サイト二周年記念企画 | ナノ


きらきらと輝く陽射し。
青々と流れ行く空。
囁く葉のざわめきに、小鳥のさえずり。
庭からは元気にはしゃぐ子供たちの声。

世界は色鮮やかに輝く。
でも私には、その全ては窓の向こう側の世界。

永久に届かぬ、場所。





白い箱庭の檻








ガラリ



そんなドアの引かれる音が室内に響き、私は窓から視線を外してそちらを振り返った。
そこには漆黒の髪を持った白衣を着た男性が一人。
手元にはカルテを持って、無表情に現れた。


「気分はどうだ?」

「はい、今は良好です、空目先生」

「そうか」


彼はそのままベッドの上に座っている私の元へと近づいて来る。
室内を歩く度にふわりと靡く白衣の裾と、タイルに当たる靴の音が響いた。
私はそれをじっと見つめる。

彼は私の目の前に来ると足を止め、胸元のポケットから一本の細い棒を取り出した。


「体温計だ。計れ」

「・・・はい」


私はこくりと一度頷いて、しまわれたキャップを外し、体温計を脇に挟む。
それを見終えると、彼は視線を窓へと移した。


「何を、見ていた?」


彼は淡々と問い掛ける。
いつも通りの無表情な表情を一度見て、それから私は彼が見ている病室の窓へと視線を向けた。


「外の世界を、見ていました」


私が少し微笑みながらそう言うと、彼は口を噤んだ。

私はそれに少し申し訳なさを感じる。
こんな言い方は卑怯だったかと。





私は、病に冒されている。
幼い頃に急に発祥し、そして現在もまだ治っていないそれは、未だ医療の手が届いていない、厄介な病だからだ。
不治の病、と言っていいだろう。
今私が生きているのは、その病がじわじわと浸食するような形で、大して即効性のないものだったからだ。
そしてこの病は空気感染する代物ではない。
よって完全防備の隔離室でもなければ、また人との関わりは遮断されていなかった。

しかし、私は身体が弱い。
何かあればすぐに熱が出るような虚弱体質で、外に出ることも許されない。
室内を歩くことくらいは許されもするが、それも誰かの目が届く範囲でと言う極僅かな間でしかすることは出来ない。

だから私には視界に入れられるものが極僅かしかなかった。
私が見れるものは、本とテレビと窓から覗く、外の世界。
窓から見える世界は私からは区切られていて、まるで動く絵がある程度の認識しか得られない。
しかし私にはそれしか知る術がない故に、窓の向こうに広がる外の世界は憧れだった。

蒼い空を飛ぶ鳥たちは、何を思って何処に向かって飛ぶのだろうか。
さわさわとそよぐ風に揺られる木々は、一体何に語っているのだろうか。
陽光の下で笑顔ではしゃぐ子供たちは、一体どんな世界を見つめているのだろうか。

私には想像はできてもそれを身を以て知ることが出来ない。
故に、酷く憧れた。

憧れているがために、私の行動は決まって窓の向こうへと視線を向ける。
いつも何かしら窓の向こう側を私は見ていた。
それを見つける度に、彼───空目先生は、私に何を見ているのかと問う。





いつもの私なら、素直に視界に入ったものの名を告げる。
しかし、今回は少し皮肉った言い方をしてしまった。
特に気分を害していたとか、そういった訳ではない。
ただ、毎日毎日繰り返される日常に、視界に入るものはほぼ同じ。
それ故に答える返答にもあまり変化はなく、この代わり映えのしない言葉に私は飽き飽きしていた。
だから私は、普段心の奥底で思っている窓の向こう側の認識を、口にした。

