サイト二周年記念企画 | ナノ


暗闇に、一人。
側にはお前が───いない。





決して手放せない存在








暗闇。
一人。
じっと、立つ。

電灯の明かりに照らされて。
俺は一人佇んでいる。





ふと、視線を前へと向けた。
そこには少し離れたところに俺と同じように電灯の下に立つあやめがいた。

あやめはその場から動かずに、じっと佇んでいる。
その場でただじっと俺を見つめたまま。

その表情は、酷く儚かった。
俺はそれに不意に不安を覚え、その名を呼ぶ。

けれどもあやめはそのままじっと立ったまま。
ただ、哀しそうな眼をして俺を見た。



あやめ。



また名を呼ぶ。
今度はさっきよりも大きな声で。

しかしあやめはやはり、答えない。
じっと立ったまま、哀しそうに見つめるだけ。





不意に、あやめは目を伏せた。
憂いを含んだその表情に、俺は益々不安を覚える。

あやめは暫く瞳を伏せたまま、しかしゆっくりと目を開いていった。

あやめの口が僅かに開く。
何かを口にするように、その唇が形を作った。

俺はその唇を読み取る。
一つ一つ読み取る度に、身体から血の気が引いて行くのが判った。





最後の言葉が紡がれた。
それが一つの単語となって脳裏に形作られる。
それを理解した途端、全身に恐怖が染み渡った。

俺はあやめの名を叫ぶ。

全身から叫ぶように。
咽が潰れそうになる程に。





しかしそれは届かない。

あやめにはただ、そんな無様な俺の姿しか映さない。
その瞳に俺を映したまま、あやめは哀しそうに微笑んで。










ふっと。










光が、消えた。




















「───あやめっ!!」



俺は片腕を伸ばしたまま、その場から身体を起こした。
しかしその腕は何かを掴むことはなく。

俺は目を見開いたまま、その光景を見つめた。





目の前には、闇が広がっている。
でもそれは、先ほどの暗闇ではない。
月光が窓から入り込み、青々とその乱雑な室内を映し出していた。

そこで俺は理解する。
ここは己の部屋であると。
そして先ほど見たものは、現実ではないと。

俺は胸元を宙に伸ばした腕で握りしめる。
呼吸が酷く荒く、全身嫌な汗が浮かんでいた。





嫌な、夢だった。
酷い、悪夢だった。

あんな。
あやめが、己の前から姿を消してしまう夢など。

本当に末恐ろしい、おぞましい夢だった。

息が乱れ、浅い息をしながら、肩が上下する己の身体を落ち着かせるように、俺は一度大きく息を吐く。
そうして漸く取り戻した自分と現実に、安堵の息を吐いた。





あれは、夢だ。
そう、夢なのだ。

現実では、ない。
真実では、ないのだ。





胸元を寝間着ごとぎりりと強く掴みながら、目を瞑っては言い聞かせる。

あれは夢だ、幻だと。
いつもの自分を取り戻せと。

そう暗示をかけるように自分を落ち着かせた。





ふぅ、と俺はまた息をついた。
今度は身体を落ち着かせる為の、最後の大きな息。
それで身体は正常を取り戻したようで、すぅ、と落ち着きを取り戻した。

身体から熱が引いて行く。
途端に身体に纏わり付いていた汗が冷えた気がした。





ふと、ベッドの上から室内を見る。
見渡したその部屋は、あまりにも静かだった。

カーテンの引かれていない大きな窓からは、青々とした月光が差し込んでいる。
それは酷く寒々しくて、飄々としていた。
乱雑に置かれた書物もまるで寂れた廃墟を思わせて、人がいないようなもの淋しさを感じる。





しん、と静寂だけが耳に響くその空間が、不意に俺を独りにした気がした。





俺はまたひやり、とした冷たい感覚に身体が支配される。
夢と同じように、全身から血の気が引いて行くような気がした。

俺は慌ててベッドから下りる。
乱れた衣服も髪もそのままに、俺は慌てて部屋を出た。





ばたばたと足音が廊下に響く。
酷くそれがもの淋しく響いては消えて行って、益々俺の心を不安で塗りつぶしていった。

あやめが。
そう、あやめが。
もしかして、いないのではないかと。
夢が、もしかしたら現実のものだったのではないかと。

そんな不安が、あの自分以外誰もいない寂れた部屋を見て広がった。





あやめ。
あやめ。
あやめ。

何度も何度もその名を叫ぶ。

どうかその存在があって欲しいと。
どうかその存在が消えていないでくれと。

そう強く切望するかのように呟いた。




















「あやめっ!!」



一階に降りてリビングの扉を乱暴に開け、俺はその名を叫んだ。
その声は、何処か悲鳴にも似ていた。



「きょ、恭一・・・・・様・・・?」



ソファーに座っていたあやめが、突然現れた俺に驚き、目を見開いてこちらを見ていた。
どうかしたのですか、と酷く驚いた表情のまま俺に問う。

そんなあやめを目にして俺は慌てて傍に近寄り、その小さな身体を掻き抱いた。



「きょ、恭一様!?」



あやめはそれに驚いたのか、腕の中で酷く狼狽える。
わたわたと少々腕の中で抵抗しようとするのも構わずに、俺はその身体から伝わる熱と香りに身を寄せた。
壊れそうな程細い身体に力を入れて、強く抱きしめる。

