異端皇子と花嫁 | ナノ
巣立ち 


「めーにぃ、めーにぃ」

私と兄王様にまだ血のつながった弟が居ると知ってからしばらく。
やっと弟の紅覇と会えた。

初めの頃はとても口が悪くすぐに手が出るような感じの子供だった。


その子が私達と過ごす時間が増えて来るようになってからは、まるで幼少の頃の分を取り返すかのように少しずつ素直に甘えて来るようになった。

歳を重ねて『煌帝国の皇子』としての肩書も立派にこなす様になってからは、その反動のように私達や気を許してる人間の前にはもうベタベタという表現が正しい程に甘えた態度で接してくるように。


それが、当たり前だった。

「明兄〜〜」と甘えた声で寄りかかってくる紅覇の態度を良しとしていたし、此方も甘えられる事は悪い気はしなかった。
腹違いであっても血の繋がった兄として、当然だと。

それが変化し始めたのは結婚してからだ。


「あ、明兄〜〜!!」
「おや、紅覇も軍議に?」
「うん〜。今回は僕も参加してって炎兄が。一緒に行こうよ明兄〜」
「良いですよ」

回廊を歩いていると、後ろからべたっと表現が正しい程に私の腕に絡みつくようにくっつく紅覇についつい苦笑が零れる。

「歩きにくいですよ、もう」「ええ〜〜?」というようなやり取りをしながら、二人して話し合いが行われている部屋まで向かおうとしていると、不意に回廊の奥に見える書庫の扉が開いて人影が姿を現す。


それは、紅覇に与えた小国の姫君で。
手に余るほどの大量の書を抱えていて、重たそうにヨタヨタと書庫の扉を閉めていた。


その姿を認めた瞬間、紅覇が少しだけ変わった。
何処のあたりが、と訊かれても具体的に応えることは出来ないが、敢えて言うなら雰囲気、だろうか。


姫君が扉を閉めてふと顔を上げて此方に気付くと、遠くから見て分かるほどに穏やかに微笑んで「紅覇様!紅明義兄様も!」と嬉しそうな声を上げる。

私たちの進行方向にも気が付いた義妹は、私たちに道を譲るように端に寄って軽く礼をしてた。


「…あ"」


借りたらしい書物がするりと腕をすり抜けてバラバラと音を立てて落ちていき、「あー…」と間延びした声を上げながら書物が床に散らばっていくのを見ていた。

慌てて床に膝をついては書物を拾い集めている娘の姿をのんびり眺めていると、スルリと紅覇の髪の毛が私の腕をすり抜けていく。


「もぉ〜!なにやってんのおまえは〜〜!」


呆れたようにため息をつきながらも、彼女が持っていた書物を軽々と片腕に抱えてその手を引いて立ち上がらせる。


「侍女はどうしたの!こんなの侍女に持たせなよぉ〜!」
「今、二人には猫のぶーちゃんの相手をお願いしてるのです」
「うーん……分かった、今度からは僕を呼びなよねぇ」
「ふふ、考えておきます」
「そういっていっっつも誤魔化すんだからさぁ」


傍から見てもイチャついているようにしか見えない光景に知らず知らずのうちにため息を漏らしていると、くるっと紅覇が此方を向いて手を挙げる。


「ごめん明兄〜〜!ちょっとこいつ送って来るから遅れちゃうかもぉ」
「!?いい、いいえ!一人で戻れます!!」
「はいはい。時間には全然余裕があるから、早く行ってきなさいよ」
「ありがとー。ほら、行くよ」
「はあい…」


しっかりと手を握りしめ、回廊を進んで屋敷の方へと向かっていく紅覇の背中。
迷いがなく、男らしく凛としている姿を前に唐突に理解した。



もう、紅覇は雛のように私の後ろをついてくることはないのだ。
心の中の疑問が晴れ、もやもやが消えていく。


(……ああ、でも……)


それはなんだか。

少し、寂しい気がした。



2015 執筆
20160316 加筆修正公開




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