君は愛されている ※捏造注意 ※基本的に独唱ばかりの追想。 「家族を守れるのは、自分だけなのだ!」 そう叫ぶマイヤーズは幼い弟の手を引き、私は苦しげに息をしている赤ん坊を抱えたまま険しい山道を置いて行かれないように必死に駆け下りていた。 わたしとマイヤーズは、パルテビアの軍属魔導士だった。 でも、衰退したパルテビアは無茶な進軍を繰り返し、まるで使い捨ての如く魔導士を扱っていた。 まだ年端もいかない少女だった私は、マゴイの量や魔導士としての能力が高いとして戦場にも数え切れないほど出た。 そして、15の時に無理矢理結婚させられたゴイの夫も居たが半年もかからない内にあっさり戦死した。 魔導士のわたしを守ってくれる人はおらず、当時十代だった私はまだ弱かった。 産まれたばかりの幼い娘がルフを目で追っているのを見た時、娘も自分と同じ目に遭うのではないかと思ってゾッとした。 魔導士に人権はないのだろうか。 どうして、自分たちばかりこんな目に遭うのだろうか。 産後の私を慰めてくれたのは、同郷の友人だったマイヤーズしかおらず、苦しい日々を送っていた頃にふとマグノシュタット学院の噂を耳にした。 ……そこならば、私たちを受け入れてくれるかもしれない。 私が産後だということで戦場に出なくても良い時期の間にしか逃げられない、とマイヤーズ達と共に幼い娘を連れてパルテビア帝国から命かながら逃げ出した。 逃げるように亡命してきた私を、モガメット様は温かく迎えてくださった。 やっと幸せになれるかもしれない。 そう思った矢先、ただでさえ病弱だった娘の心臓に重い病気が見つかった。 そして、命を永らえさせる魔法は、当時発達していなかった。 「申し訳ないが、先天性の病気を、魔法で治す事はできない」 「そんな………」 「そう気を落とさないで欲しい。わたしも勿論救う方法を探す。 しばらくは。延命治療を続けるしかないが、それでも良いか?」 「はい」 どうして、わたしばかりこんな想いをしなければいけないの。 そうだ……もっと、魔法式を研究して、ルフが起こす現象の研究をしていけば……! ルフが起こす無限大の奇跡を解き明かせば、娘を生かす方法も見つかる筈…!! そうやって私は連日、魔法式の研究に没頭し続けた。 たった一人の娘を救う為に。 そこで考え付いたのが、超律魔法。 それを、どんな病も治す命の魔法に転じさせられないだろうか。 あいにく、私が得意だったのは風の魔法だったからなかなか良い魔法式の組み合わせが見つからない。 偶然見つけ出した魔法式の知識などを提供しながら、マグノシュタットへ貢献し、ひたすら娘を助ける手段を模索していた。 でも、ある日……。 「リーオ、残念だが……」 「……嘘……」 延命治療のかいもなく、娘が亡くなった。 いつの間にか私の生きがいは娘たった一つになっていた事を悟った。 失ってしまった絶望。 焦燥。 「そんな……っ。目を、開けて……!お願いよぉ!!」 うわぁああっと泣き叫びながら娘の亡骸を抱きしめ、遺体をそっとマグノシュタットの地に葬った後も。 数か月の間、私は塞ぎ込んで立ち直れずにいた。 皆が私に対して同情的で、そっとしておいてくれたのにも関わらず、突然モガメット様がとんでもない事を言い出した。 「リーオ、お前に家庭教師を頼みたい」 ある小国に産まれた姫なのだが、どういう訳か魔導士として産まれたらしい。 その国は魔法の概念が未発達故、現在姫は王宮の奥に匿われているが導いてやる者が必要だ。 「あはは………随分、酷な事を仰いますね、モガメット様……。 娘を失った私に、ゴイから産まれた、健康で……その上姫という地位まで持っている子供の面倒を見ろと!?」 無理です! きっと私は、その子を憎んでしまいます! 「どうして、そんな酷いことをしろとおっしゃるのですか!!」 「……それが、お前の為になると思ったからだよ。リーオ」 深い悲しみを秘めた目でそう言われてしまえば、黙るしかない。 その意図はわからないが、モガメット様には何か考えがあるのだろうと、とりあえず従うことにした。 娘が亡くなったあと、魔法研究もぱったりと辞めてしまった私は何か新しく打ち込むものが欲しかった。 仕事だと割り切って一生懸命やっていれば、きっとこの悲しみを少しでも紛らわせることができるだろう。 そう思いながら、とある小国の門をくぐった。 やけに王宮の奥に匿われているな、と思いながら、その国の国王の後ろについていくとやがて窓もない小さな部屋で一人遊びをしていた少女が居た。 「おとうさまっ!」 国王に気付くと、パァッと明るく笑ってタタッと軽やかに駆けてきては国王の足元に張り付いた。 綺麗に手入れされた藤色の髪を王が丁寧に撫でると、嬉しそうに頬を染めながら目を爛々と輝かせた愛らしい姫が王を見上げた。 こうみると、本当に健康なただの子供だ。 魔導士にも見えない。 「天音、お前に先生を付けることにした。きちんと挨拶なさい」 「せんせー?」 そしてやっと此方を見た姫は、ぽやっとした表情のあと一瞬だけすごく悲しそうな顔をした。 するとにこりと愛らしく笑って「はじめまして、あまねともうします」と拙いながらも一生懸命言ってくれる。 可愛いな、と思うと同時に、娘も元気に育ってくれればこんな風に明るく素直に育ってくれたのではないか、と思って胸が重くなった。 「せんせー。