まるで離さないというように、強く。
その存在を確かめるように、切なく。

そんな俺の身体は僅かに震えていて、あやめはそれを感じてか大人しくなった。
そのまま俺の背に優しく手を伸ばし、抱きしめる。

背から伝わる熱に、少しばかりの安堵を覚えた。



「・・・どうか、なさったのですか?」



あやめは問い掛ける。
まるで子を慰める母親のように。
その背をそっと撫でて。



「嫌な夢を、見た」

「夢、ですか?」

「ああ」

「それは、どんな夢ですか?」



そっと安心させるように、あやめは優しく問い掛ける。
怖くないよと背を撫でながら。

俺はそれを感じて、益々抱きしめる腕に力を込めた。



「お前が、消えてしまう夢だ」

「・・・私が?」

「そうだ。お前が、俺の元から消えてしまう夢。闇に還ってしまう夢。最悪の、悪夢だ」



そう呟くと、あやめは背を撫でる手を止めた。
それに不安に思うのも一瞬、あやめは俺を抱きしめる腕に力を込める。

ぎゅっと、その細い腕の熱が近くなった。



「私は、ここにいます。私の熱が、伝わるでしょう・・・?」



あやめはその身を俺に更に寄せながら、その熱を俺に伝えようとする。



「私は、温かくないですか?」



そう問い掛けられれば、俺はあやめの首元で首を横に振る。





あやめの抱きしめるその腕からは、熱が伝わって来る。
抱きしめたその身体からは、温かい鼓動が聞こえて来る。
それは服越しにも伝わって来て、俺の肌に染み込んで行く。

安心させるように、じんわりと。
温かい、浸透の温度を。



「私は、確かにここにあります。あなたの、お側に。あなたの、腕の中に」



だから。



「怖がる必要なんて、ないんですよ」



そうあやめは優しく語って、俺の頭をそっと撫でた。





俺の頭を撫でながら髪を梳くその手の体温と感触を感じる。
それはとても心地良くて。



「恭一様」



名を呼ばれ、俺はあやめの首筋に埋めていた顔を持ち上げた。
そのままあやめの瞳を見つめる。

俺を見つめるその瞳は、何処までも澄んでいて。
何処までも、優しい色をしていた。



「私は、どんなことがあってもあなたのお側にいます」



そう言ってあやめは俺の唇にそっと優しく口付けた。

じんわりと伝わるあやめの熱。
それに俺は深い安心感を覚えて、あやめの頭を置き引き寄せた。















伝わる熱。
それは存在の証。

伝わる鼓動。
それは側にいる証。





それを身に感じて俺は確信する。





嗚呼、あやめはここにいるのだと。
嗚呼、あやめはここに存在しているのだと。





あやめは、俺の腕の中にいるのだと。





それはあやめが確かにこの腕の中にいることを実感させて、安堵と幸福を伝えた。




















あやめは、ここにいる。
どんなことがあっても、側を離れない。

それはこれからも同じ。
決してあの夢のように、俺を裏切ることはない。
常にどんなことがあってもあやめはここにいる。





そしてそれはずっと。
そう、ずっと。
永遠に。





消えることのない、存在であると。




















そう俺に教えてくれたような、気がした。
































* * *



こんにちは、水野です。
ここまで読んで下さって有り難う御座います。

二周年企画第二作品目のお題はMissingより空あや。
指定はありませんでしたので、これまた自由に書かせていただきました。
故にシリアスです。

私は元々シリアス思考な人間だったりするので、実はギャグとかを書くのが凄く苦手です。
そしてそれと同時に元々ビターでシビアな思考があるので、甘いのも書くのが苦手。
あ、苦手というのは嫌いという意味ではないですよ!(汗
なので、一番書きやすいシリアスを今回選んで書かせていただきました。

ネタ的には良くある夢ネタ。
悪夢を見て不安を覚えて〜、的なものは王道ですね。
で、敢えて今回はそれを使って書いてみました。
普段の空目からでは考えられない、ちょっと弱気な空目様。
あやめちゃんがいないと駄目なお人になっています。
・・・すみません、私の書く空目は全く格好良くなくて(汗
それでも愛だけは込めていますので、お気に召していただけると嬉しいです。
もし気に入って下さいましたら、お持ち帰り下さいませ。

それでは、リクエスト有り難う御座いました!

2009,3,24 水野佳鈴



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