『その男は臆病故に強く、強いが故に恐怖から逃れることが出来ない』 彼は病的な臆病者だった。 周囲にある全ての存在が恐怖であり、その身に起こりうる全ての事柄が恐怖だった。 彼にとっては躓くことすら、恐怖でしか有り得ない。 些末なことすらも、恐怖なのだ。 そんな臆病者にはある特異体質があった。 恐怖の度が過ぎると、それを排除しようと恐怖を喰らうのだ。 そう、これ以上の恐怖が訪れないようにするために。 彼は、“それを喰らうようになる”。 恐怖故に恐怖を喰らう。 己の身体の内に納めてしまえば、その存在は消えてなくなる。 だから彼はそれを喰らう。 おそろしい、おそろしいと、怯えながら。 その血肉をおぞましい音を響かせて、喰らう。 そうして視界から消えてしまえば、彼は小さな安堵を得るのだ。 しかしそれでも彼の恐怖は拭えない。 何故なら、彼にとってはこの世の全てが恐怖なのだから。 だから彼はいつでも一人で縮こまり、怯えて静かに過ごす。 極力恐怖が訪れないように、ひっそりと静かに暮らしている。 どうか何も起こりませんようにと、ひたすら安息の時を願って。 しかしそんな本人の意思など関係なく、世間は彼の名を囁く。 囁きはいつしか歌になり、歌はいつしか物語となり、物語はやがて確とした真実として世界にその名を轟かせていた。 それは最も恐ろしい恐怖の耳にも入るほどに。 この世で一番恐ろしい恐怖。 それは殺し殺されることよりも、なお恐ろしい存在。 時をも操る、世界最強の魔術師―――不可能を可能にせしめた、赤の王。 こんなこと、彼は望んでいなかった。 彼が望んでいることは、ただ恐怖の無い安息の時が欲しい、ただそれだけだ。 それなのに、世界はなんて残酷だろうか。 恐怖故に喰らい続けた恐怖が、更に恐ろしい恐怖を呼び続け、終には絶対的な恐怖と対峙することになってしまうのだから。 世界最強の魔術師という名の、絶対的な恐怖と。 最早彼にはその絶対的な恐怖に従うしか術は無い。 この絶対的な恐怖は、どうやっても喰らうことは出来ないと判っているからだ。 だから彼は、その絶対的な恐怖に頭を足れる。 それは彼にとって望まぬことだとしても、関係ない。 恐怖故に、彼は逆らう術を持たないのだから。 絶対的な恐怖から、命が下される。 それは彼を恐怖へ導く呪詛。 逃れる術を持たない彼は、操られるままに全てを捨てて戦いに出向く。 その末に訪れるのは、安息という名の破滅とも知らずに。 * * * 臆病蜥蜴の掃除屋ビルです。 不憫な子ほど可愛がりたくなるからか、彼には苦難の道しか用意していない。 最初から最後まで可哀想な子ですが、描いていて楽しいキャラ(酷 2012,10,9 |