デュラララ | ナノ


この世界には、獣人と言う名の存在がいる。
彼らは皆、人と動物を掛け合わせたような容姿をしており、その種族は多種多様。
しかし人と比べれば俄然数は少なく、人と共存している種族はまた殊更に少ない。
何故なら、数が多いが故に、世界を主に統治しているのは人間なのだから。

人は己よりも強いものを淘汰する。
また、人と似て非成るものの存在が自身よりも優れていれば、尚のことに。
だから、人と共存した生活を送れるものは、人の下に付くことを良しとしたものだけ。
ここは、そんな獣人と人とが共存している世界。

そしてそんな世界だからこそ、人は皆知っている。
知り合いでもない獣人とは関わり合いにならない方が良いことを。
特に、ペットとして飼われている犬、猫、鳥、兎以外の種族は、危険だと言うことを。
彼らはどんな形であれ───厄災を齎すのだから。





The end of Halloween.





その日は仕事が長引き、終電ぎりぎりまで残業をしていた夜だった。
漸く残業を終え、最寄り駅からの帰宅途中、薄暗い路地で壁に背を預けて踞っている、フードを被った男を見つけた。
本来ならば、夜道に薄暗い路地に踞っているような人物に、防犯のためにも声を掛けるべきではない。
しかしそれでも、私は放っておけなかったのだ。
だって彼は、暗がりでも判るほどに苦しそうな顔をしていたのだから。
その苦しみように、せめて救急車でも呼ぶべきかもしれないと、体調を確認するためにも近づいた。

そうすれば、それはすぐに人ではないこと判った。
遠目ではフードに隠れて判らなかったが、近づけばそのフードの口から隠しきれない大きな獣耳に、上着の袂から覗くふさふさの尻尾が彼を人ではないと知らしめていた。
どこかの飼い犬だろうか。
耳と尻尾の形態からそう連想しながら、一瞬だけ声を掛けるかどうかを迷う。
知り合いでもない獣人とは関わり合いにならない方がいい。
面倒ごとに巻き込まれるのだから。
だからこのまま声を掛けず、身を翻してまっすぐ家に帰った方がいい───どこか本能的にそう考えている自分がいた。

しかしそれでも、私は彼に声をかけることにした。
だって彼は、全身傷だらけだったのだから。
上着に着ているパーカーから覗くその肢体は、暗がりでも判るほど多くの傷を負っていた。
深さはどれほどのものかは判らないにしろ、そこから流れ出る血の量から推測するに、かなりの深手だ。
そして、その傷が齎しているのだろう発熱が、彼の体力を一方的に奪っていっているのが目に見えて判った。

傷を負った見知らぬ獣人。
どう考えても、関わり合いになれば厄介ごとに巻き込まれる。
例えそれが獣人ではなくとも、目に見えて厄介ごとだと判るこの現状。
それでも、苦痛と熱に苦しそうに喘ぐ姿を見てしまったら、このまま見捨てることなんて出来なかった。
だから私は彼に声を掛け、彼自身が私の行動を拒絶しても、頑として譲らずに家まで強引に連れて帰った。
そして友人のセルティに連絡をして、闇医者だと言う彼女の恋人に彼の手当をしてもらった。

そのあとすぐに彼が犬ではなく狼の種族だということが判ったり、治療したとは言え深手を負ったままなのに、目が覚めた途端出て行くと言い出す彼をなんとか引き止めたりした。
彼は自分のことを一切話す気はないようだったが、それでもこのままここにいると、私に厄介事が降り掛かるのを判っているようだった。
だから彼は何かが起きる前に出て行こうとしてくれていたようだが、私はそんな大怪我をした身体で出て行かれる方が、厄介事に巻き込まれるよりも嫌だった。
だからせめて傷が治る間だけでもここにいてくれと、願ったのだ。

見返りなんて求めない。
善意を押し付けるつもりもない。
ただ私の気を晴らすために、ここにいてくれと。
例えそれで何かが起こって私が不幸になろうとも、それは私が自分で齎した災厄。
決して貴方のせいにはならないし、貴方のせいにはしない。
そう言えば、彼は思うこともあったろうに、渋々暫くの間療養のために滞在してくれることになった。

