Shed | ナノ



優しい時間


……ある日の昼下がり。
あやめは俊也の家に遊びに来ていました。
今日は俊也の家族が全員出掛けていて、俊也が留守番を任されていたからです。
しかし、それもついさっきまでのこと。
とうとう家族が帰って来る時間が近付いてきました。
あやめが俊也の家にいること自体は問題ではないのですが、家族に話し声が聞こえたりしたら面倒なことになりそうです。
さて、2人はこれからどうするのでしょうか?
少し様子を見てみましょう。……



「…あ、あの、俊也さん……」

あやめの小さな声に、俊也は壁の時計を見ます。

「…そろそろ帰って来るか。あやめ、これからどうしたい?」
あやめが自分の意見を言わないとわかっていても、俊也は必ず問い掛けます。
「え…? ええと………」
あやめはそのまま黙りこくってしまいました。

「…公園にでも行くか?」
まだ早い時間帯だし、どうせなら、と俊也は提案しました。
あやめは嬉しそうな表情をして、小さく頷きました。

タイミング良く家族が帰って来たので、俊也は家族に一声かけて自宅を出ました。
あやめも俊也の後について、すれ違う俊也の家族に、ぺこりと頭を下げました。
「……? 俊也」
俊也の叔父が、出て行こうとする俊也を呼び止めました。
「何だ? 叔父さん」
「……いや、何でもない。気をつけてな」
「? ああ」

玄関の戸が閉まると、俊也の叔父は思わず首を傾げました。
何となく、俊也以外の誰かの気配を感じたからです。
一体、何だったのでしょう?
何も知らない2人だけが、公園に向かって歩いていきます。

「…それにしても暑いな」
歩幅も歩く速度も、大きく違う2人。
どうしてもあやめの方が少し遅れてしまいます。

「は……はい…………」
少し間があって、あやめから言葉が返ってきました。

「疲れたか?」
「…い、いえ……。大丈夫、です……」

そう言うあやめの顔は、暑さと疲労のせいで紅潮しています。
「もう少しだから」
俊也は歩くペースをあやめに合わせます。
すぐに公園が見えてきました。



2人が到着したのは、俊也の家から少し離れたところにある公園。
近くに児童公園があるためか、ここにはあまり人がいません。
自動販売機で冷たい飲み物を買って、日陰にあるベンチに腰掛けます。

「悪いな。疲れただろ」

あやめは黙って首を横に振ります。
完全に息が上がっているので、咄嗟に声が出ないのです。

俊也はそれに気付きましたが、特に何も言わず、あやめの頭を軽く撫でました。
驚いて顔を朱に染めたあやめが、それでも心地良さそうに目を閉じます。
やがて規則的で安らかな呼吸の音が聞こえてきて―――。


眠ってしまったあやめを見て、俊也は優しく微笑みます。


この世界にとって――何より俊也にとって――忌むべき存在だった少女。
望まない選択ばかりを強いられ、厳しい人生を歩んできた少女。
態度や言動で傷つけてしまうこともあったのに、それでもこの少女は、あやめは、選んでくれた。
空目ではなく、俊也のことを。
だから、俊也は思う。
これからはもっと自分の望む選択をして欲しい、と。
自分の幸せのことを考えて行動して欲しい、と。
そして、図々しいとは思いながらも願わずにはいられないのだ。
あやめを一番幸せに出来るのは自分だといい、と。

―――と。

今まで俊也の肩に掛かっていた優しい重みが、急になくなりました。

「! す、すみません! 眠って、しまったみたいで……」

どうやら目を覚ましたらしいあやめが、俊也の隣であたふたとしています。
「大丈夫だから気にすんな」
「……はい」
2人の間を爽やかな風が吹き抜けて、木の枝がざわざわと揺れます。


「あやめ」
「…はい」
少し改まった口調で名を呼ばれたので、あやめは思わず姿勢を正しました。

「…お前は、幸せか?」
「はい、幸せですよ」
あやめはその顔に優しい微笑を浮かべました。



「私は、幸せです。とても、とても」



一呼吸置いて、それとも、とあやめは続けます。
優しい微笑が崩れて、瞳には不安の色が浮かびました。

「それとも…俊也さんは、幸せではないのですか……?」

「幸せだよ、俺だって」

風が、あやめの髪を揺らします。
以前は嫌いだった異界の匂いが、俊也を優しく包みます。


幸せな2人の間に、優しい時間が流れます―――。



END





サイト:絵空事


* * *


雨月琴音様のサイトにて600打を踏ませていただきましたので、リクエストに俊あやを頼ませていただきました!
そうしたらとっても可愛らしいほのぼのした二人を書いていただけましたよ!!

俊也の家に遊びに来ているあやめちゃん。
ものすっごく仲がいいことがこれでよく判って顔がにやけます(え
そして俊也を追いかけるあやめちゃんが可愛い。
空目以上に歩幅が大きいであろう俊也に一生懸命付いて行こうとする彼女が愛おしいです!

そしてあやめちゃんをものすっごく大事にしている俊也がかっこいいです。
あやめちゃんを気遣って歩みを緩めたり、飲み物を買って来てあげたり。
紳士的だなぁ・・・・・とか思いながらもその一つ一つに愛情が籠っていてとっても素敵です。
あやめが幸せであって欲しい、そして出来れば自分が幸せにしたいと思う俊也の愛情が、よく見えた素敵なお話でした!

個人的にこっそり気になったのが、叔父様だったり。
見えない筈のあやめちゃんの気配をどことなく感じ取った叔父様が素敵です(笑
流石神社の神主様ですね!

ではでは雨月琴音様、素敵な二人の小説を下さり、本当に有り難う御座いました!!

2008,8,18 水野佳鈴

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