うちの使用人は変わってる
我が家の使用人は、変わってる。
中には、より飛び抜けて異質で変人なのも混ざっている。
「おっはよー、ルイス!寝坊しちゃって、メンゴ」
「貴女の寝坊は毎日ですし、口先で謝るくらいなら努力してください」
「ッッカーー!!辛辣…!アラームがスヌーズしない世界、ガッデム…!!!」
「汚い言葉を使わないでください」
淡々と応えると、「実家のような塩対応!」と叫びながら隣で一緒に調理を始める。
この変人………彼女は、3ヶ月程前にいきなり我が家に押し掛けてきた。
言葉通り、本当に唐突にモリアーティ家の門の前で大声で「たのもーーう!!!」叫ばれた時、何事かと思って始末しそうになった。
けど、ジャック先生から殺人術を倣った僕でさえ抑え込むことが出来ず、苦戦を強いられることとなり…………結局、窓から様子を眺めていたウィリアム兄さんが面白がって招き入れしまった。
『アタシ、未来の別世界から来ました。
行くとこ無いんで、置いてください』
なんて言われても、普通は信じないだろう。
精神を病んだか、馬鹿馬鹿しい。と、一蹴して終わりだ。
『今から言うのは、未来人のアタシが知ってるけど、この時代の人は知りもしない内容デス』
けど、彼女が続いて言った言葉に、皆が驚くしかなかった。
モリアーティ家に出入りしている人間たちの名前や過去、そして兄さんが綿密に計画していた事件の数々。
ナイフを首に突き立てながら「何故知ってる?」と聴くと、「……殆ど、シャーロックホームズシリーズで読みました、ハイ」という返答があり、ウィリアム兄さんは納得したらしい。
シャーロックホームズの傍には、ワトソンという医者兼業小説家のルームメイトが居る。
彼は、兄さんが犯罪を描き、探偵のシャーロックホームズが解いていく謎を小説にしたためたのだろうと。
『ちなみに、アタシは無一文で此処で転生?転移?させられたので、此処で放り出されたら野垂れ死に確定なんです、何ともするので雇ってくだせぇ』
額を床に擦り付けるように土下座しながらオンオンと泣き真似をする婦女子を前に、皆が何ともいえない顔で視線をさ迷わせる。
冷徹を装っているのに、その実中身がとんでもなく聖人で困っている人間を見過ごすことが出来ない神の化身のようなウィリアム兄さんが頷かなければ、こんなゴミ人間、すぐ屋敷の外に放り出していただろう。
あの時始末しておけば、こんな事にはなっていなかったのに。
「……ルイス、殺気仕舞って。ステイステイ」
「おや、失礼しました」
「おっとぉ…マジなヤツだったか。冗談キツいぜ…」
「いつ冗談を言い合う仲になりました?」
「おァ〜〜〜イギリス英語むずかちぃなぁ〜〜〜」
バブバブゥとか言い始めた人を冷めた目で睨み付けると、『うるせぇ、リディクラスすんぞ』とか言い出す。
初めて会った時からこの人は、こうやって、不意によく分からない外国語を言う。
それに越えられない言葉の壁を感じて、なんとも腹立たしく感じてしまう。
「……貴女の出身は、確か日本であったと聞いていますが、ふいに出てる言語は彼方の国の言葉なんですか?」
「お?アタシに興味あるぅ??」
「ありません。強いていうなら、言語の方に」
「チェーなんだよ、照れてんなよ〜〜〜」
「やめてください、ウザいです」
「今日は塩分摂取過多になっちゃうなぁ…」
ふーんふふんと唇を尖らせて鼻唄を歌いながら、「これは、私の好きなハリー・●ッターに出てくる呪文なんだよ」とニヘッと笑う。
「たまに聴くんですが、それは魔法が存在する別の世界なのでしょう?そういった別世界まで観測出来るなんて、未来は凄く進んでいるんですね」
「え、へへ。そうだろ、そうだろぉ?」
一瞬だけ気まずそうに視線を反らした彼女を見つめていると、コホンと小さく咳払いをする。