そうして彼が『静雄』という名前であると教えてくれてから、早一ヶ月。
大きな傷は未だ治ってはいないが、それでも歩けるようになるほどには回復していた。
彼との距離も大分縮まり、最初と比べればお互い随分と親しくなっている。
相も変わらず彼が抱えている問題は知る由もないが、今では彼の好き嫌いや癖が判るくらいには彼のことを知っている。

そして彼との関係が、一週間ほど前から少しだけ変わった。
彼の傷が中々治らないので、長期に渡り滞在している自分が完全にヒモ状態ということを、どうやら彼は気にしていたらしい。
ここには私の我が侭で彼にいてもらっているのだから、傷が治るまでの間は生活の全てを私が担うのが当然のこと。
だからそんなことはないと言っても、彼は納得してくれないので困った。
どうしたらいいのだろうと悩んだ末、もしかしたら侮辱になるのではないだろうかと思いながらも、私は彼が気負わなくてもいいようにある提案をしてみた。
提案と言っても、突発的に浮かんだことで、好奇心で言った割合の方が高い。
だから断られることを前提で言った冗談のような提案だったのだが───彼はなんと、それを受け入れた。

私のペットにならないか、という提案を。

『そうか、ペットか。ペットなら、主人に養われるのは当然・・・なら、気兼ねなくここにいられるな』

などと、妙に納得した風で言うものだから、少し戸惑ってしまった。
狼の一族は一族以外の馴れ合いを基本的に嫌うと聞く。
だからペットになるのはプライドとかそういうのには障らないのだろうかと訊いてもみたが、どうやら彼はそこにはあまり拘りはないらしい。

『別に?それで俺の本質が変わるわけでも、行動に制限されるわけでもねぇからな』

と、言うことで、ペットいう境遇にも納得したようだ。
まあ彼の傷が治るまでの期限付きであるのだから、そこまで気にする必要もなかったのかもしれない。
要は、彼の気が咎めない関係に落ち着けば良いのだから。

まあそんなことがあって、彼は私のペットになった。

ペットになったからと言って、特別関係が変化したわけではない。
けれども、彼がペットだと言うようになってから、少し甘えるようになってくれた。
言動でも、行動でも。
ペットは主人に甘えても良い存在、というのが静雄のペットに抱くイメージらしい。
だから今日も、彼は私に甘えてくれるようだ。



「沙良」

「ん?どうしたの、静雄」



カタカタとパソコンのキーボードを叩いていた手を止めて、声のしやる背後へと椅子ごと振り返る。
そうすればそこには、包帯ぐるぐる巻きの黒い狼───もとい、黒服を着た包帯ぐるぐる巻きの狼男、静雄がこちらをじっと見つめて立っていた。



「菓子をくれ」



唐突に言われたその言葉に、私は一瞬目を点にする。
続いて一回だけ瞬きをすれば、静雄は少しばかり苦笑気味に笑った。



「今日はハロウィンなんだろ?だから菓子をくれ」



今日は十月三十一日。
世間ではハロウィンのイベントで賑わっている。
日中、仕事の休憩の最中に町中を歩いていたら、仮装行列で賑わっていたのを覚えている。
それを静雄に教えたら、ハロウィンとは何かと訊いてきたので、仮装をしてお菓子を強請る行事だと教えてみた。
本来の宗教的な行事という説明は、きっと彼には興味が無いだろうから省いて、子供だけがお菓子を強請れるというのは、故意に省いて。

そんな前振りを事前にしておいたのだから、いつかはこうしたハロウィンイベントを仕掛けてくれるだろうとは思っていた。
でもあまりにも唐突で直球過ぎたので、少しだけ面食らってしまった。



