Orijinal | ナノ


筆を走らせる君の指。
カンバスを見つめる君の瞳。
時折さらりと揺れる君の髪が光に輝く。

嗚呼なんて繊細で美しいのだろう。
僕はその姿を見て眩しそうに眼を細めた。





純粋な絶望








「・・・さっきから何を眺めているの?」



彼女は不意に声を掛けて来た。
しかし瞳はカンバスを見つめたまま。
筆も動きが止まる気配はない。

僕はそれを見つめながら自分の視線を気付かれたことに急に恥ずかしくなって、慌てて瞳を逸らした。
頬はきっと赤いままだろうが、窓から差し込む夕焼け色がきっとそれを誤摩化してくれる。
だから頬に熱が集まるのを気にしないで、僕は彼女をちらりと見つめて正直に口を開いた。



「えと・・・・君の姿を」

「・・・そう。」



そう言うと彼女は口を閉ざして筆を走らせる。
僕にはもう興味が無くなったかのように、じっとカンバスを見つめたまま。
それが何だか哀しくなって、僕は眉尻を下げてじっと彼女を見つめた。

暫くの間そのまま彼女が筆を走らせる姿を見つめ続ける。
しかしやはり彼女は僕に興味がないままで、いつまでもそのままだ。
彼女が描く様は美しいことこの上ない。
けれどもその意識が僕に少しも向いてくれないのは少し淋しい。

だから僕は彼女が描いているカンバスを覗き見るように近くに移動した。
カンバスが視界に入るとそれは美しいようでおどろおどろしいような、そんな何とも言い難い風景が描かれていた。





一面は赤。
陰影に黒。
輝きに白が混じり、それははっきりともぼんやりともとれる形で描かれている。

それでも見たものには判る風景。
白と赤で交じった花弁は桜が咲き誇り、舞い散る姿。
遠くに見える影は美しき町並み。
世界を彩るのは日の輝きだ。





僕はそれを見て美しいと思った。
色は確かに強烈で、しかし多彩な色を使われているわけじゃない。
でもそれは夕焼けに染まった町のようで、まるで命が燃えているようで美しい。



「きれい、だね」



僕がそう感嘆の声を零すように呟くと、彼女は少しだけ眉を顰めた。
しかし彼女は絵を描くことは止めないし、僕に瞳を移すこともしない。
ただ始めと同じようにじっとカンバスを見つめて絵を描き続ける。



「あなたにはこれが、美しく見えるの」



そう問い掛けとも断定とも取れるような言葉を彼女は呟く。
僕はそれに頷いた。



「うん、きれい。でも僕には芸術なんて判らないんだけどね」



そう苦笑すると彼女はまた初めのように素っ気なく一言返事を返しただけで黙ってしまった。

僕はそれに拙いことでも言ったかな、と気まずそうに思って頬を軽く掻く。
でも折角話す切っ掛けが出来たのだからそれを潰すようなことはしたくなくて、僕は何とか思いついた言葉を呟いた。



「これって、この町だよね。こんな風景の場所がこの町にはあるんだ?」

「そうね」

「じゃあ君はこの風景が好きなんだね?」

「別に」



そう淡々と返されて僕は困った。
話を何と続けたらいいのかと頭の回転をフル活動させる。





「・・・この風景が、一番相応しいと思ったの」





ふと、彼女が呟いた。
僕はそれに慌てて口を開く。



「相応しいって・・・・この絵に?」

「そう」

「どうして?」

「どうしてだと思う?」



彼女は問う。
僕を見ずに、真っ直ぐにカンバスを見つめたまま。
僕はその姿を見つめながらも、質問の答えを一生懸命考える。










「命が燃えているように見えるから・・・・とか?」










僕がそう小首を傾げると、ぴくり、と彼女の筆を持つ手が僅かに止まった。



「あなたにも、そう見えるの?」



彼女は筆を止めたまま、問い掛ける。
僕はそれに嬉しくなった。

だって『あなたも』って彼女は言ったから。
それはつまり、彼女も同じことを思ったと言うことの証明だ。

それが溜らなく嬉しくて仕方なかった。



「うん、そう見える。だからすっごくきれいだなって思った」

「・・・・・」



彼女はそれを聞くと暫し口を噤んだ。
さらりと髪が彼女の顔を覆い、軽く俯く。

けれども僕は嬉しさのあまりその彼女の表情の変化に気付かなかった。



「ねぇ」



彼女が呼びかける。
僕はそれに笑顔で首を傾げると、彼女は続けた。



「この絵の題名、聞きたい?」



僕はその言葉に眼を見開いた。
彼女が僕にこの絵の題名を教えてくれるんだ。
そう思うと何だか少し心が近づけたような気がして、顔が無意識のうちに綻ぶ。



「うん、教えて欲しい!」



元気にそう返事を返せば、彼女は薄らと笑んだ。





彼女は描いていた筆を下ろし、近場の台にパレットと共に置く。
そしてかたりと音を発てて椅子から立ち上がると、彼女は僕に振り向いた。





「この絵の題名はね────」





そう続けた彼女の瞳は何処までも昏い色をして、絶望色をしていて。
そしで何処までも美しく、可憐に。















嗤っていた。

























「『滅び逝く世界』」





























2009,8,3


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