外の世界、と。
『世界』などと口にしたら、嫌でも私の認識が判ってしまう。
だから言ってしまったら、空目先生が酷く困ることを知っていたから口を噤んで来た筈なのに。





言って、しまった。





「お前は、『隔絶した世界』にいるんだな。病に冒された、白い箱庭に」

「・・・はい」


私が肯定すると、空目先生は軽く眉根を寄せる。
そして小さく溜め息を吐いた。


「・・・お前の病は、俺が治す。だから、たった一人しかいない孤独な世界に身を置くな。お前の世界には───俺が、いるだろう?」


そう優しく顎に手を掛けて瞳を捉えらえられ、私は目を見開いた。





私の世界は酷く孤独。
誰もいない病室と言う名の箱庭の牢獄に閉じ込められて、身動きもできない病と言う名の鎖に捉えられている。
窓の外にある世界は確かに現実なのに、箱庭から覗くその世界は私には知る術が無く、何処か幻想じみていて私から世界を切り離していた。

この箱庭に閉じ込められているのは、私だけ。
病と言う鎖に縛られた、私だけ。
そこには家族も友人も、ましてや赤の他人なども入ることは出来ない。

しかし、彼は違う。
空目先生だけは、違う。
確かに彼は私と同じ病に冒されているわけではない。
故に、その身を拘束されているわけではない。

でも、彼は。
そう、彼は。





私に、囚われているのだ。





彼は私に捉えられ、縛られて、閉じ込められている。
この巨大で小さな白き箱庭に。
私と言う名の牢獄に。
それでも彼は構わない。
何故なら彼の世界には、私しかいないのだから。

彼のその世界に映すものは、私しかいない。
この身動きもできない見るも無惨でどうしようもない私しか。
彼は私と言う名の箱庭に、自ら閉じ込められているのだ。

だから私の世界にも、彼だけは入ることが出来る。
何もない私の世界に、私だけを映してくれる彼だけが。
成す術も無く隔絶された私の世界に、入ることが出来るのだ。





私は彼の言葉に儚い笑みを浮かべる。
その言葉がとても嬉しくて。
けれども、酷く哀しくて。
相反する優越感と罪悪感が私の中を渦巻いて、私はそれから逃げるように瞳を閉じた。


「あやめ───愛している」


彼の低い声が、愛しい言葉が、私の心に深く染み渡る。
言葉の後に唇から伝わった熱が、どこか麻薬のようだと私は思った。










僅かに離された唇に、私は囁く。















「私も愛しています、恭一様」















───と。































「あ、」

「・・・どうかしたか?」

「体温計、挿したままです」

「・・・?それがどうかしたのか?」

「今のでちょっと、体温が上がった気がするんです」

「・・・・・」

「恭一、様?どうかしたんですか?」

「・・・いや」















(このままだと治療法を見つけるまでに理性が持つかどうか・・・不安だ)



* * *



こんにちは。
水野に御座います。
二周年企画リクエストの第一作品目はMissingより空あやです。

リクエストをしていただいた際に特に指定を頂きませんでしたので、パラレルの空あやを書かせていただきました。
しかも医者と患者と言う、なんとも言えない設定です(汗
でも個人的に結構楽しく書かせていただいたりしました。
こう、何か実らないような儚い関係と言いますか。
でもとってもお互いを思い合っていると言いますか。
そんな感じで。

ただ、この小説の二人はちょっと純愛とは違う感じですね。
お互いに囚われてる感じで、優しい恋愛ではありません。
空目が非常にあやめちゃんに固執していたりとか、あやめちゃんはそんな空目を愛していながらも何処か心の片隅で申し訳ないとか思っていたりとか。
色々と暗い感じです。
でも、こういった雰囲気は実は結構私は好きです(え
なので、純愛とはちょっと違う空あやを書いてみたのでした。

そういえば、現在の医療機関は大抵耳で測定する体温時計を使っているみたいですね。
でもそれだとものの数秒で終わってしまうので、これでは脇に挟む体温時計で。

えっと、ここまでお付き合い有り難う御座いました。
こんな感じの作品になりましたが、如何でしたでしょうか?
宜しければ貰ってやって下さいませ。
それでは、リクエスト有り難う御座いました!

2009,3,10 水野佳鈴



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