「どうした。早く」



早く菓子をくれと片手を出して催促する静雄に、私はぷっと小さく吹き出してしまった。
だって尻尾まで揺れて、なんだか可愛かったのだもの。

そうすれば、彼は少しむっとした表情で私を見た。
ああ、このままでは怒らせてしまう。
そう思って私は笑うのを押さえる。



「ふふ、笑ってしまってごめんなさい。でも、それじゃあダメよ」



そう言えば、彼は眉間に皺を深く刻んだ。

彼は短気だ。
彼の短気さは、正直言って驚くほど。
怒りの沸点が低いのか、とても怒りっぽい。
だから早く鎮めなくてはと、私は少し慌てて口を開いた。



「お菓子を強請るときは、『Trick or Treat』って言うの」

「とりっ・・・なんだ?その呪文みたいなの」



彼はぴくりと大きな獣耳を動かしながら、不思議そうに首を傾げる。
それが増々可愛くて、私は小さく笑った。



「Trick or Treat. お菓子をくれなきゃ悪戯するぞって意味」

「ふ〜ん。菓子をくれなきゃ悪戯してもいいのか」

「うん、そうなの」



そう私が頷けば、静雄は「悪戯・・・」と小さく呟いて少し考えるそぶりを見せる。
なにか悪戯の算段でも打っているのだろうか。
悪戯の内容が少し気になりつつも、お菓子はばっちり用意しているので、悪戯をされては堪らない。
だからちょっと催促してみる。



「ほら、Trick or Treatって言ってみて!お菓子、欲しくないの?」



言外にお菓子を用意しているよと言ってみれば、やっぱり静雄。
甘い物好きな彼は、それに食らいついてくる。



「菓子、あるのか」

「まあね」

「ならよこせ」

「ちゃんと呪文を言ってから」



そう言えば、静雄は黙ってしまった。
しかしそれがルールなのだと理解したのだろう、渋々彼は口を開く。



「とりっ・・・とりーあ・・・・とりー、と?」



何やら気難しそうな顔をして、間の抜けた言葉を発する静雄。
最後の『と』だけ、小首を傾げた辺り、もう狙っているのではなかろうかとちょっと思ってしまうくらいには、可愛い。
いくら獣耳と尻尾があっても、長身でがっしりした身体の大の男が、こんなに可愛くて良いのだろうか。
そんなことを考えていると表情にはおくびにも出さないが、内心私は身悶える。



「とりっ・・・とりーあー、とりっ・・・・あーーー判んねぇ!もう呪文は無しだ!菓子をよこせ!でなきゃ悪戯すっぞ!」



よっぽど英語が難しかったのか、奮闘した末にどうやら諦めたらしい。
最後は投げやりになってこちらを睨んでいる。
言えなかったのが悔しかったのか、ほんのり頬を赤く染めつつも、その表情はどこか悔しそうだ。



「ふふふっ、可愛いーなぁー」



思わず緩んだ口で、笑ってしまう。
そうすれば静雄は顔を赤らめて、思いっきり眉間に皺を寄せた。
これ以上は本当に怒らせてしまいそうだ。
私はこれ以上彼の機嫌を損ねないために、急いでキッチンに向かって寝室を出た。
そして冷蔵庫を開けて、目的のものを取り出す。
作っているときから思っていたが、相も変わらず大きいなと思いながら、ずっしりと結構な重さがあるそれを両手で持ったまま、再び寝室へと戻った。

扉を開けば、静雄がベッドの上に座って待っている。
その表情は私の先ほどの言動が原因なのか、やはり眉間に皺が寄っていたが、尻尾がわさわさと左右に揺れていたので、内心お菓子が待ち遠しいのだろう。
表情以上に尻尾や耳が彼の感情を表してくれるので、本当に判りやすいと思う。

そんなことをぼんやりと思いながら、冷蔵庫から持ってきたそれを静雄の足下に置く。
本当は差し出してあげたいところなのだけれども、あまりにも重いのでそれは断念した。
お菓子なのにこんなに重量があるものもそう無いだろう。
私はふぅ、と小さく息を吐くと、重みで軽く額に滲んだ汗を腕で拭った。