「まあ、最初日本に居る筈の自分がロンドンに居るって気づいたら、真っ先にその世界に飛べたのかと、思ったよね」
「……」
「まーー、でも、駅に行ったら9と3/4番線なんて無いし、服装とか見る限りもっと過去だな!!?ってなって、19世紀って事に気づいた時には絶望しかけたけどな…」
「貴女の時代では、そんなにこの時代は暗黒時代なのですか?」
「いや、メンゴ。そういう訳じゃなくてさ、ほらさ、格差がエグいじゃん?確実に平民な自分としては『クッッソ野垂れ死にコースのクソゲーじゃねぇか!!』って叫びたくなるワケよ。
そこら辺の姉ちゃんみたいにウッフンアッハンだったら、もうちょっと自力でのしあがる方法考えたんだがな」
「貴女、色々残念な方ですからね」
「うるせぇよ、上から下まで見るんじゃねぇ」
実際、自分とあまり変わらない年齢だと彼女は言うのだが、黒い髪と丸々とした黒い瞳は、随分と幼い印象を受ける。
そもそも、雇って貰えずに門前払いされるだろう。
上から下まで不躾に見てしまい、下がったメガネを指で押し上げた。
「それに、口調も随分と荒っぽいといいますか……色んな国の英語訛りが混じっていて、とても聞き取りづらく感じます」
「ハリー・●ッターにいつ飛ばされてもいいように、英語勉強してたのに、インターネッツしてると、海外の悪い言葉ばっかり覚えて良くないねぇ!」
ガハハッと豪快に笑う姿に引きながら、彼女の隣でフライパンに卵を割り入れていく。
「その、ハリー・●ッターの世界に転移出来なくて、残念でしたね。魔法も何もない、こんなつまらない現実世界で、さぞ退屈でしょう」
あ、しまった。
オムレツを作ろうと思ったのに、強く混ぜ過ぎた。
これでは、スクランブルエッグになってしまう。
「いんや、ルイスたちのおかげで毎日楽しいよ!」
キラキラとした笑顔でそう言い返してくる姿に、フイッと思わず顔をそらしてしまった。
「それに、アレだ。冷静に考えたら、転移してもアタシはきっとマグルで魔法使えなかっただろうから、どのみち詰んでた気がするし。
新聞で、『犯罪卿』の文字を見た瞬間『コッチ(モリアーティ)かぁーーー!アリッッッ!』ってなったからヨシ」
「そう、ですか」
「いつでもローリング・インセンディオ決められるように、鍛え抜いたこの有り余る筋肉の使い道があって、マジ万々歳。19世紀なら尚更、筋肉があればなんとか生き抜けるって思ったし。
この1000%ラブな健康体なら、病気もしないだろうから」
「存在がびょうきみたいですものね」
「オン?やんのか?やんのか??
まー、それに。ルイスのおかげで毎日塩味強めだし、ナマで見るとこう、ドチャシコくてカプ厨にはたまんねぇなァ!ってなるんだなぁコレが!」
「……?そうですか」
あ、焦げた。
これは、兄さんには出せないな。
「どんな形であれ、推しを傍で眺められる人生なんて、至福以外何者でもないのよ。サンキュー、拾ってくれた神様!的な」
「ところで、貴女はスクランブルエッグは好きですか?」
「唐突すぎる。話聴いてた?ポーチドエッグの方が好き」
「じゃあ、コレは僕の分にします」
「今好きになった。食べまする」
皿を差し出しながらクレクレとする彼女の皿に盛り付けると、「焦がしちゃうのも推せる」とよく分からないことを云いながら妙な躍りをしてる姿に、つい笑ってしまう。
兄さんたちを交えた食事でも、よく分からない言葉をマシンガンのように言う姿に皆が困惑しながらも何処か許してしまう空気なのは、一重に、彼女がヘルダーを越える変人だからに他ならないだろう。
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