似顔絵の真相 後 「父上、煌への忠誠の証に天音を煌に嫁がせては如何でしょう」 「な…っ!?何をバカな事を…!あの子を嫁に出すなんて……っ」 「今は、それが最善だと思うのです。あの子も、覚悟を決めています」 「私は覚悟してないっ!!!」 いやだーいやだーっ!と駄々をこねる一国の国王。 これが一国の王で大丈夫なのだろうか……いや、もう煌に下るから属州の長に降格するのだが。 いずれにせよ、いつかあの子は何処かに嫁いでいくというのにこうも父親が子離れ出来ないと困る。 地団太を踏むうちに、興奮しすぎてぜえぜえと喘息を起こし、血圧も上がって気持ち悪そうにげーげー吐き始める自分の父親を眺めた紫劉は小さく溜息を漏らして踵を返した。 病弱な父親に変わり外交や公務をこなす様になったのは十六の頃だった気がする。 その時には、母親も亡くなっていて、妹も魔導士の家庭教師と離宮で過ごしていた。 十以上離れた愛らしい妹は本当に可愛くて仕方なく……毎日会えないのが本当に悔やまれる位だ。 ”紫劉お兄様” 背は小さいが、会うたびに少しずつ少しずつ成長していっているのが分かって本当に嬉しく思う。 『家族を頼みますね』と言った母の遺言通り、誰よりも家族を大切にしてきたつもりだし、ずっと家族全員の幸せを願っている。 自分の幸せなどよりも、まずは家族一人一人の今後が保障されてからじゃなければ、安易に身も固める気にすらならない。 中でも、年の離れた妹は可愛がってきた。 政務や鍛練で忙しい時も、夜に忍んできて愛らしい寝顔を見て癒された事なんて何度もある。 どんなに大変で疲れていても、妹の顔を見ただけで本当に疲れが吹っ飛んで頑張ろうという気力が湧いて来た。 ………こっちは休憩時に来てるのに、政務を抜け出して妹と遊んでいた父親を無理矢理連れ戻る事も何度も何度何度もある。 実際問題、父親の方が俺よりも溺愛っぷりが酷くて笑えない。 双子の弟達も「紫劉兄の方がマシ」と口をそろえて言うくらいなのだ。 ”マシ”って言われるのも、正直どうかと思うが。 ……その天音を、煌に嫁がせるのは気が引けるし、まだ早いとは思ってる。 だが、あの子の今後の事を考えたら今嫁がせた方が良いだろう。 逆に変な場所に嫁がせては、魔導士として完全に生きられなくなって辛い日々を送る筈だ。 駄々をこねている父親には悪いが、今や外交や公務のほとんどはこっちが管理している。 自国での決定権も、国王よりも副王である俺の方が強いし、議会の支持率も上だ。 だから「すぐに戴冠しろ!」という声も強いが、そろそろこの国は煌に支配されるのだがら、第一皇子の存在など邪魔なだけだろう。 王になるつもりは更々ないが、今はまだ権威を放棄する気もない。 やるべきことがたくさん残っているからな。 「天音と相性が良さそうな煌の皇子……か…」 紅炎殿は、駄目だ。 俺の方が年齢が近いし、武骨な男はあの子は苦手だ。 彼は身内には優しいが何分言葉数が少なすぎて、関わりの少ない天音ではそれを拾うことは出来ないだろう。 それに、数多いる女達のせいで辛い思いをする筈。 紅明殿は……凄い頭が回る策士で物腰も柔らかいが、何分生活力もないし引きこもっている事が多いと紅炎殿にも聞いたな。 「あとは、第三皇子と第四皇子か……白龍殿はまだ幼く、継承権から遠いせいか国からの保護も少ないと聞くな。なによりあの子より年下では、何かあったときに困るだろう」 残るは第三皇子………紅覇殿か。 うーんと唸ったのち、「よし」と決めてすぐさま従者達に支度をさせ、 さっそく非公式でこっそり煌に訪問し、偵察と言う名の下調べを開始した。 「時に、紅炎殿。弟の紅覇殿は元気だろうか?」 「……ああ」 でもやはり、他国の皇子が一人で自由に歩き回れるわけがなく、なかなか紅覇殿に会う機会を設けられない。 おまけに、紅覇殿は迷宮を攻略したばかりでそちらの鍛錬に忙しいと聞く。 だったら、親しい人間から訊くしかない。 「ご尊顔は拝見したのだが、紅覇殿とはあまり話したことはないと思ってな……。どういう人柄なのだろうか」 「天真爛漫だな」 「そうなのか。噂では、魔導士の従者を連れているそうだが……魔法に理解があるのか?」 「ああ」 「そうかそうか。ならば、少し希望が持てそうだ」 「……?」 一瞬訝しげにこちらに目をやった紅炎殿に、何でもないぞ。と笑いながら酒を飲む。 ここの酒は美味いが、煌の傘下に下っては、こうして対等に紅炎殿と酒を飲み交わすことは出来ないだろう。 少し、寂しいな。と器の酒を飲み干してため息をつくと、傍の扉が大胆に開く。 「炎兄ー、今鍛練の相手を………」 ガラッと入ってきたのは小柄な少年。 ああ…、彼か。