「はい、どうぞ」



そう言うと、静雄は目を点にして目の前に置かれたものを見る。
なにか奇妙なものでも見るかのように、首も傾げている。



「なんだ?このバケツ。中に黄色のが入ってるんだが?」



目の前に唐突に置かれたバケツに、静雄は訝しんでいる。
まあそれもそうだろう。
お菓子と言われてバケツが出てきたら、それは誰だって驚くはずだ。
だからこそ、これを選んだのだけれども。



「ふふふっ、驚いた?これ、プリンなのよ?」

「・・・は?」



静雄は増々変なものを見るかのように、私を見た。
いやまあ、その気持ちは判らないでも無いけれども。
しかしそれでも、頭大丈夫か、と問われそうなほど奇妙な視線で見られると、なんだか居たたまれない気分になってくる。
こんな思いをするために、私はこれを用意したわけではないのに。



「静雄、プリン好きでしょう?」

「おう。好物だが」

「それで、人の世にはバケツプリンなるものが存在するのですよ」

「・・・マジか」

「マジよ」



にっこり笑って肯定すると、静雄は驚いた顔で足下のバケツに入ったプリンを見つめた。



「信じらんねぇ・・・・誰だよ、んな訳の判んねぇこと考えたヤツ」



そう呆れつつも、どうやらプリンと聞いて気分を良くしたらしい。
尻尾がまた左右に揺れていた。



「ほらほら、眺めてるだけじゃプリンは味わえませんよー。特大スプーンも用意したから、これで食べてね」



そう言って、私は部屋に予め用意しておいた、シャベルのような特大サイズのスプーンを差し出す。
静雄はそれをまた驚いた顔で見つめて、半ば呆れながらも受け取った。



「ほんと、バカなヤツ」

「それは今に始まったことではありませーん」



ちょっとちゃかしたように言ってみれば、静雄は確かにと言って笑った。



「・・・お前がバカなのは、俺を拾ったときから判ってるさ」



そう言って笑った表情は、なんだか少しだけ悲しそうで。



「・・・静雄?」



少しだけ心配になって、静雄に近づいた。
でも彼はなんでもないと首を横に振って、重たいバケツを膝元に抱え、目の前のプリンをほうばり出す。
プリンを美味しいと言って食べるその表情は、もういつも通りの彼。
普段の表情と何ら変わりないからこそ、私は少し、心配になった。



「あむっ・・・・しっかしこれ、美味いな」



私の気も知らないで、彼は目の前のプリンを豪快に食べる。
それがなんだか嬉しいような、悲しいような、よく判らない感情を感じながら、私は静雄の隣に座った。



「ありがと。それ、私が作ったの」

「マジか」

「マジよ」



もぐもぐと、ひたすら目の前のプリンをほうばる静雄。
よっぽどプリンがお気に召したのか、がっつくように食べている。
そのせいか、少しばかりプリンの残骸が彼の頬やら腕やらに飛んでいる。
そんなところが狼らしいなと思いながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。



「そう言えば、静雄は仮装ってしなかったのね」

「んぁ?」



静雄は口の中をプリンで一杯にしながら、私に振り向く。
その目は心外だとでも言わんばかりに、眉を寄せてこちらを見ていた。
ごくり、と口内のプリンを飲み込むと、彼は持っていた特大スプーンをバケツに差し込んだ。



「してるじゃねぇか、仮装」

「・・・どこが?」



していると言われても、しているようには正直見えなかった。
彼はいつも通り傷を覆うための包帯を巻いているし、着ている服もいつも通りの黒地のスウェットにズボンだ。
唯一仮装らしいと言えば、そのふさふさの獣耳と尻尾だが、彼に限ってはそれは本物であって、仮装ではない。
ならばそれっぽいところと言えば。



「・・・・首輪?」



そう、首輪だ。
普段は付けていない首輪を、今静雄は付けている。
付けていないとは言っても、夜間の間だけなのだが。

以前彼が私のペットになると言ったときに、冗談半分で後日首輪をプレゼントしてみた。
最悪怒られるかもしれないと思いつつ、冗談であげた首輪だ。
当然あげたときは誰が付けるかと静雄も冗談半分で怒っていたが、日中誰が家を訪ねて来るか判らない。
その時に飼い犬と勘違いをしてもらうにはもってこいだと気づいたので、三日ほど前から日中は付けるようにはしていた。
それでも付けるのは日中だけで、寝辛いこともあって夜間は外している。
それが夜である今も付けていることを見れば、仮装らしい仮装はそれくらいしか見当たらなかった。



