから飛び出してた。 「紅覇、あの子の事は残念に思いますが今はただの他人です。 あの留学がお前のこれからにとってどんなに大事な物だったのか分かっていたのですか…?急に日本の学校に転入するのだってどれだけ」 「ごめん、明兄。でも、やっぱり僕はあいつのこと放って置けない……」 「………」 タクシーの前の席の椅子をギリッと握って、深く息を吐き出す。 誰かが「遺産」と口にしてから、あの子の会社や資産、今回の事故による賠償金や生命保険のおおよその額が報道され、まるでハエのようにさまざまな人間があの子の家に押しかけているらしい。 最早親戚と呼べない位すごく遠い血縁者、親が小学生の時にお世話になった同級生だとか、兄達の学校の先輩、はては昔近所で世話をした。だなんて得体の知れない人間まで。 今日は家族の葬儀らしく、天音の叔父だとかいう人間が喪主をしているらしい。 どうも今回は”天音を特別に慰めてあげたい”とか言う人間が多すぎる為、天音が出て来る祭事の間だけは身内や仕事関係、特別親交があった人間だけが会場に入れる。 炎兄が今でも相変わらずあの兄と関係を持っていたから、その関係で何とか潜り込めそうではあるけれど………なにぶん空港が式場から遠かった。 留学先から飛び出してきた足でそのまま向かっていても、あの子が会場に来てる時間に間に合わなくちゃ意味がない。 「……」 ガサッと空港の売店で売ってた新聞の記事に目を通す。どうやら、近くの席に居た紫劉達はあの子を庇うかのように飛行機の残骸に体を貫かれて亡くなっていたらしい。 あの子は、自分の最愛の家族が、内臓ぐちゃぐちゃになりながらも自分を庇って静かに亡くなっていくのを、傍でずっと見ていた。 一部では感動悲話のように話されているが、僕はそんな残酷な光景を見せつけられたあの子に対してなんて無神経なんだ。という怒りしかわかない。 キキッと葬儀が催されている会場に着くや否や、入り口は出待ちのマスコミで埋め尽くされていて、どんなに「退け!邪魔!」と言ってもなかなか退かない。 「君は此処の家族とどういう関係ですか!?」 「名前は!」 「今回の事故についての感想を」 「うるっさい!!家族を一気に亡くしたのはあの子だけじゃない! 金と話題の臭いがする所に集るだなんて、お前達はまるで小汚いハエみたいだねェ!! 少しは遺族たちを悼んだらどう!?」 そう叫んだとたん、グッと言葉を噤んだのをチャンスとばかりに邪魔なオッサンを突き飛ばして奥の扉へと駆けこんでいく。 「なんて失礼な!!こっちは仕事なのに!」 「誰だあの子供は!!」 「はいはい、貴方達。いい加減にしないと私も黙ってはおりませんよ? それと、あの子の言葉が聞こえなかったわけではないでしょう」 ギャーギャーと騒ぐマスコミたちが後ろを振り向くと、そこには口もとだけ微笑んだ紅明がおり、その後ろからは紅明が呼んだ”応援”の車がすぐさま到着した。 「たった一人の女の子に対して寄って集って………恥を知りなさい」 「ねぇ、天音ちゃん。お腹がすいてない?少し席を外してもいいのよ」 「天音ちゃん、ちょっとお話しない?」 「天音ちゃん。うちの娘が一緒に遊びたいって言っていたのよ?」 天音ちゃん 天音ちゃん …天音ちゃん 葬儀は終わっていた。 でも、親戚たちがそろいもそろって天音に集まって足止めをしていたらしい。 喪主だと言う男は笑いながら親戚たちから少しずつ金をもらい受けている。 多分、話をする仲介料みたいなものだろう、と思うと虫唾が走った。 人たちを押しやりながらズンズンと進んでいき、座布団の上に無表情のまま鎮座していた天音の腕を掴む。 いきなり腕を引かれた事で流石に驚いたらしい、天音の感情のない瞳がじっと僕を見上げた。 その目の奥は何も映しておらず、まるで人形のように空っぽな色にゾッとすると共にこの不憫な子が可哀相でたまらなくなり、思わず「遅れてごめん」と謝っていた。 その時、一瞬だけ人形みたいな目が揺れた。 「おい、何してるんだ!!」 「誰なんだ君」 「放しなさいよ!」 「お前たちこそ、ぼくたちから離れろ!死者を悼むより金のことばかり考えてる、この罰当たり共! お前たちは天音に話しかける資格さえないよ、失せろッ」 吠えるようにそう言うと、天音から引き剥がそうとする大人の手が少しだけ怯んだ。 するとじっと僕を見上げていた天音が、僕が掴んでいる方とは逆の手で服の裾をぎゅうっと掴んでいた。 無言の返答を前に、小さな体を抱き上げてその場から勢いで連れ去る。 「おい!!何処に行くんだ!!」 天音を囲うように集まっていた大人たちはお互いに足を縺れさせて崩れ、すぐに言い合いを始める。 背後にその言い争う声を聞きながら、取りあえず敷地内の中でもその会場の建物から遠い場所を目指し、裏庭のあたりでやっと足を止めて息を付いた。 「はあ…っは!」 「……へいき?」 「!う、ん……。天音も、大丈夫…?」 「……」 肩に顔を押し付けて、ふるふると頭を振る。 やっぱり無理してたんだな。と確信し、荒い息を整えながら木陰にあったベンチに二人して座り込む。 僕の膝の上には天音が乗ったままだ。 お互いに乱れた息が整う頃、ぽつぽつと小さな声が聞こえた。 「みんなが、いなくなっちゃったの、わたしのせいなの…」 「え…?」 「わたしのせいで、周りのみんなもおかしくなっちゃった…」 「……違うよ」 「しあわせすぎて、きっとかみさまがいじわるしたの。わたしが、しんでれば…っ」 「それは違う!天音のせいなんかじゃない!」 怒鳴ってしまった後にはっとなって目の前の子を見ると、六歳の子なのに「うっうっ」と声を殺すような泣き方をするのを見て、胸がずきずきした。 「……ひとりぼっちになっちゃ、ったぁ……っ!」 今度こそ、ボロボロと涙を流して泣くのを見て、耐えられなくなって小さい天音を強く抱きしめた。 「ごめん……もっと、早く会いにくるべきだったよ。……もう、泣くのを我慢しなくて良いから」 「……!」 「ずっと、泣きたかったんだね。 誰も見てないから、ちゃんと泣きな。悲しい時は、ちゃんと悲しまないとダメじゃん。 じゃないと、家族皆がお前の事が心配で天国に行けないよ」 「う…っん」 「お前の兄も両親も、みんな天音のことが大好きだったよ。 だから、今はちゃんと泣いて、乗り越えた時に笑顔を見せなくちゃ。みんな悲しくなっちゃうよ」 「う、ああああああんっ」 「おにいちゃん、だれ?」 「僕は………僕の名前は練紅覇」 「……こうは?」 「うん。僕は、天音を迎えに来たよ」 一緒に帰ろう。 2014 執筆 20160322 加筆公開 戻る ×
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