異端皇子と花嫁 | ナノ
ただいま 


「あ〜……もう、つっかれたぁ…」
「お疲れ様でございます、紅覇様」


うーんと軽く伸びをしてから、首周りを揉み解していく。
遅くまで付き合ってくれた鳴鳳を労ってから下がらせ、寝静まっている屋敷の中を進む。

自分の居室へと続いている回廊の先を一瞥すると、はあ…と自然とため息が漏れた。


疲れた。
軍議が白熱して、結局深夜にまでかかった。

今日遅くなったのは、明兄がしっかり眠ってフルパワーだったのも原因だと思う。



「もう寝てるんだろうなぁ〜……」


天音の部屋にぼんやりと灯りがついているのを確認してから、大きな音を立てないように静かにそっと押し開けた。

結婚してから一緒に眠るようにしてるけど、僕が居ない夜は一人で自室に寝るように伝えてある。
だから、何もなければとっくに寝てる筈。


夫婦なら、別に嫁の様子を見に行くのはおかしくないもんね。
ちゃんと寝てるかどうかの確認だし、寝てればそのまま回れ右をするだけ。


奥の寝室へと繋がっている扉に手をかけると、室内の灯りが足元に細く差しこんで室内の光が漏れ出る。
ハッとして開け放った扉の先には、起きている筈がない人影が長椅子に腰掛けているのを見つけて、呆然とその人物を見つめた。


「天音」
「ぁ……おかえりなさいませ、紅覇様」


寝間着姿で枕を抱き込んだまま長椅子に座り込んでいた天音は、僕を見つけるなりふわりと優しく微笑む。
ゆったりと立ち上がって室内の履物を足に引っ掛けながらズリズリと僕の方まで来ると、おもむろに頭を下げてからもう一度柔らかい笑みを浮かべる。


「おそくまで、お仕事、おつかれさまです。ふぁ……こんなに夜更かししたの、初めてです」
「最近は、お前も居るから出来るだけ早めに戻るようにしてたし」
「じゃあ、前はこれくらいのお時間だったのですね?…そっか」


ふふっとなぜか嬉しそうに笑った天音は、更に数歩近付いて僕の胸に額を寄せる。


「何で笑ってるの…?」
「帰りの遅い旦那様を起きて待つとか……やっと夫婦らしい事が出来たかなと、思いまして」
「…そう、だねぇ」
「だから、ちょっとだけ嬉しいんです。それに、いつ帰って来れるんだろうって思いながら待つ時間も、なんだか楽しくて。……お帰りなさいませ、紅覇様」


嬉しそうな顔のまま胸に寄りかかる頭を呆然と見つめていると、自然と手が動く。
遅くなるのに、何も連絡しなかった僕が悪いのに。

てか、眠かったら寝室で先に寝てればいいのに。
待ってなくても、全然僕は気にしないのに。

……でも、どうしてだろう。内心嬉しくて堪らない。


「おかえりなさい」といつもみたいに笑顔で出迎えて貰えることが、こんなにも安心させられるとは思ってなかった。
何気ない言葉なのに、こんなに嬉しいなんて、知らなかった。


……これはやっぱり、天音が僕にとって名実共にただの他人じゃないからだろうか?


風呂上がりで良い香りのする髪を撫で、そのまま細い肩をしっかり抱き込む。
天音が腕に枕を抱いているせいで僅かに開く間が何だかもどかしい。
でも、僕らの関係はまだそれでも良い。


「ん、ただいま」
「お疲れ様、です」
「うん。ありがとうねぇ〜〜」

仕事の疲れが一気に吹っ飛んでいって、気力がみなぎるようだった。
この子の為なら、何でもしてあげてもいいと思えるほどに。

じわじわと胸の中がいっぱいになって、息が苦しくなってくる程。


(これが幸せっていうのかな……)


唐突にそんな事を思って、両手でしっかりと小さい体を支えるように腕を回した瞬間、カクンッと天音の膝が折れて後ろへと崩れていく。
「うわっ!」と慌てて抱き留めると、ぐにゃっと力の抜けた体が僕の胸の方へと倒れる。
確認するように顔を覗き込むと、既にふにゃふにゃ言いながら安心したように眠っていてついついため息が漏れた。


「まったく…」


膝裏に腕を入れて横抱きにして寝台にそっと下ろしてやると、気持ちよさそうにそのまま僕の方へと寝返りを打つ。
しばらくその顔を眺めた後、そっと立ち去ろうとするも、くっと帽子が引かれてつられるように足が止まる。


気付けば、いつの間にか帽子の飾り紐が天音の腕に絡まっていた。
運んだ時にでも引っかかって、そのまま無意識に掴んだのかも知れない。

それがまるで、行かないで欲しいと引き留められているような気がして……ぞくぞくする。


「……お前、本当に可愛いね」


こつんっと額を合わせるとすりっと擦り寄られ、その事に口元がゆるむ。

もう自分の部屋に戻るのも面倒になって、そのまま隣のスペースに体を滑り込ませて 天音を緩く抱き締める。


朝になったら、またいつもの日々とやり取りを心待ちにして目を閉じた。
20160202 加筆修正
20160313 公開

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