「・・・違げぇよ」



首輪を付けていることに意味があるのか無いのかは判らないが、少し頬を染めてそっぽを向くその様はなんだか可愛い。
しかし答えが違う現状、正解が知りたかったので、答えを急かしてみる。



「じゃあ正解はなんなの?」



教えて、とその顔を覗き込むように見上げれば、先よりもまた少し、頬が赤くなったような気がした。



「・・・包帯」

「包帯?」



言われて、私は首を傾げる。
そのままじっと静雄の身体を見てみれば、身体にぐるぐる巻きにされた包帯が目に入った。



「・・・・そう言われてみれば、包帯の数がちょっと多い?」



彼が家に遣って来た当初は相当の傷があったため、確かに体中包帯だらけだった時があった。
しかし、もうあれから一ヶ月も経っているのだ。
細かな傷は治り、深手の傷だけがまだ残っているのが現状だ。
そしてその残った傷があるのは、胸元と左の太腿。
それ以外は治っているに等しい。
ならば今、彼の首元や腰元にまで巻かれている包帯は、どう考えても余分なものだ。



「包帯と言ったら、ミイラ男だろ」



成る程、言われてみれば確かにそうかもしれないと思った。
元々ある包帯を生かして、且つ家にあるもので仮装をするとしたら、確かにこれが一番手っ取り早いだろう。
まあ一番手っ取り早いのは、彼自身が狼男故にそのままでいることだと思ったのだが。



「でも中身は乾涸びてないわよ?」

「・・・そこは仮装だから大目に見ろよ」

「まあね」



納得しつつ、ふとまた疑問を口にしてみる。



「じゃあどうして、今付ける必要の無い首輪をしているの?」



首輪は仮装ではないと否定した。
否定をしなければ、それは狼男のミイラ男と言えるのだろうが、否定してしまった時点で首輪の意味が判らない。
だから不思議に思って首を傾げれば、静雄はまた頬を染めて視線を逸らした。



「・・・やっぱご主人様に強請るんだったら、ペットの方がそれっぽいだろ。それに、冗談とは言え、お前がくれたもんだしな」



ちょっと特別な日っぽいだろ。
そう照れながら言う静雄が可愛くて、思わず頬が緩む。
冗談であげたものでも大切にしてくれているのだと判ったら、無性に嬉しかった。



「ふふっ、可愛い」

「可愛い言うな!」



静雄は顔を真っ赤にしながらそう怒ると、またプリンをほうばり始める。
その様が可愛くて、そして嬉しくて、今自分は幸せだなと、彼を見つめながら思った。



「静雄」

「あむっ・・・ん?なんだ?」

「Trick or Treat.」

「は?」

「だから、Trick or Treat. お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」



そう唐突に言うと、静雄は少し焦ったような顔をする。



「菓子っつったって・・・・何も用意してねぇぞ」

「お菓子くれなきゃ悪戯するぞー」

「いや、だから、用意してねぇって。・・・・プリンならあるが」



食うかと少し困ったように問うて来る静雄に、私は小さく笑う。
困っている彼も可愛い。
だからもっと意地悪をするように、私は首を横に振った。



「だーめ。あげたものは差し出すことは出来ません」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」



貰うことは考慮していたが、あげることを考慮していなかった静雄は困惑する。
唯一持っていたお菓子も、受け取り拒否をされてしまったらもう成す術がない。
どうすりゃいいんだと、半ば睨むように私を見下ろす彼を見つめながら、私は悪戯っ子のように笑った。