とぼんやり考えていた。 此方と目が合ってハッとした少年は、素早く腰を落としてかしずく。 「失礼しました、"兄王様"」 「良い、お互いただの暇潰しだ。外で肩を慣らしていろ」 「はい」 失礼しました。と堅い口調で去っていく少年の姿を見送った後、空になった器に口をつけて思案する。 「成る程な」 「………」 身内だけのときとで分別し、礼節を欠くことはしないらしい。 良い皇子じゃないか、と少なくても紫劉の中では好印象だった。 「それに、武骨じゃない……これは大事だ」 「……??」 「よし、俺は決めたぞ。紅炎殿」 持っていた器を卓に置き、スタスタッと出口へと足を向ける。 「……悪い顔をしている」 「!アッハッハ!なに、良いことが閃いたくらいだ。別に昔のように紅炎殿に悪戯をするわけではないさ」 「……」 「本当だぞ?」 からりと笑ってから、ふと目を伏せてその場に片膝をついて深々と拱手を行う。 でもやはりそれだけでは足りないと思い、額づくと紅炎殿の空気が少し変わるのを感じた。 「紅炎殿。いや、閣下とお呼びすれば良いか」 「………」 「友人のよしみで、我が国への寛大なお心使い……感謝しきれません。 煌帝国の極東平原統一、果ては更なる発展を願っています」 「……似合わん、やめろ」 「ふふ、そう言わないでくれ」 床から顔を上げて笑って見せると、何故か目の前の男は少し眉を寄せていた。 どうして紅炎殿の方がそんな傷ついた顔をするのか、分からない。 「もう会わないかも知れないが、紅炎と話を交わすのはいつも有意義で楽しかった」 「………」 「いつかまた会おう。紅炎殿が国に来たら、盛大にもてなすさ」 「いつかではない」 「?」 「お前は調印式後、俺の部隊に寄越すように言ってある。書面にも記載済だ」 「………は?それは、なんの冗談だ……?俺は聞いてないぞ」 「お前には言ってない」 「…………」 「…………」 冗談としか思えない事に思わずブフッと噴き出すと、ほんの少しバツが悪そうに視線を逸らす紅炎殿。 普通の人が見たら始終無表情にしか見えないだろう。 この男は何でもない顔で、こうもあっさりと人の生きる道を変えてしまう。 「あははっ、紅炎殿の方がたちが悪いじゃないか!なんだ、俺はもう売買済みなのか!」 「お前ほど悪くはない」 「はー……よし、解った。こっちもこっちで仕返しに、悪戯を仕掛けるとしよう!」 「は?」と眉を寄せている紅炎殿に笑いかけながら扉を出ると、庭で汗を滲ませながら大剣を降り下ろしている皇子の姿があり、俺の姿を見るとサッと身を正していた。 第三皇子である紅覇殿の噂は酷いものだが、見る限りそんな酷い印象は受けない。 もしかすると、実際は紅炎殿や紅明殿よりも根は真面目なのかも知れない。 尚更、好都合だ。 「今度、ゆっくり話しましょう」と紅覇殿に言い放つと、「え」と驚いて不思議そうに首を傾げているのを尻目に、鼻歌混じりに歩き出す。 「紫劉様、お話は終わ」 「なあ、今すぐ絵描きを呼んでくれないか?」 紅炎殿の寝所を出て来た俺について来た従者にそう言うと、俺の笑顔を見るなり「また何かしでかす気ですか!!?」という雰囲気で困った顔をしていた。 「絵描きですか。今は煌の絵描きしかおりませんが……」 「それで良いんだ。むしろそれが良い!!」 「は、はあ………」 にやにやとしていると、従者の顔が呆れたようにジト目になる。 でもそんなの知った事ではない。 それに、何だかんだ俺の従者は付いて来てくれる。 「俺がいう"女"の特徴を、そのまま描いてもらうんだ。それも、ものすっごく醜く描くように伝えてくれ」 「!?……わざと醜く…ですか?」 「ああ!ちょっとした悪戯だ。妹は、紅覇殿に嫁がせることにした!さっき、そう決めた」 「………紫劉様」 「さあ、調印式まで時間がない。国に居るあの子にも連絡を取ってくれ。嫁ぐ準備を急ぐように、と」 「それがなんで似顔絵になるんですか?」 「ん?それはな…」 酷い似顔絵と悪い噂をきいたあとに、あの可愛い姿で純粋な妹の事を知って戸惑う第三皇子の姿が見たいんだ! 眩しい笑顔でとんでもない事を言う紫劉に、従者は呆気に取られたのち、呆れたように溜め息をもらした。 「紫劉様」 「うん?」 「性格がひねくれておいでです」 「知ってる」 その後、一度帰国しなければならなくなり、妹とは入れ違いになったおかげで皇子の様子は分からなかった。 余計な悪戯に惑わされた若い夫婦が事実を知るのはまだだいぶ先の話。 2014 執筆 20160321 加筆公開 戻る ×
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