どこにいくのですか?」 「中庭よ。あそこは窓もないし、狭いから」 「おそと?」 姫はすっごく細いし、日に当たっていないせいか肌も不健康な程に白い。 それに魔法の訓練云々の前にまずは体を鍛えなくては。 「おそとは、だめって……」 「私と一緒なら良いのよ」 「……」 城の出入り口で戸惑っていたが、やがて恐る恐る外に出ると、次はタタッと中庭を駆け回り始める姫。 かなり久しぶりに外に出たらしく、遊びを交えながら体を動かしているとものの数分で疲れ切って眠ってしまった。 おまけに、走ったせいで喘息発作まで起こしてしまい、教育方針に口を出さないと決めた筈の国王が心配そうに扉の隙間からチラチラと覗いて来る。 病弱な娘を介抱した経験から、付きっきりで見ていると、国王だけじゃなく歳の離れた兄達も入れ替わり立ち代わりチラチラと扉の隙間から様子を伺う始末。 (こんな(過保護な)環境じゃ、集中出来ないし特訓もくそもないわね) どうしたものか、と考えた時、一番上の兄の提案で離宮で過ごす事を決めた。 王宮から離してからは、授業中は思いっきり厳しく接して体を鍛えさせた。 しばらく、そうして体を慣らしていたが、実際の魔法を見ることはなかった。 (マゴイの量はすごくあるのは分かるけれど………本当に魔導士なのかしら……?) そんな疑問を持っていたある日、暗くなった部屋に光が灯っていた。 さっき、火は落とした筈なのに……。 訝しながら覗くと、そこでは姫が小さな光球を操っていた。 やっと見る事ができた魔法が予想以上に高度な魔法式だった事に驚きながらも、そっと姫に近付く。 「……光魔法…と、重力魔法ね」 小さな肩がビクッッと大きく跳ねると、パッと光を消してしまった。 明かりが消えても、月明かりで表情がわかる。 「ちがうもん。わたし……っ!なにもしてないもん!だから、怖くないよっ」 「?何が?」 「だって、わたしのこと怖いって言って、居なくなっちゃうんだもの。 わたし、何もしてないよ!なにもしてないの!」 怖くないよ。だから、いなくならないで…っ! ボロボロと泣きながらそう訴える少女を前にして、やっと姫なのに何故侍女が居ないのかという疑問が解けた。 それに王宮のあんな奥に一人で閉じ込められるように囲われても、大人しくしていたのか。 外に出るのをためらっていたのか、理解した。 「……怖くないわ。わたしだって、ほら」 ふわっと手のひらで風を起こし、風が濡れた頬を撫でて涙を拭う。 「私と、貴女は一緒よ。それに、私はいなくならないわ」 「ほんとう……?」 「ええ。貴女には、魔法の素晴らしさをたくさん教えてあげるから。ね、天音」 「うん……っ、せんせー」 ぎゅっとだきしめると、明るくて元気なルフがわたしたちの周りを飛び回る。 そのあと、天音も少し前に母親を流行り病で失ったばかりだったうえに、代わりにやって来る侍女たちは魔法を怖がってすぐに辞めていき、天音は家族以外には魔法を見せなくなっていたことを知った。 天音は、守ってくれる人を失い、私は守る人を失った。 お互いに失ったものが大きすぎた。 何か他のことで立ち直ることができないほどに。 だから、モガメット様はわたしたちをわざと引き合わせたのだ。 お互いに欠けた部分を補いあえる様に………。 「天音、変わりはない?」 『はいっ!今日も元気です。先生は…?』 「わたしもよ」 月に数回ほど、夜に水晶を使って交信し合うようになった。 それはだいたい皇子が戻ってくるまでの僅かな間だけれど、それでも満たされた。 天音と会ってから再開した魔方式の研究は今も続けている。 これは、いつか必ず役に立つはずだから、と。 『あ、紅覇様が戻られたみたいです』 「そう。じゃあ、そろそろ切るわね」 『たまには先生も紅覇様とお話ししませんか…?』 「嫌よ、あんなチビガキ。貴女が相手してなさい」 『ちょ、せんせ』 キャンキャンと吠える子供の事を考えながら言い放った時、ザザッとノイズが走り、憎たらしい皇子の笑みが映り込む。 『ねぇ、聞こえてるんだけど?この年増』 「おほほ、何の事かしら?聞こえなかったわ」 『とうとう耄碌でもしたの〜〜?歳なんじゃなぁ〜〜い??』 「天音、今すぐその男と離縁してこっちにいらっしゃい」 「やだよ。ぜっったい離縁しないし、渡さないしぃ〜〜!」 ばいば〜〜い、オバサン。とぶっつりと通信を切られる。 ふぅ……と息をついて背もたれに寄り掛かりながら唇を緩める。 こんな風に誰かと言い合いを出来るだなんて、あの頃には想像もつかなかった。、 まあ………あの男なら大丈夫でしょう。 天音を置いてさっさと死ぬ事はない。 今思えば、私は死んだ夫を嫌ってはいなかった。 むしろ、非魔導士を毛嫌いしていた私に紳士的だったと言える。 ……もし、あの時、黙って夫を送り出さなければ、今と違う結果になったのだろうか。 (………まあ、そんなこと言っても仕方ないわね) あの子が幸せならば、私も嬉しい。 もう、私たちは一緒にいなくても平気なくらいに強くなった。 早く子供の顔を見せてくれないかしら……とのんびり珈琲を飲みながら息を付いた時、案外自分も歳を取ったな、としみじみ感じた。 2014 執筆 20160410 加筆修正公開 戻る ×
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