「じゃあ、悪戯決定ね」



その一言に彼が軽く身構えるのを視界に入れながら、私はそのまま身を乗り出す。
急に近づいて来た私に驚く彼の頬に手を添えて、そのまま顔を近づけた。

柔らかな髪。
端整ながらも野性的な、整った顔立ち。
吸い込まれそうなほど真っ直ぐな、鋭い美しい眼。
何度見ても見惚れてしまいそうになる、その姿───。

私はそのまま、口付けた。



「───っ!?」



静雄は目を見開く。
顔を赤らめて、驚きの表情で。
私はそれを見つめて、ぺろりと、舐めた。



「!!!?」



静雄が声にならない声を上げながら、その場から仰け反る。
その反応がまた可愛くて、思わず声を出して笑ってしまった。



「っぷ、ははははっ!」

「っ、っ、っ、お、おまえ・・・!!」

「ふっ、もう、静雄、顔真っ赤っ!ただほっぺたのプリンを舐めただけなのに!」



そう、舐めただけなのだ。
頬に付いたそのプリンを。
それなのに、静雄は首元まで真っ赤にして、尻尾も耳も毛が逆立つようにぴんとのびたまま硬直している。
それがそのまま彼の驚き具合なのだと思うと、面白くて仕方なかった。



「もっ、もう、静雄ったら、可愛いっ!ははっもう、笑い、止まんなっ・・・!」



もう、反応が素直すぎて可愛い。
可愛すぎて面白い。
面白すぎてお腹を抱えつつ、若干涙目になりながら、未だに真っ赤のままの静雄を見つめた。



「もしかして、キスされるとでも思った?」

「───っ」



その問いに、静雄は口を引き結ぶ。
どうやら図星だったようだ。
女性経験があまり無いのだろうか。
素直な反応な彼が、増々可愛くて仕方なくなった。



「ふふっ、安心して。自らこの関係を壊そうなんて思ってないから」



だから安心してここに居てね。
そう内心思いながら笑えば、何故か静雄は悔しそうな顔をした。
そんなに私にからかわれたのが悔しいのだろうか。
その表情からそろそろからかうのは止めようと思い、謝罪を口にしようとした途端。



「──!?」



静雄の顔が、間近にあった。



「んっ、んんっ・・・・!」



柔らかなものが口に当てられたと思ったら、ぬるりとしたしたものに口を割られる。
そのまま荒々しく口内を貪られて、その熱さに目眩がしそうになった。



「やっ、めっ・・・・んっ」



抵抗しようともがくが、片手で頭をがっちりと掴まれてそれも出来ない。
腕で身体を押し返そうとしても、その左腕も掴まれて身動きが取れず、片腕だけではあまりにも静雄の身体は屈強過ぎた。



「んんっ・・・・んぁっ」



動物特有の、ざらりとした舌触りが口内を這い回る。
先ほどのプリンの甘さも相まって、その味に、感触に、熱に。
全てが溶けてしまいそうだった。



「ぁ、っは・・・」



どれだけの時間、そうしていただろうか。
長かったような気もするし、短かったような気もする。
気がつけば私はそのままベッドに押し倒されていて、彼に見下ろされていた。



「し、ずお・・・・」



どうしてこんなことをするの。
熱に浮かされたようなぼんやりとした頭で、そう内心問いかける。

彼は私の我が侭で、ここに居るに過ぎない。
私の我が侭に付き合わされて、私の側に居るに過ぎないのに。
それなのに、どうして彼は、こんな切なそうな。
それでいて、熱っぽい瞳で私を見つめるのだろうか。



「・・・沙良」



彼の手が頬に添えられる。
そっと、優しく。
けれども決して拒むことは許さないとばかりに、確りと。



「お前に教えてやるよ。悪戯も過ぎれば、時に飼い犬が───主人を噛むことがあるってことを」



そう言って近づく彼の表情は、どこか泣きそうだった。















熱い熱が私を包む。
私の身体も、思考も、全てを飲み込む熱が。
拒まなければならないと理解していながら、私は出来ずに溶けてゆく。
それを感じながら、じゃらりと首輪の鎖が切れた音を、どこか遠くで聴いた気がした。






























(どうかこの過ちが、彼の不幸に成らんことを)


Illust『Halloweean
2013,11,8



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